天国か地獄


 06※嘔吐

「ッ、ぅ、……ッぁ……」

 なんで、どうして、こうなってるのだろうか。汚れた身体を拭うこともできないまま、俺は、会長に奉仕する。

「……ッ、ぅ、ん、ふ……」

 恐る恐る唇を寄せ、まずは先端に舌を這わせた。
 頬張ることも難しそうなその太さに、これが自分の中に挿入されたらと思うと全身の血が滾るようだった。
 先端とカリの部分、そこに、銀の玉が付いてるのを見て、息を飲む。性器ピアス、というやつなのだろうか。会長とピアスが結び付かなくて見間違いかと思ったが、舌を這わせれば確かに熱を含んだ金属の感触はあった。

「……ん、ぅ……ふ……ッ」

 縁の言葉が過る。
 会長が、でも、そんなはずはない。そう思いたいけど、普通の人間がこんな場所にピアスを付けるとは思えなかった。
 ぐるぐると巡る思考の中、俺は、ピアスをなるべく避けるようにして舌を絡めた。垂れる唾液を裏筋へと擦り付け、必死になって全体を濡らす。

「……ッ、……は」

 芳川会長は、ただこちらを見下ろしていた。気持ち良さそうにするわけでもなく、ただ、俺の様子を見ていた。
 それでも時折息を吐くのが嬉しくて、俺は、ひたすら舌を這わせる。全体がぬらぬらと濡れているのを見て、俺は口を開いて先端を咥えた。

「っ、ぅ、ん、む……ッ」

 濃密で濃厚で、何も考えられない。口いっぱい使って頬張り、舌を這わせる。ちろちろと尿道口に舌を這わせれば、芳川会長は眉間にシワを寄せ、息を吐いた。

「っ、は……酷い面だな。……そんなにこれが好きか?」

「舌を出せ」冷ややかに命じられ、抵抗する気も起きなかった。言われるがまま、俺は会長のを咥えた状態で舌を突き出した。舌の上に会長のを載せた恰好のまま、芳川会長は俺の後頭部に手を回した。
 一瞬、頭を撫でられたのかと思った。けれどそれもすぐに勘違いだとわからされる。

「ッ、う、ぶッ」

 舌の上を滑るように、芳川会長の性器はずるりと咥内喉奥まで挿入される。根本まで一気に挿入されたそれに、まともに口を閉じることが出来るわけない。息苦しさと顎が外れそうなくらいの圧迫感に、無理やり開かされた喉の奥から嗚咽が溢れる。それも束の間。俺の髪に指を絡めた芳川会長は、そのまま俺の頭全体を前後に動かし始めた。

「っ、ごッ、ぶッ、ぅぐッ」

 濁った声が漏れる。苦しくて、喉を突かれる度に胃液が込み上げてくる。焼けるように熱くなる咥内、芳川会長の吐息が直接咥内から伝わってくるようだった。
 熱い。苦しくて、涙が滲む。吐きたくても吐き出せず、無理やり抉じ開けられた顎では閉じることすら出来なかった。
 オナホか何かのように頭を動かされ、苦しさのあまり、会長の腰にしがみつく。ずっ、ずっ、と舌の上を行き来しては口の中全体を性器に見立てて根本まで押し込んでくる会長。苦しい。苦しくて、喉が焼け落ちてしまいそうだった。
 おかしくなる。顔が壊れる。表情筋の動かし方すらわからない今、きっと酷い顔をしているに違いないだろう。
 溺れるみたいに藻掻く俺とは対象的に、仄かに頬を赤らめた芳川会長は気持ち良さそうだった。会長が動くたびに上顎、口蓋垂をピアスが絡め、胃液が込み上げてくる。酸っぱくなった口の中、それすらも潤滑油にするみたいに会長は腰を動かした。

「……ッ、は……っ」
「っ、ぐっ、ぉぶ……ッ!」

 顎か首かどこかの骨が外れてしまったのではないだろうかと思うくらいの強い力で頭を抱き寄せられた次の瞬間だった。収縮した喉奥に思いっきり精液を吐き出される。

「ごぼッ、ぐッ、ん゛ぉッ! !」

 喉奥に直接注ぎ込まれる精液。濃厚な匂いに熱、粘っこいそれは喉に絡みつき、簡単に流れなかった。だから余計辛かった。
 けど、芳川会長のものだと思うと、まだ、幾分、ましだった。……そう思いたかった。
 離してもらえないまま、ごぼごぼと濁った空咳をする。それでも引っかかったそれは取れず、俺は、唾液を飲み込んで精液ごと奥へと流し込んだ。

「ッ、……ッ、ぅ、ぐ……ッ」

 口の中が空になったのを確認して、会長は俺の口の中から性器を引きずり出した。射精したばかりにも関わらず、会長のものは勃起したままだった。

 血の気が引いた。と、同時に、身体が熱くなった。
 きっとどうにかしていたのだと思う。こんなにも求められてると思えば気が楽だった。
 どんな扱いを受けようが、会長はまだ俺のことを思っていてくれてると思えば、全然。

「ぁ、は……ッ、ぁ……あぁ……」

 胃液と唾液と精液でどろどろに濡れた性器を見て、体の奥がじわりと熱くなる。恐怖か、興奮か、それすらもわからなかった。とっくに身体は限界を迎えていて、こうして起きてることも不思議なくらいなのに。
 机の上、腿を無理矢理掴まれ、開脚される。明かりの下晒される下腹部は先程会長に散々慣らされたせいでまだ痛みと痺れが取れなかった。そこに、亀頭部分を充てがわれる。それだけで、汗が、唾液が、どっと溢れてくるのだ。

「なんて顔してるんだ、君は」

 それを言うなら、会長もではないだろうか。
 いつも、講堂の上、他の生徒たちに見せる顔とは違う、その冷徹な瞳の奥から覗く凶悪なそれに、身体の芯が疼く。
 呼吸が浅くなる。濡れた亀頭の部分をぐにぐにと押し付けられるだけで腰が勝手に揺れ、気づけば口からは唾液が溢れていた。
 芳川会長はそんな俺を一笑して、そのままぐっと腰を進めた。

「っ、ぎ、ィ――ッ!」

 瞬間、噛み締めた奥歯のその奥から声が漏れる。
 肺ごと押し潰されるような重さに、目を剥く。身体が、全身の骨が、その衝撃に耐えきれなかった。

「ぁ、ひ、ぎ、ィ、ぐ……ッ!」

 軋む全身。覆い被さる影に、目の前が暗くなる。
 会長が動く度に先端部のピアスが炎症起こした内壁を掠め、腰が揺れる。ピアスが当たるように腰を動かす芳川会長に息が浅くなる。視界が滲む。苦しくて、辛くて、それ以上に、この重みが愛おしくもあった。
 会長が、俺に、挿れてくれてる。
 その事実が何よりも俺の頭を占めていて、どんな激痛も苦しさも軽減されてる、そんな気がした。

「っ、ひ、ぅッ、ぐ、ぅッ」

 慣らされた中は潤滑油代わりの助けもあってか、順調に俺の身体の筋肉を強引に拡張しながらも進んでくる。腹の中埋め込まれる肉棒の感触に、中は火傷でも起こしたみたいに熱くなった。
 腰をぐっと寄せられ、根本まで挿入される。息を漏らし、天井を見上げる。焦点が定まらない。どこを見てるのか自分がどこにいるのかも分からない。会長に手を掴まれ、机に押し付けられる。指と指が絡み合い、身体が、意識が、あちらこちらと霧散する。
 深く息を吐いた芳川会長はそのまま、腰を動かし始めた。最初は緩く、それでも慣れていくそこに徐々ピストンは加速していく。

「ぁ、あ゛あ、あッ、ぁ……ッ!」
「……っ、最初から、こうしておくべきだったか」
「っ、ぁひ、ィ、ぐ、ぁッ」
「ッ、こうすれば、もっと早く、君を繋ぎ止めることが……ッ」

 ぐちゅぐちゅと肉が潰れるような音がすぐ耳の傍で聞こえてくるようだった。打ち付けられる度に意識が飛び、口からはだらしのない声が漏れた。
 熱い。苦しい。会長。会長。名前を呼ぶ。けれどそれは声にはならなかった。
 摩擦する度にピアスの凹凸が当たり、腰が揺れる。もう何も感じなくなってると思っていたのに、いつの間にか勃起していた自分のものを見て血の気が引く。
 もう、嫌だ。いきたくない。
 そう思うのに、俺の意思とは裏腹に、会長のもので中をねっとりと掻き混ぜられるだけで空になってるであろう玉が引っ張られ、性器は宙を向くのだ。絶望しかしなかった。

「っ、ぎ、ぃ、ひッ」

 傷口が開いたのか、精液に混じって濃厚な鉄の匂いが鼻をつく。何も考えられない。真っ白になった頭の中、結合部を押し開き無理矢理身体の中へと捩じ込まれる脈打つそれの感触だけが鮮明に伝わってくる。
 胃を、肺を、内臓ごと押し潰すかのように挿入され、感じるという感覚すら分からなくなっていた。咳をしたとき、胃液に混ざって既に形を無くした朝食が口から溢れた。

「おぶッ、ぐ、ぼぇッ」

 瞬間、体内、脈がやけに大きく打つ。
 同時に獣染みた声が漏れ、同時に腰がガクガクと震えた。精液は既に出なかった。尿も出ない。何も出ないのに、それでも何かを出そうとするかのように身体は痙攣する。
 口元を汚し、吐瀉物に塗れた俺を見下ろし、会長は歪に顔を歪めた。

「はッ……次イッたら何を出すつもりだ?糞でも漏らすのか……ッ!」
「う゛ぇっ、ぅぐッ、が……ァッ!」
「っ、そうか、またイキたいのか、好きにしろ、もう、俺以外考えられないようにしてやる」

「俺以外の男でイケないように、何度でも搾り取ってやる」胃酸、吐瀉物、アンモニア臭、精液、血。まともな神経をしていたら耐えられない状況にも関わらず、芳川会長の性器は勃起したままで、それどころか確かに先程よりも膨張しているのがわかった。熱した鉄棒のように硬く熱を孕んだそれでゴリゴリと中を撫でる芳川会長に、気が遠くなる。

 まともではなかった。俺も会長も。血迷っていたんだ。
 ならば、いつから?どこから?どこから俺たちは正常ではなくなったというのか?

「もッ、や、ひ、死んじゃ、う、死んじゃ、あッあ゛ぁ、あぁあッ!」

 声を上げる度に乾いた喉がひりついた。血が滲んでるのではないか、そう思うほど喉が痛くて、それなのに、声を出さないことも許されないこの状況が続き、吐き出される声は自分のものとは思えないほどガラガラだった。
 あれからどれ程経ったのだろうか。三時間は経ったような気がするが、もしかしたら一時間も経っていないのかもしれない。長い悪夢を見てるようだった。

「ごめんなひゃ、ごめ、な、さッ」
「……何故謝る。君は、男と寝るのが好きなのだろう……ッ」
「ぁ、あぁッ!あ、も無理、むり、おれ、むり、で」
「何を言ってる、まだ十回しかイッてないだろう」

 背後から会長が笑う声が聞こえた。机の上、うつ伏せに押し付けられた顔にアンモニア独特の匂いが迫る。それでも、もう嫌悪感を感じる余裕もなかった。
 長時間の挿入で馬鹿になった感覚器官。ハメっぱなしで擦り切れ、ただ受け入れることしか出来なくなった下半身は芳川会長のものを締め付けることもできているのか自分でもわからなかった。指先の感覚はとうになくなり、どこをどうすればどこに力が入るのか、そんな当たり前のことすら俺の頭では考えられなくて、ただ机の上にしがみつくのが精一杯で。

「あひ、っひ、や、ゆ、るッ、して……くらさ……ぁ、ぁあっ、あぁ……っ!」
「……っ、ああ、十一回目か……流石に、もう出ないか……ッなぁ」

 自分がイッたのかすらわからない。腰が跳ねて、突き出したままの舌からどろりと唾液が溢れる。声を出すのもだるい。いっそ殺してくれた方がましだった。
 射精するものがない今、勃起すること自体がただ苦痛で、何も出てこないと分かっていながらも必死に出そうとする性器に引っ張られる度に脳細胞が一つ、また一つと壊されていく。そんな気すらしていた。

「ぁ、も……やっ、やら、抜いて、ぬい、てぇ……」

 頬を濡らすのが汗なのか涙なのかも分からない。ぐずぐずに蕩けた頭の奥、ただ、喘ぐ。腰を引かれれば一気に深く挿入される、それの繰り返し。突かれる度に意識が飛んで、死体のように動けなくなる。動かない身体を揺さぶられ、何度も挿入される。
 快感を気持ちいいと感じることも出来ない性行為はただの拷問だ。だけど、それでも、時折絡められる指と髪に触れる指先に心が反応してしまうのだ。
 不意に、重ねられた会長の掌がぎゅっと俺の手を握り締めた。ああ、これは、もしかして。

「……ッ、く……ぅ……ッ」
「ぁっ、あッ、あぁあ……ッ!!」

 何度目かも分からない射精に、身体の奥まで注ぎ込まれる熱に、下半身が跳ねた。
 何度か呼吸を繰り返した時、会長と目があった。
 前髪の下、向けられた目にぞくりと身体が震える。顔が近付いてきて、俺は動けなくなった。動けなかった。

「ぁっ……ぁ、ふ……ッ」

 愚かで浅ましくてどうしようもない。
 ただ傍にいたかった。支えたいなんて大それたことは言わない。それでも、そのことだけは許してもらいたかった。それだけだったのに。
 初めて好きな人と繋がったときしたキスは、生ゴミのような味がした。

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