天国か地獄


 03※

「おい仁科、何ぼさっとしてんだよ」
「……は、はいっ?!」
「早く風呂準備しろ。目が覚めるくらい熱くしろよ」
「ふ、風呂……?で、でも、方人さんに聞かないと……」
「俺がいいっつったら良いんだよ、さっさとしろ!」
「は、はい!」

 阿賀松に怒鳴られ、仁科は慌てて浴室へと向った。
 風呂……ということは、ようやく気が済んだのだろうか。ベッドの上、起き上がることもできなかったが、垂れ流しのままでいるのも耐えられなかった。ゆっくりと起き上がれば、ベッドに腰を下ろして携帯端末を手にした阿賀松が目に入った。

「……」
「なんだよ、物足りねーって顔だな」
「っ、い、いえ……そんなことは……」
「俺は足りねえけど」

 え、と聴き返すよりも先に、阿賀松はどこかへと電話をし始める。「今すぐ戻ってこい」とだけ告げると、そのまま電話を切った。留守電だったのだろうか。

「……」

 誰に、というのはなんとなくわかった。縁だろう。
 そんなこんなしてる内に仁科が戻ってきた。「お風呂準備しました」と声を上げる仁科。
 早い、早すぎる。きっと急いでお湯を溜めたのだろう。汗だくになってる仁科からは努力が伺えた。

「あぁ……出来たか」

 阿賀松もお気に召したようだ。少しだけ、微妙に、幾分気分良さそうに立ち上がる阿賀松は、そのまま俺の腕を掴む。

「えっ、あ、あの……っうわッ!」

 そのまま小脇に抱えられる。手荷物か何かのようなこの体勢はともかくだ、何故俺が阿賀松に捕まってるのか分からなくて「あ、あの……?」と恐る恐る尋ねれば阿賀松は何も言わずに歩き出した。
 間違いない。風呂場に向ってる。

「せ、先輩……ッ!」
「仁科ァ、ベッド綺麗にしとけよ」
「わっ、わかりました!」

 なんで俺まで、とばたつく暇もない。俺は阿賀松に担がれ、そのまま部屋を連れ出される。
 抵抗する気力も今の俺には残されていなかった。

 縁の部屋、シャワールーム。
 床の上に落とされたかと思うと、ろくに受け身も取れないまま今度は服を剥ぎ取られる。
「あの」とか「待って下さい」とか言ってる内に全裸に向かれたまま浴室へと放り込まれた。
 蒸気に包まれた浴室。仁科が暖めてくれてたようで、寒いと思うことはなかったがそれでも……なんでこんなことになったのか。
 汗やらを洗い流せということなのだろうか。だとしてもなんで阿賀松と一緒に……。
 勝手に浴槽に入っていいのかも分からなくて、ただ一人浴室の隅で固まっていると、続いて阿賀松が思いっきり扉開いて来た。

「何やってんだよ、そんな隅で」

 阿賀松と目が合って、慌てて顔を逸らす。別に阿賀松の裸は見たことないわけではないが、こうも明るい場所で見ると、正直目の毒だ。今更緊張してきて、嫌な汗が滲む。
 阿賀松はそんな俺を尻目に、シャワーヘッドを掴んだ。そして。

「っ、ひッ!!」

 いきなりお湯を掛けられ、飛び上がりそうになる。
 飛び退くことも出来ずに狼狽える俺を見て、阿賀松は楽しげに笑った。

「おい、こっち来いよ。洗ってやる」
「え……」
「早くしろ」

 阿賀松が、俺を?
 俺の背中を洗い流す阿賀松が全く想像出来ない。
 もししてくれたとしても、後が怖い。俺は「いいです」と後退るが、阿賀松の腕に捕まって無理矢理体を抱き寄せられた。

「っ、先輩……ッ」
「俺が流してやるって言ってんだよ。こういうときはありがとうございますだろうが」
「……ぁっ……ありがとう……ございます」

 背後、動こうとすればするほど阿賀松の肌の感触が直接伝わり、身動きすら取れなくなる。
 心臓がはち切れそうなほど痛む。緊張で、もう既に逆上せそうだった。「よしよし」とまるで愛玩動物か何かでも褒めるかのように顎の下を撫でられたとき、首から下にシャワーを充てられた。

「……ッ、……ぅ……」

 萎えていた性器を軽く持ち上げられ、その奥、先程まで阿賀松のを咥えさせられていたそこを指でなぞられる。下腹部までゆっくり降りてきたシャワーヘッドに下半身を流され、水圧と阿賀松に洗い流されてるというこの状況に耐えられず、目眩を覚えた。
 まだ感覚の残ってるそこに指が入ってきて、中の精液を絡め取るように掻き出す阿賀松。
 シーツにしがみついて誤魔化すことも出来ず、手のやり場に困った俺は阿賀松の腕を掴むことで辛うじてこの体勢を保つことが出来ていた。

「っ、ん、ぅ……ッ」

 無理な挿入のせいで内壁に傷がついたのだろう。阿賀松の指が掠めるだけで腰が震え、力が抜けそうになる。

「ユウキ君、腰もっと突き出せよ」

 ぱしりと腰を軽く叩かれ、ぎょっとする。無茶なことを、と阿賀松を見れば、阿賀松は正面のタオル掛けを指差した。そこには掛かっていない。まるでそのために取り付けられたかのような錯覚を覚えるほどの『丁度いい位置』に、カッと耳が熱くなる。
 掴まれ、ということなのだろう。言われた通りにタオル掛けに手を伸ばし、阿賀松へと腰を向ける。ベッドでするときよりも屈辱的に思えるのは、阿賀松に洗わせてるからか。阿賀松のせいであるが、それでも、汚れた体を相手に見せることは耐え難かった。
 阿賀松に腰を掴まれ、肛門を捲られる。そのまま直接シャワーを掛けられれば、暖かな水が熱した小粒の鉛玉のようなそんな痛みに襲われ、堪らず声を漏らした。

「ぁ、ッう、く……ッ」

 鼻歌混じり。阿賀松は俺の中から精液を掻き出す。お湯と一緒に股を伝って流れていくそれがどんな色してたのか見る余裕もなかった。
 痛いなんてものじゃない。シャワーのお湯すら今の俺の下腹部には凶器だった。

 どれだけ時間が経ったのだろうか。酷く長い間この浴室に入っていた気がするが、阿賀松にシャワーを充てられてたのは実時間数分程度のようにも思えるのだ。
 それほど、俺の感覚器官は狂っていたのかもしれない。
 シャワーが下腹部から離れたと思えば、今度は頭からお湯を掛けられる。目に水が入りそうになって慌てて顔を逸らせば、阿賀松は「水で萎んだ犬みたいだな」と愉快げに笑った。

 阿賀松にとって俺はペットか何かなのかもしれない。それ以上ではないことは確かだが、阿賀松言動のその節々から伝わってくる。

「ユウキ君、今度はお前の番だろ」

 阿賀松は、俺の肩を掴み無理矢理自分を向かせた。あまり血色がいいとは言えない肌の色。それでも、同じ男として羨ましい、均等が取れた筋肉質な体に、余計、酷く自分が惨めになってくる。
 阿賀松が何を言わんとしてるのかはすぐに分かった。勃ち上がり始めた性器、その前に俺は両膝を付く。
 先程まで自分の中に入っていたものと思うと、気がどうにかなりそうだった。
 シャワー浴びて全身も洗い流したはずなのに、気持ちはすっきりするどころか余計淀んでいくばかりだった。
 広くはない浴槽の中、阿賀松の膝の上に座らされている俺は、既に逆上せていた。

「ユウキ君、もっとゆっくり座れねえのかよお前」
「……そ、そんなこと言われても……ッ、わ!」
「久し振りに会ったってのに、随分とつれねえな。愛想尽かしたのか?」

 背後から抱き竦められ、耳に唇を這わされる。全身が硬直した。阿賀松はたまにこうして俺を恋人扱いしてくる。戯れだと分かってても、気が気でない。
 けれど、こういうときの阿賀松は機嫌がいいのでまだ良かった。

「先輩……そろそろ……」

 最初は火傷しそうなくらい熱かった張られた湯も、今では丁度いいと感じてしまうくらい身体が慣れていた。
 阿賀松は濡れて額に張り付く前髪を掻き上げ、こちらを見る。鋭い目は変わらない。睨まれ、心臓が凍る。
「あの」ともう一度口を開けた時、唇を重ねられた。

「っ、ふ、ぅ……んん……ッ」

 熱い。頭がふわふわして、何も考えられない。抱き締められ、素肌が触れ合う。腕で固定された身体は動かすことすら許されなくて、されるがままになっていると、もう片方の手が胸元に重ねられた。

「っ、先輩……」
「お前はあれで充分なわけ?」
「っ、え……」
「俺は全然足りねえけど」

 温まって血液の巡りがよくなった身体は阿賀松の指の動きを鮮明に追ってしまう。
 乳首に触れないように胸を揉まれ、堪らず前屈みになった。湯船が大きく揺れ、波が立つ。
 冗談だろう、こいつ。まだやるつもりか。血の気が引く。
「俺は大丈夫です」と、言い掛けて、下腹部に嫌な感触を感じた。

「っ、ぁ、やめ……て、下さい……ッも、無理です……俺……」
「嘘吐くなよ。お前だって全然足らねえだろ」

 耳を舐められ、腰が震える。くにくにと乳輪を摘まれれば、四肢から力が抜けていくようだった。

「っ、ぁ、ッう、ふ……っく……ッ」

 両胸の突起を阿賀松の指でくすぐられれば、自分のものとは思えない声が喉の奥から溢れる。
 恥ずかしい、情けない。そう思って口を抑えようとするが、そのまま尖った先端を指の腹で潰されると、堪らず阿賀松に凭れてしまう。

「やっ、め……ッ」
「さっきのイキそびれた分、責任取ってイカせてやるよ」
「っ、い、いいです……っ、いいです、俺は……ッ、ぁ、や……ッ、先輩……ッ!」

 浴室いっぱいに情けない声が反響する。さっきまで乱暴に抱かれていたせいか、優しい阿賀松の愛撫に必要以上に反応してしまう自分の浅ましさに涙が出そうになる。
 こんなの別に望んでいないのに、拒むことも出来ない。

「っ、ふ、ぅ、んん……ッ!」

 玩具で遊ぶかのように、尖ったそこを摘まれ、先端をコリコリと刺激されるその度に無意識に胸は反る。阿賀松は「そんなに嬉しいのか」と耳元で笑った。
 気持ちよさよりもこそばゆさ、それ以上に、阿賀松の存在が大きすぎて、こうして阿賀松に触られてることが先程までの痛みにも似た強い快感が蘇り、萎えきってたはずのそこに全身の血液が集まる。
 嫌だ、嫌だ、こんなことくらいで、また。
 またさっきのようなことが繰り返されると思ったら、今度こそ本当に意識が飛んでしまうだろう。
 必死に堪えようとするが、俺と身体は既に切り離されてるようだ。
 阿賀松に耳を噛まれたときだった。遠くで物音がしたかと思えば、困ったような仁科の声が聞こえてきた。内容までは分からないが、何かあったのだろうか。
 が、阿賀松はそれ無視して俺の耳の穴に舌を挿れようとしてきて、俺の意識もすぐに引き戻される。

「やっ、め……ッ!」

 慌てて顔を逸らそうとした瞬間だった。浴室の扉が開く。
 何事かと目を丸くする俺とは対象的に、阿賀松はそれに動じることはなかった。それどころか。

「おう、遅かったな。風呂借りてるぞ、方人」

 扉の前、血相変えた縁に阿賀松はそれだけを言って、きゅっと俺の両乳首を同時に押し潰した。慌てて声は堪えたものの、その時の縁の顔は忘れないだろう。

「あの……伊織、お前何してんの?」
「風呂入ってんだよ、見てわかんねえのか?お前目玉まで腐ってんのかよ」
「そりゃ分かるけど、そうじゃなくて、なんで十勝君がいんの。てか、なんで普通にここにお前がいるの、あと裕斗君も、十勝君だってそうだ。どうしているんだよ。それとまた土足で俺の部屋上がっただろ!」
「あれ、言ってなかったか?あと土足は玄関小さすぎてわかんなくなんだよ」
「俺はなんも聞いてないしお前の部屋と同じ玄関なんですけど」
「じゃ、言ってねえんだろ」
「お前なぁ……」

 珍しく縁が怒ってる。というかこう話してる間にも人の身体を弄る阿賀松にはド肝抜かれる。俺はというと二人のやり取りを邪魔しないように声を抑えるのが精一杯だったのだが、ぎゅっと強く引っ張られた瞬間、それも出来なくなる。

「んんぅッ!」

 腰が痙攣し、お湯の中に射精する。温まった身体はそのまま精液と一緒にお湯に溶けて混ざってしまいそうなそんな錯覚すら覚えた。
 虫の息な俺に阿賀松は「漏らすなよ」と笑い、それから、いきなり立ち上がる。大きく揺れる湯船、縁からタオルを受け取った阿賀松はそれで顔を拭い、そのまま髪を掻き上げた。

「髪より先に下半身を隠せよ」
「うるせえな、お前のせいですっかり萎えただろうが」

 言いながら雑に身体拭いて下着を履く阿賀松。
 縁はもう何言っても仕方ないと諦めているようだ。「早くしろよ」とだけ言ってそのまま脱衣室から出ていった。
 縁が俺と阿賀松の行為について何も言わなかったのが余計居たたまれなかったが、助かったことには違いない。俺は阿賀松が脱衣室から出たのを確認してそそくさと浴室から出た。

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