天国か地獄


 11※

「芳川君とはどういう関係だったの?」

 縁にそんなことを聞かれたのは、日も暮れた頃だった。
 例の如く部屋を追い出された志摩もいなくなり、部屋に縁と二人きりの状況下。二人用のソファーの隣に腰を降ろしてくる縁に少し緊張しながら、俺は、返答に迷う。

「っ、どういう……というか、その……一応、付き合って……ました、けど」
「でもそれって本当なの?付き合ってるっていうの、演技だったんだろ?」

 全部、となんでもないように笑う縁の言葉に、正直、頭を殴られたみたいなショックを覚える。
 正直、どこまで皆を騙せるか、なんて考えてなかった。阿賀松だけ誤魔化せればと思っていたが……。

「演技じゃ、ないです……」

 なんで、そんな嘘吐いたのか分からなかった。けれど、これを俺が認めてしまえば本当に会長とのことが全部なかったことになってしまいそうで、結局はただの虚勢だ。見栄だ。分かっていたが、それだけはしたくなかった。

「じゃあ、付き合ってるって本当なの?」
「……はい」
「ふーん、なるほどね」

 と、縁の手が、肩に伸ばされる。ぐっと背もたれに体を押し倒され、びっくりして手に持っていたグラスを落としそうになった。

「っ、あの、縁先輩……ッ」
「じゃあ、芳川君ともこんなこともした?」

 唇が、触れ合いそうになって慌てて俺は、縁の顔を押し退ける。
 何もしないと言っていたのは嘘だったのか。ショックを覚えたが、縁の意図は他にもあるような気がして、俺は、「しました」と声を上げた。

「しました……嘘じゃ、ないです」
「……君、芳川君のこと好きなんだね」
「……ッ、え……」
「けど、ずっと気になってたんだよね。向こうはどうなの?確かに君は芳川君のことを少なからず好いているようだけど、芳川君は君のこと、本当に恋人として見ていたの?」
「……それは……」
「どうにも、君は向こうに対して後ろめたさを覚えてるみたいだからな。……まあ、少なからず世話になってるわけだから情が沸いても仕方ないと思うんだけど、俺は、君が板挟みの状況に余計負担になってしまってないか心配してるんだよ」

 周りに付き合ってないと言い触らすつもりなのか、と身構えていたが、縁の口から出てきた言葉は予想していたものと違っていた。

「負担なんて……」
「ない、なんて嘘だろ。見ていたら分かるよ、君が芳川君のことを忘れない限り、罪悪感はなくならないだろうね」

 確かに縁の言うとおり、まだ全てを割り切れてはいない。芳川会長のことを嫌いになれていない。けれど、そんなこと出来るはずがない。

「俺じゃ、芳川君の代わりになれないかな」

 グラスに溜まった雫が、指先から底を伝って膝上に落ちた。
 思考停止。縁が何を言ってるのか分からなかった。

「ああ、ごめん。今のは言葉が悪かったかな」
「……あの……」
「俺でよければ全部、忘れさせてあげるよ。君が辛いのも全部、受け止めてあげれる」

「俺は、君を見捨てたりなんてしない」心臓が、煮え滾るみたいに熱くなる。喉が焼け落ちるみたいだった。
 縁から告白紛いの甘い言葉は何度も囁かれてきた。それなのに、なんで、なんで俺はこんなに狼狽えているのだ。

「っ、……何、言ってるんですか……?」
「言わないと分からない?」
「……え、ぁ、あのっ……」
「好きだよ、齋藤君」

 ドクリと、心音が一層大きくなる。
 静かな部屋の中、自分の鼓動がやけに大きく響いた。ゆっくりと唇が離れるのを見て、そこで、自分がキスをされていたことにようやく気づいた。

「……俺にしときなよ」

 そう、言いながら自らのネクタイを緩める縁。
 ダメだ、これ以上踏み込まれてはダメだ。逃げないと、と思うのに、体が動かない。甘い猛毒のような優しさは、俺を駄目にする。
 分かってるはずなのに、指先一本すら動かない。手の中をすり抜け、床の上にグラスが落ちるのが見えた。

「っ、は、ぅ……ッ、ん、んんぅ……ッ!」

 前髪を掻き上げられ、そのまま舌を絡め取られれば、深く入り込んでくる縁の舌にされるがままになってしまう。
 頭の中では分かっていた。だめだと。拒否しないといけないと。けれど、こうして縁に頬を撫でられ、優しく抱き締められると、何が正しくて何が間違っているのかその判断までもがあやふやになる。

「……っ、齋藤君、涎垂れてるよ」

「かわいいね」と唇から垂れるそれを舐め取られ、そのまま、唇を甘く噛まれる。縁の舌が触れた箇所が疼くように熱くなり、嫌だ、と顔を逸らすも、すぐに頬を掴まれ、舌を吸い上げられる。

「ん、ふ、うぅ……ッ」
「っ、ん……可愛い、可愛いよ、齋藤君……」

 ちゅぷ、と小さな音を立て、引き抜かれた舌先は自分のものと糸を引いていて、ライトの明かりで光るそれに顔が熱くなる。顔だけではない、触れられた場所が、全身が、内側から焼かれるみたいに熱かった。

「っ、も、やめ……下さ……ッ」
「……どうして?……俺には、君が心の底から嫌がってるようには思えないんだけど」

 不思議そうにこちらを覗き込む縁の目が、俺の下腹部に向けられる。拍子に、熱を持ち始めていたそこを衣類越しにぐに、と掴まれ、肩が震えた。
 やめてくれ、と首を横に振るが、縁の指は力を弱めない。それどころか、痛みとむず痒さ、その境界を的確に狙って柔らかく全体を揉み潰し、刺激してくる縁の指に腰が、勝手に動く。

「っ、や、め、えにし、えにし……せんぱ……っ」
「ん?どうしたの?腰、カクカクしてるけど」

「大丈夫?」と、耳元で笑う縁は、言いながらも手を止めようとしなかった。
 縁の指摘に、自分の下腹部に目を向ければ、先程以上に激しさを増すその指に、もどかしい刺激に、堪らず口を抑える。そうでもしなければ、みっともない声を上げてしまいそうだったからだ。
 直接触られてるわけでもない。それでも、的確に人の弱いところを突く縁に、自然に脂汗が滲む。腰が、自分のものではないみたいに、縁の動きに合わせて痙攣を起こした。
 身につけた下着の中、ぬるぬるとぬめり、熱くなる下腹部が気持ち悪いと感じる余裕もなかった。

「っ、んッ、ッん゛ぅ、ん、ふぅ……ッ!」
「声、我慢しなくてもいいのに。……聞かせてよ、君の可愛い声」

 無理矢理縁に手首を取られ、顔から離される。熱い顔を覆い隠すことが出来ず、もう片方の手で顔を抑えようとすれば唇を塞がれた。

「っ、ぁ、ひッ、ぅあ、あッ、や……ぁ……ッ!」

 舌で抉じ開けられた口の中から、聞きたくもない声が聞こえてくる。嫌だ、と逃げようとすればするほど追い込まれ、執拗に揉み扱かれる性器は傍から見て分かるくらいスラックスの中で腫れていた。
 気持ちいい、とか、そんな段じゃなかった。布越しに与えられる刺激はただもどかしくて、直接触ってほしい。そんな思考が芽生える度に、慌てて首を振る。

「っ、ひ、ぅ、あ……ぁ……ぁあ……ッ」

 開きっぱなしになった口から、情けない声と唾液が溢れ、口元を濡らす。熱い。頭の奥がジンジンして、何も考えられない。
 浮いた腰は休む暇もなく、腹の奥、徐々に競り上がってくる得体の知れないそれに、全身、爪先まで硬直する。
 汗なのか先走りなのかも分からない。けれど、縁に触られる度に下着の中で先程まではなかった濡れた音がぐちゃぐちゃと響いていた。
 嫌だ、嫌だ。こんなの。ダメだ。頭の中で繰り返せど、それはすぐにやってくる快感に掻き消された。
 下着の中、射精寸前まで膨張したそれに、俺は自分で限界を感じた。流れ落ちる汗ごと、縁は俺の体液を啜る。

「いやだ、やめ、っ、やめ……ぁ……やだ……ッ」
「……本当に嫌なの?」

 そう言って、縁は俺の下半身から手を離す。それは突然のことだった。
 本当に、いきなり止めた縁に、息だけ上がった俺は先程まで強烈にやってきていた刺激がなくなり、愕然としていた。代わりに残されたのは、下半身に残った縁の指の感触と、行き場を無くした熱のみ。

「なら、やめる?」

「言ったよね、俺は、君の負担になるような真似だけはしたくないって」微笑む縁の笑顔に、背筋が凍りついた。
 痺れたように疼く下腹部を抑えても、何もならない。いきなり手放され、どうすればいいのか分からない俺を見て、縁は「君は嫌なんだよね」とも笑った。
 嫌だ。誰が好き好んでこんな真似をするのか、寧ろ尋ねたいぐらいだ。さっきまでならそう言えた。はずなのに。
 腹の中を、マグマがぐるぐると回ってるみたいだった。体の熱は収まるどころか悪化していくばかりで、先程までの快感は行き場を無くし苦痛となって襲い掛かってくる。

「ぁ……っ、や……、俺……っ」

 汗が、額から顎先へと流れ落ちた。
 ダメだ、ダメだ、ダメだ。頭に呼び掛ける。が、聞こえない。自分の声すら、雑音のようにしか取れなくて。
 俺は考えるより先に、縁の手を掴んでいた。ダメだ。これ以上は。ダメだ。

「……っ……縁、先輩……」

 ぐ、と縁の手を引っ張り、自分の下半身にその指先を押し付けた。
 なんて真似をしてるんだ。自分でも分かってるはずなのに、何も考えられなかった。これ以上生殺しされるくらいなら、恥なんて。

「先輩……っ、もっと……下さい……」

 ちゃんと言葉になってるのかすら危うかった。
 けれど、俺の行動に、縁は理解したのだろう。その口元の笑みは一層深くなり、そして、縁の手は、俺のスウェットのウエストを乱暴にずり下ろした。

「っ、せん、ぱ……」
「ごめんね、意地悪しちゃって……あまりにも君がいじらしくて……可愛かったからさぁ」

 剥き出しになった内腿を這う縁の手の感触に、全身が粟立つ。濡れ、大きく膨らんだそこを触らないようにしてる、そんな手つきに腰がモゾモゾと動いてしまう。それを見て、縁は楽しげに喉を鳴らして笑った。

「けど、嬉しいよ……俺を選んでくれて」

 一瞬、先程まで慈しむような色を浮かべていたその目が、冷たく光った、ような気がした。けれど、それも一瞬のことだった。先走りで濡れた下着の中、裾を捲り上げ、直接触れてくる縁の指に、何も考えられなくなる。
 これを求めていたはずなのに、俺は、どうしてもさっきの縁の目を忘れることが出来なかった。
 きっと、その目に見覚えがあったからだろう。
 溢れる声を噛み殺しながら、俺は、縁の肩越しに天井を見上げた。

「ん、ん、んんぅ……っ」

 腿の付け根に食い込む指先。下腹部に顔を埋める縁と目が合い、顔が一層熱くなる。
 両親指で拡げられた肛門に、ぬるりとした肉厚な感触が押し当てられた。唾液を纏ったそれは濡れた音を立て、丹念に入り口付近に這う。

「ぅ、っ、ふ……ッう、んん……ッ」

 縁の息が、髪が、触れる度に腰が揺れる。
 熱に浮かされた頭の中、内側を舐め回す舌の動きだけはやけに生々しく思えた。
 駄目なのに。一時の快楽に流されるなんて、愚かだ。
 頭の片隅ではそう思っていても、逆らえなかった。それが答えなのだろうと、縁の舌を受け入れ、声を殺す。

「……齋藤君、緊張してるの?」

 尋ねられ、釣られて俺は首を縦に振った。
 緊張しないはずがない。腿の内側にキスをした縁は、にっこりと笑う。

「大丈夫だよ、痛くしないから」

 そう言って、慈しむように微笑んだ縁は勃起した俺の性器に唇を落とす。
 まるで恋人でも相手にしてるかのように、縁の手は、声は優しかった。
 縁に触れられた箇所を中心に、体中が熱で蕩けそうだった。

 たっぷりと唾液を流し込まれ、濡れそぼった肛門に人差し指を押し当てた縁は、そのままゆっくりと奥へと挿入してくる。
 苦しさ、はない。けど、恥ずかしさと、異物感に耐えられず、思わず俺は縁の腕をぎゅっと掴んだ。それを無視して、既に一本の指を飲み込んだそこに二本目の指、中指だろうか、それを押し当てられた。

「ぁ……っ、や……」
「怖い?」
「怖……っ、く、ない……です」

 気がついたら、そう答えていた。
 信用していた。縁なら、優しくしてくれるだろうと。この時はもう俺は主導権から手放し、相手に甘えきっていた。下手に抵抗するよりも、身を委ねた方が『まし』だと思ったからだ。
 つぷりと音を立て、内側を押し上げるように侵入してくる指の感触に、身を捩る。お腹の中の違和感は徐々に、そして確実に膨らんできていて、そのままゆっくりと内部を指の腹で擦られれば、腰が大きく震えた。それを見て、縁は笑い、舌なめずりをする。

「え、にし……っ、先輩……っ」
「大丈夫……怖くないよ、怖いことしないから、ただちょっと、最初はキツイかもしれないけど……」
「っ、ん、ぅ、ぁっ……ひ……ッ!」

 更に奥へと入り込んでくる長い指先。そのままゆっくりと内壁を摩擦するように二本の指を出し入れされれば、腹の内側から愛撫されるような感触に、全身が粟立つ。

「っ、ふ、ぅ……ッ!」

 口を覆い、声を押し殺す。それぞれが違う動きをし、それでも中を刺激してくる指から逃れることは出来ず、掴まれた腰が、何度か跳ねるのが見えた。恥ずかしいけど、それを取り繕うこともできなかった。
 確かに、気遣ってくれてるのだろう。激しくはないが、それでも執拗に責め立ててくる縁の指に、全身に汗が滲んだ。息が浅くなる。下着の中、先程以上に大きな染みを作る自分の下半身を見て、居た堪れなくて俺は、顔を覆い隠した。それでも縁は手を緩めなかった。それどころか。

「あッ、ぁ、っあ、やッ」
「齋藤君の嫌はぁ、嫌じゃないんだよね?もっとしてっていう可愛い嫌なんだろ?」
「ッ、ひ――!!」

 瞬間、ぐ、と体内で曲がったその細く長い縁の指が浅い位置を刺激する。途端に、電流にも似た刺激が脳天から爪先へと走った。
 息を飲む。怖くなって、縁の手をぐいっと押し返すが、縁はそれを無視して、嬉しそうに笑いながらその場所を狙って指先を刺激した。

「っ、あッ、っぁあ、やッ、嫌だ、先輩ッ!」
「……その言葉は聞かないって言ったよねぇ、俺。それに、そんなやらしい顔して言われても逆効果だっての」
「ひっ、ぃ、あっ、あぁ、ぁああ……ッ!」

 自分のものとは思えない声が喉奥から漏れる。焼け付くように、腹の奥底が、性器が、熱い。それ以上に、何も考えられなかった。あまりにも強い快楽は毒にもなり得る。何かで呼んだことがあったが、まさにそれだ。
 執拗に、逃げる腰を押し付けられ、三本目の指が挿入される。それぞれ強弱付けてそこを小刻みに刺激されれば、目の前がチカチカして、四肢から力が抜ける。

「ぁ……っ、あ……っ、ひ……ッ」

 声を上げることすら億劫になる程の快感に、ソファーの上、寝そべることしか出来なかった。腰が痙攣が止まらず、勃起した性器がもどかしくて、自分で触ろうとして、縁に「だーめ」とやんわり止められた。

「っ、や、も、むり……むり、で……す……ッ」
「そんなことないでしょ。齋藤君ならまだ頑張れるよ」

 そう言って、そこを腹の指で揉まれ、体が大きく仰け反った。自分の意識と体があまりの感覚に切り離されたみたいだった。自分の口から、意思とは関係なく感嘆にも似た声が洩れた。
 下着の中、縁の動作一つでまるで息を吐くみたいに精液が大量に溢れる。嫌な感触だと思うほどの頭も残っていた。どろりとした精液に混ざって、自分の大切な何かも排出してしまったかのような喪失感を覚える。けれど、それに浸る暇もない。

「……随分と早かったね。もう少し我慢できると思ったんだけどなぁー」
「っ、ご、めんなさ……ひ……っ」
「いいよ。溜まってたんだろ?……俺には遠慮しなくていいんだからね」

 そう言って、イッたばかりの性器を綺麗にするわけでも下着を脱がしてくれるわけでもなく、再び、前立腺を指先で軽く叩かれ、声を上げた。

「やっ、待っ、せんぱ……」
「まだイケるだろ?まだ一回しかイッてないんだし、これだけで満足できないだろ、君も」

 笑いながら、体勢を直す縁に、血の気が引いた。笑いかけてくる、その目は笑っていない。

「ぁっ、……にし、せん……ッ、先輩……ッ縁、先輩……ッ!」

 グズグズになっていく。何度射精したのかも覚えていない。精液は既に出なくて、下半身は痙攣しっぱなしで。
 頬を流れるのが汗なのか涙なのか分からない。
 焼けるように熱い肌に、縁の手の感触は余計冷たく感じた。

「齋藤、可愛いね。泣いてるの?」
「もっ、やめっ……無理です……これ以上は……俺……」

 頭がおかしくなりそうだった。
 息つく暇もなく強制的に絶頂へと追い込まれるのは最早拷問に等しい。イキたくもない、体力的にも辛いのに、それでも止めどなくやってくる快感に、神経が摩耗していく。思考は混濁し、苦痛と熱が全身を駆け巡っていた。

「ん?無理なの?本当に?」

「でも、ここ、また勃ってるよ」と、耳朶を甘く噛まれ、股の間、頭を擡げ始めていたそこを指先で弾かれ、腰が大きく跳ねた。
 それは、与えられる刺激が強すぎて、反応してしまってるだけだ。そう言い返したいのに、くにくにと指の腹で先走りで濡れた亀頭を弄られれば、視界が点滅する。汗がドッと溢れ、止まらない。

「っ、え、にし……せんぱ……ッ」
「また大きくなってるね。出した方がいいんじゃない?我慢は体に毒だろ?」

 嫌だ、と首を横に振る。これ以上射精出来ない。絞り取られ、何度も熱い粘液が通ったせいで焼け付くように疼く尿道口。そこに向って競り上がってくるものに、ただ、恐ろしくなる。

「嫌だ、っ、いや、先輩っ、も、むり……っ、ひ、ィ」

 瞬間、大きく開かれた股の間にぬるりとした感触が掛かる。精子とは違う、粘着質ではあるものの、寧ろひんやりとすらあるその液体は腿の間、ぐずぐずになった肛門へと直接流し込まれる。

「っ、ぁ、やっ、先輩……ッ」
「……そろそろ頃合いかな」
「……っ、へ……」

 何を言ってるのだ、と顔を上げた次の瞬間。
 縁の指が、嫌って程解されたそこに捩じ込まれ、大きく開いたそこにたっぷりとローションを塗り込んでいく。
 耳を塞ぎたくなるような品のない音に、腹の奥、ぐちゃぐちゃと粘った音が響いた。
 ひんやりとした液体は内部の熱ですぐにぬるくなる。
 腰を動かし、縁の指から逃れようとしても、腰を固定され、儘ならない。
 付け根まで挿入された指に奥深くまでローションで慣らされ、引き抜かれると同時にごぽりと中から余った液体が溢れてくる。それを指に絡め、窄みの周囲に塗りたくった縁は自分のベルトを掴み、ガチャガチャとバックル外し始める。
 何をしようとしてるのかは、分かった。けれど、これ以上は本当に、体も限界だった。
「先輩」と、首を横に振れば、縁は「大丈夫」と笑う。
「何も考えられなくなるから」とも、言った。

 はち切れんばかりに勃起した性器を取り出した縁は、そのまま、俺の手を握り締める。
 その動作だけでもぎょっとしたのに、縁は、そのまま俺の手のひらごと自分の性器を握り込んだ。手のひらに直接伝わるその感覚に、熱に、血の気が引く。

「齋藤君、分かる?……ドクドク言ってんの。これ、君のせいだよ」
「何、言って……」
「……っ、齋藤君の指、何もしてない手だね。すべすべで、細くて、絡みついてきて……気持ちいいよ」

 縁の言葉に反応するかのように、手のひらの中のそれの脈は加速する。
 熱に、その生々しさに耐えられず手を離そうとすれば、縁は笑って、更に強く握り込んだ。

「これが、君の中に入るんだよ。齋藤君も、ちゃんと俺のを濡らしてよ」
「……ッ」
「ああ、そんなに身構えないで。本当は口でしてもらいたいところなんだけど、君、唾液少なそうだしね」

 そう言って、手を離した縁は自分の性器にローションを掛ける。透明の液体は溢れ落ちるのを見て、縁は「ほら、早く早く」と俺を急かした。

「慣らさないと、後が辛いのは君の方だよ?痛いのが好みならそれでも構わないけど」

 悪びれもなく、強請る子供のように無邪気に笑う縁。
 口でするよりかは、ましだ。縁の優しさなのかは知らないが、慣らされずに挿入される痛みは俺も身を持って知っている。
 仕方ない、と、縁の性器にそっと手を伸ばす。片手で握り込み、手のひら、指先へと滴るローションを絡め、全体へとゆっくり手を上下させる。
 ……本当に、嫌な音だ。
 ぐちゅぐちゅと耳障りなそれを聞きながら、俺は、ぎゅっと目を瞑りながら根本から先っぽへと満遍なくローションを塗り込んだ。けれど、段々手の中のそれが大きくなっていくのを感じて、心臓がドクリと脈打った。けれど、恐ろしくて目を開くことができなかった。
 縁の息遣いを直に感じながら、俺は、無心に手を動かす。縁は時折「そうそう、上手上手」と俺の頭を撫でてくれたが、全く嬉しくなかった。

「っ、ぎこちないな……本当、可愛い……っ」

 吐息混じり、耳朶にキスを落とされ、手を離しそうになってしまう。
 ローションに濡れたそれは先程と比べ物にならないくらい膨張していて、それが自分に挿入されると思うと血の気が引くどころか、脳髄、その奥が熱くなる。

「これ以上は俺がやばいし、もういいよ」
「っ……あの、先輩……」
「ん?どうしたの?」
「や、やっぱり……俺、こういうことは……ッ」

 したくないんですが、と言い終わるよりも先に、腿を滑る縁の指先に、息を飲む。
 火照った体に、縁の体温は冷たかった。ひやりとした指先は膝裏から足の付け根の筋をなぞり、そして、下着の中へと滑り込んでくる。

「大丈夫だよ、俺は、君がどんなにはしたない子でも全然嫌にならないから」

 裾を引っ張られ、下着をずらされる。
 剥き出しになった下腹部に、躊躇いなく触れられれば、体が震えた。逃げようと腰を引いても、ろくに力の入らないこのソファーの上、縁から逃れることは出来ない。
「あの」と、縁の手を掴めば、それに構わず、ローションでたっぷりと濡らされたそこをなぞられる。瞬間ひくりと喉が締り、堪らず目を瞑った。

「それに、ここで止めてつらいのは君も同じだろ?」

 皺をなぞるように、窄みの周囲を指の腹でぐるりと撫でる縁に体が反応してしまう。
 それが分かってるからこそなのだろう。そんなことはない、と否定したところで縁の目にはさぞ滑稽に見えるのだろう。
 躊躇ってる内に、縁は俺の腰を軽く持ち上げる。そして、照明の下、晒されたそこに勃起した自分のものを押し当てる。

「っ、せ、んぱ……」
「……あんま喋ってると、舌噛むよ」

 そんなこと言われても、と答えようとした瞬間、先端が押し当てられ、次の瞬間、ぬぷりと濡れた音を立て、中へと入ってくるのが分かり、口を閉じる。

「っ、ん、ぅッ……」
「はぁ……っ、齋藤君の中……あっついなぁ……すごい、結構慣らしたつもりなんだけど……っ締まり最高だね、君」

 縁の声が近くで聞こえてくる。それなのに、何を言ってるのか、分からなかった。
 必死に入ってこないように力を入れれば入れるほど、縁は愛しそうに息を漏らし、より強引に腰を押し進めてくる。
 火傷するような程の膨張した熱はすぐ腹部いっぱいに広がった。慣らされ、ローションを便りに滑るように奥まで挿入されるそれを拒む方法を俺は知らなかった。

「っは、ぁッ、んん、や……抜い……っくださ……」
「聞こえないなぁ……何?もっと奥を突かれるのが好きなの……っ?」 
「違っ、……ぁっ、ひッ、んぐぅッ!」

 痛みがないわけではない。それでも、内壁の裂傷は感じないせいか、より鮮明に縁の熱を、動きを感じることが出来た分、最奥を一気に押し上げられれば、一瞬、強すぎる刺激に思考が飛ぶ。

「っ、あっ、や、ッあ、えに、せんぱっ、ぁっ!」

 縁が腰を動かす度に中のローションは絡み合い、ぐちゅぐちゅと嫌らしい音が体内に響く。熱が混ざり合い、触れ合った箇所が、融けていくようだった。
 苦しい、息が出来ない。それ以上に、痛みのない快楽は、俺にとって猛毒でしかない。
 キスをされれば、思考は乱れ、下腹部、何度も奥を突かれる度に衝撃で口からは出したくもない声が自然と出てしまう。

「ぅ、あッ……ひ……ッんん……ッ!」
「っ、その声可愛い……ねっ、もっと聞かせてよ、俺の名前呼んでよ、齋藤君……ッ」
「なにをっ、んんッ、ぅ、あッ……いや、先輩……ッ、や、ぁ……ッ!」

 腰を掴まれ、覆い被さってくる縁に唇、頬、瞼にと顔中キスをされる。恥ずかしさを感じる暇もなかった。
 何も考えることが出来ない。ひたすら夢のようなふわふわとした頭の中、鋭利な快楽だけが身を貫いた。
 まるで恋人同士のような、そんな錯覚を覚えるほどの優しくて、全身を貪られるような執着的な行為だった。
 何をしているのか、どうしてこうなったのか、考える頭もなかった。
 縁の腕の中、全身を犯される夜はやけに長く、そしてあっという間だった。いつから自分の思考が飛んでいたのか分からない。

 気が付けばカーテンの外には日が登っていて、俺は、服を着ることもしないまま、ベッドに倒れ込んでいた。その隣には、縁が眠っていた。
 本当に記憶が抜け落ちたんじゃないかってくらい思考は混濁していたが、腰の鈍い痛みからして夢ではないことが分かった。体中、縁の指の跡やキスマークがついてるのを見て、顔が熱くなる。
 ……やってしまった。やってしまった。
 けれど、俺は、ここにいる時点でこうなることは予想できてたのではないか。殴られていないだけましだ。そう思うのも末期なのかもしれない。昨夜の縁の優しい声や手を思い出しては、罪悪感でいっぱいになってしまう。

「ん……齋藤君?やっと起きた?」

 そんなとき、隣で眠っていた縁がもぞもぞと動き出す。
 今まさに考えていた相手から声を掛けられ、内心ぎくりとしながらも俺は慌てて「はい」と返事する。

「……ふぁ……よく寝たねぇ、齋藤君、体は大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
「そ、ならいいけど。……うわ、亮太からすげー着信来てる。拒否っとくか」

 言いながらベッドを降りる縁。いつも通りだ。逆にいつも通りすぎて、俺はどうすればいいのか分からなかった。
 別に、セックスしたからと言って何が変わるわけではないということだろうか。昨日の夜、あんなに愛を囁いてくれた縁に比べてしまい、どうしても今の縁の態度が気になってしまう。
 ……というか、俺は縁に何を求めてるのだろうか。馬鹿馬鹿しい。自分で考えて恥ずかしくなってきた。
 縁にとってそういうことは通過点に過ぎない。別に、付き合ってるわけでもないのだからこんなことを考えるのはそれこそお門違いなのではないか。

「齋藤君?」
「っ、は、はいっ!」
「……元気いい返事だね。朝ごはん、用意しようと思うんだけど何か食べたいものある?」
「……あの、なんでも……いいです」
「…………そ、分かった」

 ……本当、何を期待してるのだろうか。芳川会長の代わりを縁に求めてる自分に嫌気が差して、俺は、縁に断って洗面所へと向った。
 歩く度に体が悲鳴を上げる。激痛とはまでいかないが、普段しない体勢を長い時間とったせいだろう、主に下腹部の違和感が半端なかった。
 縁から借りた服に着替え、昨日同様使い捨ての歯ブラシで歯を磨いて、顔を洗って、寝癖を直す。鏡を見る度、首筋の痕が覗き、昨夜の行為を思い出してしまった。
 シャツを着れば襟で隠せるだろうが、Tシャツだと目立ってしまうな。どうにかこうにか襟口を引っ張って隠し、俺は縁のいるリビングへと戻る。

「齋藤君って俺の服合うよね」
「あ、あの、服、いつもありがとうございます……すみません」
「いいよ、俺も良いもの見せてもらったし。……けど、そうだな、俺のお下がりばっかって言うのも申し訳ないし、君用の服用意しないとね」
「え……いえ、あの、服なら俺の部屋にあるので大丈夫です、そんな」
「……ああ、君の部屋か。そう言えば齋藤君、今部屋の鍵あるの?」
「はい、えっと……確か着てた服のポケットに……一応」
「着てた服って……ああ、確かこれだろ?」

 そう言って、縁はテーブルの横、畳んであった衣類を広げてそのポケットを確認するが、どうやらないようだ。「入ってないな」と肩を竦める。

「一緒に洗濯しちゃったっけ?いや、でも洗濯機にも何も入ってなかったと思うし……あ」

 と、何か思い出したようだ。「まさか、亮太のやつ……」と縁は怪訝そうに口にしたのを聞いて、ハッとする。
 確かに、昨日俺の服を洗濯してくれたのは志摩だった。だとしたら、志摩が俺の部屋の鍵を持ってるのだろうか。壱畝とのことがある分、ヒヤッとしたが、それは縁も同じのようだ。

「ま、亮太には俺の方から聞いておくよ。でももしものことがあるしなぁ、鍵、紛失届出しておいた方がいいんじゃない?」
「紛失届……ですか?」
「うん、日数は掛かるけど、新しく鍵を作ってもらえるんだよ。部屋に戻るにせよ戻らないにせよ、ないと困るだろ?」
「……はい」
「でも、こればかりは俺が行ったところで門前払い食らうからなぁ。君がよければだけど。ま、強制はしないよ」

 縁なりに気遣ってくれてるのだろうか。あの部屋には壱畝がいるにしても、やはり、荷物が心配だった。壱畝のことだから全部捨てて燃やしてる可能性もある。
 あんな別れ方をしたせいで、絶対会いたくないが全く気にならないというのも嘘だ。

「ま、その時は気軽に俺のこと、呼んでくれて構わないから。行きたいところあるなら俺も付き合うし?齋藤君とデート出来て君の用事も済むなんて一石二鳥だろ?」
「……ありがとうございます、縁先輩」
「お礼はここにキスでいいよ」

 そう言って、いたずらっぽく自分の唇を差す縁。
 よくもそんなベラベラと軽薄な言葉が吐けるものだ。相変わらずの縁に感動せざるを得ない。

 home 
bookmark
←back