天国か地獄


 11※

 鉄の棒で殴られるような激痛に目の前が白ばむ。声も出なかった。細い革製の先端が皮膚に叩き付けられた瞬間、破裂音とともに脳の奥が熱くなった。目がチカチカして、焦点が定まらない。流血してるのか、ただの汗なのか、それすらも分からなかった。

「っ、ご、めんなさ、ごめんなさい……っ」

 訳も分からず謝罪した。身体が動かせない今、ただ懇願することしか出来なかった。
 芳川会長の表情は変わらない。俺を、なんとも思っていないその冷ややかな目で見下ろすのだ。そして、二発目。思いっきり胸元を叩かれる。瞬間、槍に貫かれるような、そんな痛みに自分のものとは思えない絶叫が洩れた。
 骨を掻い潜り背筋まで貫かれるような、錯覚。
 殴られた箇所は赤く、ミミズが這ってるかのように皮膚が膨れ上がる。
 いっそ死んだ方がましだと思った。一本のミミズ腫れ、その痕を芳川会長は触れた。硬い指先の感触に、滝のように汗が流れる。なぞられてるだけなのに、皮膚を裂かれて中を抉り出される、それほど深い感覚に陥る。

「……ぁ、ッ……」
「震えてるな」

 そんなに痛いか、と会長は静かに問いかけた。純粋は興味か、俺には判断付かなかったがそれを無視することは許されない。俺は首を縦に振る。耳元でざわざわと音が響いた。それが自分の血の流れる音だと気付くには時間は要いなかった。

「……か、いちょ……ごめんなさい……っ」
「……」
「ごめんなさい、会長……ッ」

 俺は、間違ってるのか。このままでは会長は俺のせいで解任される。それを無視することが正しかったのか。今になっては分からない。ただ、会長に謝ることしか出来なかった。痛い思いはしたくなかった。怖い思いだって、したくない。プライドがないと言われようが、妙な毒薬飲まされて冷静でいられるほど俺の神経も図太くはなかった。もしくは、その毒の作用なのか。俺は、ただ謝罪する。何に対する謝罪なのかも分からない、それでも、会長が怒るから俺は謝る。

「……」

 芳川会長は無言で俺を見た。背筋が凍り付くような冷たい目に、体の奥にゾッと寒気が走った。

「黙れ、誠意のない謝罪は不要だ」

 え、と思った次の瞬間、鞭を振り上げた会長が目に映る。次の瞬間、下腹部を思いっきり張られ、目を見開いた。

「っ、は、ァ……ッ!」

 硬質な棒状の鉛に思いっきり殴られ、皮膚を突き破ったそこからは血が滲み、溢れる。開いた傷口は俺の意思とは関係なく、どくどくと熱を溢れ出させては腿の間を濡らす。
 薄暗い部屋の中、俺は、自分の下腹部に目を向ける。赤く腫れたそこからは血は出ていなかった。傷口だって出来ていない。全て錯覚だ。分かっていたが、頭と身体が噛み合わず、混乱する。けれど、下腹部を濡らすその感触だけは本物だった。

「ぁっ、あ、ぁ、……ッ」
「そうか、君はそうだったな、そうか……そんなに、良かったか?」

 怒られる、と思ったが、会長の反応は俺の予想とは寧ろ反対だった。笑い、呆れ、侮蔑の色を滲ませた会長は俺の下着に触れた。血だと思っていたそれは痛みと衝撃のあまりに弛緩した下腹部から洩れたもので、一度ならず二度目までも会長の前で粗相してしまったことに恥ずかしがる余裕もなかった。

「ご、めんなさ……」
「気にするな、どうせ洗うことになるんだからな」

 会長の言葉の意味が分からなかった。でも、怒っていない。寧ろ、愉快そうに顔を歪める会長に安堵した矢先だった。徐に腿の裏を掴まれ、思いっきり足を曲げさせられる。剥き出しになった下腹部に、骨と骨が擦れるようなそんな歪な音が耳元で聞こえるようだった。硬い会長の指の感触が怖くて、嫌だ、と身を捩らせたときだった。膨らんだ下半身に、思いっきり鞭を打たれた。瞬間、身体が大きく震える。裂けるような痛みに、堪らずシーツの上で跳ね上がった。

「っ、ぁ、いや、だ、や……やめ、て……くださ……」
「聞こえんな」
「ァあ゛あ゛あ゛ァあッ!!」

 喉が裂ける程の悲鳴に、自分でも驚いた。腿の裏、焼けるような激痛に頭の中からどくどくと得体の知れない熱が溢れ出すようだった。頭だけではない。濡れた下半身は痙攣し、自分の意思では動かすこともできなかった。会長は、手を止めなかった。俺の身体を、足首を捕まえ、剥き出しになったそこを執拗に張った。痛みで何も考えられなかった。まるで鋭利な刃物で切り裂かれるような熱と痛みに、喉の奥からは干からびたような声が漏れる。叫びすぎた喉は渇き、呼吸を繰り返すだけでも酷く痛んだ。下着の中、萎えた性器を鞭の硬い先端で突き、息を呑む。太い何かで穴を開けられるようなそんな感覚に恐怖を覚えたのだ。

「いやだ、もっ、やだ……かいちょ……ッゆる、ひ……」
「まだだ」
「っ、ぅ、え」
「まだ君は喋れるじゃないか。そんなの、壊したうちに入らない」

 そう口にする会長に、表情はなかった。目の前が、暗くなる。気が、遠くなった。
 顎先から伝い落ちるものが涙なのか汗なのか涎なのかなんなのか最早判断付かなかった。俺は、生半可な気持ちで会長を裏切ろうとした自分を恥じいた。悔いた。それこそ、全て後悔先に立たずというやつなのだろうが、それでも俺は会長を誤解していた自分の愚かさをただ悔やんだ。
 会長は、簡単に許してくれるような相手ではない。分かっていたはずのに、許してくれるだろうという会長に対して甘えがあったのも確かだ。けれどこの瞬間、俺の中の会長の幻影は全て砕けた。砕けて壊れて散って、残されたものは神経を抉るような痛みだけだった。

「い、ひぁ、あ、ッあ、ぁああ……ッ!」

 眩む。全身の穴という穴から体液が溢れ出すような錯覚に、自分がどこにいるのか何をしてるのかさえ分からなかった。
 ミミズが這うように何重もの鞭痕で裂けた内腿、そこを会長の指で撫でられれば、恐怖と痛みのあまりに全身が飛び上がる。何度気絶したか分からない。その度に鞭を打たれ、心臓が破裂しそうな程の強い痛みに覚醒する。
 それを繰り返して、全身、どこもかしこも触られてもいないのに鞭で殴られたかのような程外気に敏感になっていた。
 これならば、さっさと狂ってしまえたらましだ。そう思うほどの痛みと恐怖の責め苦に、精神は擦り切れていた。
 思っていたよりも俺の精神は痛みに慣れていたらしい。気が狂いそうな程の痛みとショックではあるが、それでも、会長がいたからか、現実に引き止められる。俺がここで諦めては、本当に、会長は疑われてしまう。そう思えたから、余計。
 奥歯を噛んで、堪える。何も感じないよう、身を硬めて会長の手を避けようとすれば、会長は目を細めた。

「何をしてる」

 低い声。ぐ、と傷だらけの腿を掴まれ、痛みに堪らず声を漏らした。慌てて口を抑えようとすれば、会長の顔が腿に寄せられた。
 突然のその行動にぎょっとし、慌てて離れようと硬いシーツの上腰を捻るが、まともに逃げることすらできなかった。剥き出しになった内腿に唇を這わせる会長に、背筋が震える。吐息が近く、生々しく感じた。次の瞬間、微かに開いた口から覗いた歯が、思いっきり皮膚に突き立てられた。
 瞬間、腿から全神経へと伝わる激痛に、堪らず俺は手足をばたつかせ、会長の下から這って逃げようとする。それでも会長は無視して、俺の腿に顔を寄せ、更に強く歯を食い込ませるのだ。

「あ゛、ッあ、や、ッめ」

 わけもわからなくなって、つい会長の肩を、胴体を蹴ってしまう。それでも会長はびくともしない。
 突き立てられた鋭い歯はぷつりと皮膚を破り、瞬間、その箇所からは痛みとともに熱が溢れる。最早声にならなかった。

「ッ、く、ぅ、うぅ……ッ!」

 熱い。熱くて、会長の唇が触れた箇所から焼け落ちてしまいそうな、そんな気すらした。音を立て、そこを吸った会長は顔を上げる。赤く汚れた唇を会長は舌で舐めた。
 それも束の間、ミミズ腫れをなぞるように舌を這わされ、鋭い痛みが走った。尖った針で突き刺されるような痛みは、会長の舌が這った後に継続して刺激してくる。
 死んだ方がましだと思えるような大きな激痛ではない、それでも、チクチクと皮膚を炙られるようなそんな感覚に身を捩る。声が漏れる。熱い。熱い。熱くて、何も考えられなくなる。

「ッ、ぅ……う、ぅ、うう……ッ」

 唇を噛み、声を殺す。裂け、うっすらと血の滲んだそこを舌でなぞられれば、腰が大きく揺れた。脳味噌を乱暴に掻き混ぜられるような、身体の芯から麻痺するような痛みに、下腹部を中心に燻っていた熱は全身へと広がる。
 前髪が触れる度に、会長と目が合う度に、違和感を覚えた。痛くて、死んだ方がましだ。そう思っていたのに、頭が慣れてきたのか、それとも会長が手加減してくれてるのか、痛みよりも会長の指、舌が、脳に直接触れてくるようなそんな感覚が支配した。

「……ッ、は、……あ……あぁ……ッ!」

 声が、勝手に溢れる。腰が止まらなくなって、会長の手に、舌に、無意識に下腹部を押し付けてしまう。ダメだ、こんな真似、と思うのに、散々嬲られた今直接性器を触って貰えないことがもどかしくなるのだ。なかなか中央に触れようとしない芳川会長に、息が漏れる。会長は、下腹部から顔を離した。そして、ぷっくりと腫れた傷をなぞった。

「なるほどな、君の場合はどんな痛みも快感にすら感じる人種だったな」

 下卑た笑みに、顔が熱くなる。なんだっていい。それを否定する術を俺は持ち合わせていない。会長と一緒になってから、散々知らされた事実だ。いまさら何言われようが耐えられた。それよりも、今はただ、会長に。

「毒薬すら、君にとっては媚薬同然か。俺は君という人間を見縊っていたのかも知れんな」

 顎の下をなぞられ、こそばゆさに胸の奥が熱くなる。指の腹で首の付け根から顎、それから耳の付け根へとゆっくりと撫でられれば、薄い皮膚越しに感じる会長の動きに、息が浅くなった。優しい指。惑わされてはならない、騙されてはならない。分かっていても、無意識にその手に擦り寄れば、会長の動きが僅かに止まる。それも一瞬のことで、会長は俺から手を振り解いた。
 その次の瞬間だった。扉が、ノックされる。静まり返った部屋の中に、二回、ノックの音が響いた。
 会長は顔を上げたがそれもすぐ、聞こえなかったかのように俺の肩口に顔を埋め、鎖骨に唇を寄せる。胸板を撫でる掌の感触に驚いて、皮膚を滑る指に息を飲んだとき、扉が開く音がした。
 え、と凍り付く。まさか、聞き間違いか?とも思ったが、開く扉の音も、玄関の方から聞こえてくる足音も、間違いない。本物だ。副作用で音に過敏になってるようだ。より近くに感じるその音に身体が強張る。
 会長、と、止めようとするが文字通り手も足も出ないこの状況下、俺は、恐ろしくて顔を上げることすらできなかった。会長には聞こえてないのか?その真意が分からず、ただ一人うろたえていた時。

「会長、返事がなかったので無断で立ち入らせていただきました」

 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
 合鍵を手にした灘和真は、ベッドの上の俺と会長を見てもやっぱり顔色一つ変えることなく、そう淡々と言葉を紡いだ。血の気が引く。他人に、それも灘に傷だらけの身体を見られたことに。恥ずかしいとかではない。ただでさえ疑われている会長に、余計疑念が深まるようなことになれば、と思ったが、灘はあくまでいつも通りだった。それは、灘だけではない。

「構わん、こっちも最初からそのつもりだ。それで、首尾はどうだ」

 息一つも乱さず、会長は静かに問いかける。まるで此処が生徒会室であるかのようなその業務的な口ぶり。状況が状況にも関わらず、会長はあくまで『会長』だった。

「はい。会長に言われた通り提出してきました。寮長のことなので事実確認をしてくるはずです。長くは使えないでしょうが、時間稼ぎにはなるでしょう」
「ああ、それでいい。……時間が稼げれば、こちらのものだ。それで、あいつはどうした」
「放置するわけにもいかなかったので、生徒会室で保護してます。今は十勝君が着いてると思いますが、相変わらずです」
「そうか。あいつに関しては相手にしなくてもいい、しかし目を離すなよ。あれは使いにくい」
「畏まりました」
「まあ、十勝がいるならあいつに任せておけ。あれが相手ならば、十勝もやつを逃がすような真似はしないだろうからな。灘、お前はこのまま部屋の前に待機してろ。一人も近付けるなよ」

 言うだけ言って「下がれ」と声を掛ける会長に、灘は一礼をし、音もなく部屋を後にした。
 俺は、灘が部屋からいなくなるそのときまで、息をすることも儘ならなかった。何故、どうして、そんなに平然としていられるのか、会長も、灘も。
 問いかけても無駄だと分かってても、二人きりでの出来事を会長以外に見られるということに酷くショックを受けてしまうのは俺といるときの会長の素顔は俺だけのものだと勝手に思っていたからだろうか。分からない。分からないが、俺は、話の内容よりも二人のやり取りがただ受け入れられずにいた。
 助けて欲しい。優しくしてもらいたい。けれどそれ以上に会長から向けられる憎悪の篭った視線が焼け付く程、脳の奥その髄まで痺れて何も考えられなくなる。割れ物のように優しく扱われたい。大切に大切に傷一つ付かないように触れられたい。何もしなくていい。ただ、以前のように他愛のない話で会長が微笑んでくれればいい。
 会長に触れられる程、自分が見えなくなる。今まで積み上げてきたものが全部、型無になってしまう。

「灘に助けを求めなかったのは賢い選択だな」

 会長の声が、静まり返った室内に響く。
 下腹部を這う手に、ぐ、と膝裏を掴まれ、胴体へと押し付けられる。開かれた股の間に熱が集まった。
 既に勃起していたそこに、鞭の先端が押し付けられる。革の硬い感触に汗が流れた。裏筋をなぞるように伝う鞭先は、亀頭部、その尿道口へと辿り着いた。求めていた局部への刺激に、腰が震える。それ以上に、濁った先走りで濡れたそこへの異物感に、恐怖を覚えた。
 鋭利なナイフを突き付けられたような、恐怖。
 少しでも会長が力を込めれば、深く刺さるだろう。その時の痛み、刺激を想像しただけで、視界が霞む。身体が、石のように硬くなる。

「……か、いちょ……っや、め……ッ」

 止めて下さい、と、ひりつく喉の奥から無理矢理声を振り絞った瞬間だった。ぐぷりと音を立て、先端が、奥へと沈む。瞬間、声にならない悲鳴が口から溢れた。

「ッ、は、ッ、ぁ゛……ッ!!」
「痛いか?……だろうな、痛くしてるからな」
「ッ、抜いッ、抜いて……ぁ、ぐぅ……ッ!!」

 先走りがあったとしても、元々受け入れるために出来ていないそこを規格外の太さの異物を押し込まれ、目を見開く。まだ1センチも入っていない、浅く先端だけを押し込まれただけにも関わらず、貫く激痛に汗が止まらない。震えもだ。
 ばたつく下半身を抑え込まれ、会長は厭らしく笑う。
 少しでも体重を掛けられれば、内側から突き破るようなその感覚に全身の穴という穴から脂汗が溢れた。
 それなのに、先走りは止まるどころか溢れ出し、間接照明に照らされ光るそれに赤が混ざっているように見える。

「ッ、ぐッ……ぅ゛ひ……!」

 引っ張られる。性器ごと引き抜かれるような衝撃に、何も考えられない。痛い。痛い。焼けるように熱くて、声も出ない。捩じ込まれる無機質なそれは俺の意思とは裏腹に、容赦なく奥へと沈む。
 1ミリ進むだけで、脳天から爪先までを真っ二つに裂かれたような、そんな激痛に腰が、下半身が痙攣する。震えが止まらなくて、顎の奥でガチガチと音が煩く響いた。焦点が定まらない。
 ベッドの上、逃げることも出来ず、のた打ち回る俺を見て会長は目を細める。

「俺に嘘を吐くな。俺に隠し事をするな。俺は、君のことならなんでも知ってるし、分かる。俺を欺くことなど不可能だと思え」

 点滅する視界の中、会長の声が虚ろに響く。今にも爆発寸前の時限爆弾でも嵌め込まれてるかみたいに、心臓の音が煩い。会長の声がよく聞こえない。何を言ってるのか分からない。ただ俺が何も答えられないでいると、容赦な苦グリップを抑え、そのままぬぷりと沈めてくる。
 声も出なかった。
 ゴムを飲み込んだ、裂傷で焼けるように熱い内部に、金属性のボディが触れた。金属特有の冷たさに声を上げた。何も考えられない。口を閉じること出来ず、俺はわけも分からず会長の言葉を肯定した。頷いて、わかりました、と空気を吐いては繰り返す。それがちゃんと会長に届いたのかすら分からない。
 けれど。会長は問答無用で更にグリップを握る指先に力を加え、ぐっと奥へと押し込んだ。肉が、裂けるような音が聞こえたようだ。ガチガチに勃起したその先端は赤が滲み、棒状の異物を突き立てられた自分の性器を見て、血の気が引く。痛みすら通り越して朦朧としていた俺にとって、視覚が突き付ける事実は何よりも鮮烈な痛みだった。

「声が聞こえないな。もう一度だ」

 囁きかけられたその声はハッキリと聞こえた。遠くなる意識の中。ぷつりと音を立てどこかが切れるのが分かった。目の前が暗くなる。俺は、自分が気絶したのだと知ったのは下腹部から貫かれるような痛みを与えられたからだ。
 性器に突き立てられた痛みに飛び起きれば、冷めた目をした会長がいた。血の気が引いた。夢ではなかったのだ。何もかも、現実だ。

「誰が寝ていいと言った?まだ話は終わっていない」
「ッ、は、がッ、ァ、あ、アッ」
「……まだ分かっていないようだな。自分の立場が」

 瞬間、思いっきり奥まで挿入される教鞭。
 先程まであれほど暗かった視界が真っ白に染まる。
 同時に、全身が痙攣した。

「あ゛ぁあ゛あッ!!」

 自分のものとは思えないような悲鳴が喉から溢れ、手錠に繋がれた腕を思いっきり引っ張った。痛みを堪えることすら出来なかった。まともに受け止めることしか出来なかったそこから勢い良くボディを引き抜いた会長に今度は息をすることも出来なかった。

「ッ、あ゛、ぁ……ひ……ぐ……ッ」

 焼きゴテを挿入されたかのような熱の後、ぐっぽりと開きっぱなしになったそこは遮るものを失い、透明の液体が溢れ出した。それには血が混じってる。尿道を通る度に伴う激痛を素直に痛がることも出来なかった。何も考えられない。

「ッ、は、ひ」

 垂れ流しになった尿は赤い。ベッドがとかシーツがとか考えることもできなかった。ただひたすら俺は謝った。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい。ちゃんと口に出ていたのかも分からない。けれど謝らないと会長は満足しないと分かったから、謝った。

「っ、い……ごめ……な……さ……っ」

 なんで俺は謝っているのか、なんで会長が怒ってるのか、そもそも俺は何をしたかったのか、とても大切なことがあったはずなのに、何も思い出せない。何も考えたくなかった。
 濃厚なアンモニア臭に混じって鼻を付く錆びた鉄の匂い。自分の身体がどうなってるのかなんてわからない。だけど、伸びてきた手に優しく前髪を掬われ、息が止まりそうになる。

「最初から、そう俺の言うことをただ聞いていればいいんだ。……分かったか」

 頷く。ちゃんと頷けているのかも分からない。頬が濡れてる。目も腫れ、みっともない顔をしてるだろう。それでも会長の目は、先程よりかは柔らかくなっていた。……ような気がした。

 会長の手が離れる。ようやく開放されるのかと朦朧とした意識の中、安堵の息を吐いた時。
 会長は再び、ベッドの傍に立つ。眼球を動かすことすら億劫な今、気配でしか分からない。けれど、次の瞬間覆い被さってくる会長の手にはボトルが握られていた。

「君のために用意した。痛いだけでは、慣れてしまうからな」

 会長の言葉の意味が分からなかった。それがなんなのかも。ただ、伸びてくる手に股の間を弄られ、痛みが蘇り身体を捻る。会長はそれを無視して、片方の手で自分のベルトを緩める。その動作に、血の気が引く。
 気が付けば張り詰めている会長の下腹部に、心臓が早鐘を打つ。数日前の会長の行為を思い出し、焼けるように全身が熱くなった。

「む、りです……痛、や、いやだ、かいちょ、むり……ッ痛、も、おれ……ッ!」
「何を言ってる?これは躾だと、先程教えたばかりではないか」
「……ッ!」

 会長の目が、冷たく光る。痛みを思い出し、下腹部が震えた。また叩かれる、そう思うと、抵抗することすら出来なかった。
 大人しくなる俺を見て、会長は下着をずらす。そこから溢れる隆々と勃起したそれを見て、生きた心地がしなかった。今はもうどこにも触られたくない。それなのに、恐怖の他に別の感情が胸の奥底から込み上げてくる。
 ボトルのキャップを外し、会長は透明な液体を自分の性器にたっぷりと掛ける。淫猥に照らされる性器。見てはダメだと思うのに、目が逸らせなくて。

「それが嫌だ嫌だと喚く人間がする顔か?」

 自身の性器にゆるく触れ、ローションを全体に塗り込む会長は、厭らしく笑った。どんな顔をしてるのか分からない。まるで処刑を待つ罪人のようにただ会長の動向に目を向けることしか出来なかった。
 静まり返った部屋の中、濡れた音が響く。会長の息遣いが鮮明に、より近くに聞こえた。

「……ッ、かいちょ……ぉ……」

 傷だらけの内股に触れていた会長の指先が肛門に触れる。
 股間に血液が集まるのが分かるだけで、ズキズキと裂けるような痛みに苛まれる。身体が熱い。気持ちよければと思っていたはずなのに、今は、快感すら煩わしく、恐ろしい。
 ローションを纏った指に、肛門を撫でられる。そして、そのままつぷりと中へと入ってくる指の感触に、全身がガクリと震えた。

「ッ、あッ、ひ、ィ……ッ」
「……狭いな。自分で慣らす真似もしなかったのか」
「っ、ん、ひッ、ぅ……ッ!」

 痛い。以上に、ぬるぬるとした複数の指に同時に内壁を撫で回されると同時に頭の奥からドロっとしたものが溢れ出すような、そんな感覚に犯される。先程とは別に、声が、抑えきれなくなる。食いしばった歯の隙間から溢れる声に、会長は、微かにその口元を緩めた。
 そして。

「ッ、ふ、ぅ……ッ!!」

 視界が遮られる。真っ暗になった視界の中、確かに唇には会長の熱を感じた。吐息が混ざり合う。抱き締められた腕の中、心臓の音がバクバクと大きく響いた。それに混ざって、微かに会長の心音が聞こえる。

「ッ、ぅ、む……ッ、ふ……んん……ッ」

 会長にキスをされると、いつも胸の奥がぽかぽかしていたはずなのに。今はただ、薄皮越しに感じるその凶暴な熱が皮膚までも焼き溶かしてしてまいそうで、恐ろしかった。
 大きく足を押し広げられ、入り口ごと指で拡げられる。そこに充てがわれる会長のそれの感触に、身体が強張る。痛み。それ以上の、強い刺激。これから与えられるであろうそれらを想像しては、全身の血液が煮え滾るようだった。

「……挿れるぞ」

 唇に吹き掛かる吐息と、すぐ傍で聞こえる会長の声、その言葉の意味なんて理解する暇もなかった。瞬間、ぐ、っと加えられる体重とともに指とは比にならない程の太さのそれに無理矢理押し広げれる。
 それなのに、ローションのお陰か、慣らされたのか、前回よりか思った以上に会長を受け入れる準備が出来ていたらしい俺の体は俺の意思に反してそれを飲み込んでいく。痛み、よりも圧迫感。よりも、熱。

「ッぁ、は……ッ!あ、ッ、ァ、や、あッ!あぁ……ッ!」

 中の裂傷が完治した分、純粋に会長の性器の感触だけがより鮮明に焼き付く。
 濡れた音を立て、中を強引に押し広げ、腰を進めてくる会長は「熱いな」と息を吐いた。
 熱い。それ以上に、久し振りの会長の感触に、腰が、跳ねる。勃起し始める性器が、焼けるように痛む。心と身体が切り離されたみたいに、身体が勝手に反応するのだ。
 息を吐き、会長は俺の前髪を避ける。そして、薄暗い視界の中、確かに視線が絡み合った。

「んっ、ふ……ッぅ……」

 再度口付けられる。何も考えられない。薄く開いた唇から、会長の舌が捩じ込まれる。太い舌先に歯列をなぞられ、唇の裏側、上顎と舌先を這わされるだけで口の中がどろどろに蕩けてしまう。目頭が熱い。そこだけではない。繋がったそこも、熱い。痛みでそれどころではないはずなのに、激痛を伴ったその熱すら今の俺には単なる『刺激』だった。あまりにも強すぎるそれにキャパオーバーになり、何も考えられない。ただ、痛みと快感の捌け口になるしかない。張り詰めた性器から、赤が混ざった精液が勢いなく溢れる。
 先程与えられた痛みからは考えられないほど、会長は優しかった。身体を労るかのようにゆっくりと腰を進めてくる会長は、俺の反応をただ見ていた。俺は、その視線すら熱く感じてしまい、かといって会長から目を逸らすことも出来ず、潰れたカエルみたいな格好で、ただ会長を受け入れる。内壁をピアスの球体が掠めるたび、腰が震えた。頬を、髪を撫でられると、まるで性器を触られたみたいに触れられた箇所が熱くなる。そして、甘く痺れるのだ。
 これも、会長の策略なのだろうか。俺を丸め込むための。分からない。けれど、優しくされればされるほど勃起する性器に与えられる苦痛を考えると、俺を『躾ける』と口にした会長の目的は果たされてるのかもしれない。
 触れれば触れるほど、知りたいと思えば思うほど、深く突き刺さる棘はいつの間にか俺の心臓にまで届いていた。

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