side:生徒会
芳川知憲にそれが届いたのは午後、会議が終わってから生徒会室へと戻ってきたときだった。
パソコンを開けば見覚えのないメールアドレスとそれに添付された映像を見て、凍りつく。
定点カメラだろう。見覚えのないどこか部屋の中、ソファーの上座る縁方人の隣、齋藤佑樹の姿を見つけた芳川は背筋に嫌なものが走るのを覚えた。
画面に表示される動画をそこで停止させることも出来た。馬鹿馬鹿しいと一蹴して削除することも出来た。けれど、それが出来なかったのは、次の瞬間、定点カメラの前、縁方人が齋藤佑樹の上に覆い被さるようにして顔を近づけたからだ。
逃れようとする齋藤佑樹の背中に手を回し、抱き寄せる。右下に表示された日付と時刻は昨日の夜だ。
自分を落ち着かせるため、息を吐く。怒りと不快感で気を緩めると物に当たってしまいそうだった。せめてミュートにしていたのが救いか。
「会長」
不意に、灘に声を掛けられる。
今日の会議では灘には参加させずに、午前中阿賀松伊織の見張りをつけていた。何かあったのかと顔を上げれば、灘和真は自分のノートパソコンを開き、画面をこちらに向けた。そこに表示されたそれに、息を飲む。
『ッ、ぁ、は、ぁ、んん……ッ』
パソコンから流れる聞き覚えのあるその音声に、服を脱がされ、下着の上から下腹部を弄られてる齋藤佑樹に、今度こそ全身の血液が一気に頭へと昇るのを感じた。
「……灘、他のパソコンも調べろ。他のやつらが戻ってくる前に、早くしろ」
「わかりました」
「……」
パソコンの動画を止める。削除し掛けて、手を止める。送信元を調べる必要がある。と、考えて、すぐに削除した。
(何を調べる必要があるというのか。あいつの仕業というのは明白だ)
縁方人、と口の中で吐き捨てる。
「会長、他のパソコンにも送られているようです」
「そうか、なら全て削除しろ」
「分かりました」
「……俺は、少し出てくる」
「畏まりました」
嫌な予感がする。自分だけのものならともかく、他の役員たちのパソコンにも送り付けられてるとなると無差別に送ってる可能性もある。
心当たりを調べるため、芳川知憲は風紀室へと向った。
◇ ◇ ◇
灘和真は役員たちのパソコンを操作し、添付された動画を削除していた。
メール本文は空。メールアドレスは意味のない英数字の羅列。送り主は予想付く。縁方人、一人しかいない。齋藤佑樹との性行為を映像に収め、それを自分たちに送り付けてくるその意味が理解できなかった。見せしめ、というよりも、ただの嫌がらせか。
あの男のことだ、芳川会長の調子を乱したいだけなのだろう。下劣で悪趣味、それでいて低レベル。削除しましたというポップアップを削除する。
なんとか他人の目に入る前に消すことが出来たが、この何故生徒会室のパソコンのアドレスを知っているのか。
最悪、学園のパソコンに侵入して無差別にメールを送り付けている可能性もある。おそらく芳川会長はそれを危惧して生徒会室を出たのだろう。
他から内線が来ないということは可能性は低いだろうが、まだ誰も見ていない可能性もある。芳川会長の判断は正しい。
それにしても、何が目的なのだろうか。灘和真は思案する。
あの男の行為に意味を見出すこと自体が無駄だと分かっても、それでも意味が分からなかった。
動画の中に写った人物が今回一番痛手を負うのは明らかだ。この場合、齋藤佑樹と縁方人だ。縁方人はともかく、齋藤佑樹はこの動画のことを知っているのか。カメラの方を全く意識していないことから隠し撮りというのは判断出来たが、それでも、縁方人自身が自分の存在を隠そうともしていないことから恐らくこの動画は『齋藤佑樹を手込めにした』という事実を周知させるためのものだろう。
その事実によって誰が損して得するのか、誰が傷ついて誰が笑うのか。
灘和真にはそれが分からない。けれど、損得勘定で言えば誰も損しない。こちらはあくまで一方的に送り付けられただけだ。だとすれば、自分がやるべきことは一つ。
削除する前に、自分の端末に移した動画を開く。
芳川会長は全て消せと言ったが、わざわざ相手が手の内見せてきたというのにそれを無かったことにするには勿体無い。
見て気持ちいいものではないが、何かの役に立つかもしれない。ちゃんとデータが再生できるのかを確認し、灘和真は端末を仕舞った。
掠れた喘ぎ声がやけに耳に残った。
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