天国か地獄


 10

 正に至れり尽くせりといったところだろうか。
 食事から睡眠の手配まで縁はやってくれた。芳川会長も俺の面倒を見てくれたが、会長とはまた違う、寧ろ俺の行動を制限しようとはしてこない縁には別の安堵を抱く。

 食事を終え、食器を片付ける縁とテレビを交互に眺めていた。水の音が心地よい。
 満たされたお腹に、今度は眠気がやってくる。呑気に眠る気になれないと思っていたが、縁の手料理を食べて緊張の糸が解けたようだった。
 うとうとしていると、片付けを終えた縁がやってきた。

「齋藤君、眠たいならベッドで寝なよ」
「いえ、あの……大丈夫です」
「そう?遠慮しなくてもいいんだよ?俺のベッド使いにくかったら、空いてるベッドあるからそっち使ってもいいよ」
「……ありがとうございます」

 空いてるベッド、と言われ、部屋の片隅に目を向ける。
 シーツも枕もない、そのベッドは使用されている気配はない。対象的に、丁寧にベッドメイキングされたベッドは縁ので間違いないだろう。眠くはなってきたものの、やはり、縁と二人きりの状態で眠るというのは少し、無防備すぎではないかと思わずにはいられなかった。
 眠い、けど、やっぱり、志摩にいてもらった方が良かったかもしれない。二人きりだと余計、気まずい。

「……ふー」

 不意に、隣のスプリングが軋む。驚いて顔を上げれば、そこには縁がいた。エプロンを脱いで隣に座り寛ぐ縁に、俺はつい隣にずれる。そんな俺の動作にも縁は気にしていない様子だった。

「……疲れただろ、一日。今日だけじゃないけど、色々あったからな。君も、早く休んだ方が良いよ」
「……先輩は、寝ないんですか?」
「寝るよ。そりゃあ、俺も人間だしね、睡眠取らないとやばいよ。本当は齋藤君と一緒に寝たかったんだけどね」

 そう、縁は笑う。いつも飄々としていて、のらりくらりとしてる縁だが、なんだろうか。今日は、その横顔がいつもに比べて疲れているように見えた。
 ……無理もないだろう。阿賀松がいない今、問題を押さえ込むために縁も色々帆走しているのだろう。

「……」
「分かってるよ、別に一人で眠ることに抵抗はないから。それじゃあ、俺は先に眠らせてもらおうかな」

 俺が言葉に迷っていると、沈黙を拒否と受け取った縁は笑いながら立ち上がる。
「あの」と、声を掛けようとして、やめた。
 下手に気を遣わせてもあれだ。俺は、縁の背中に「おやすみなさい」と声を掛ける。
 縁はこっちを振り返り、微笑んだ。

「うん、おやすみ。一応、齋藤君が眠れるようにベッド整えておくよ。……俺の前使ってたシーツと枕でもいい?」
「はい、大丈夫です。……あの、色々ありがとうございました」
「気にしないで、困ったときはお互い様だろ?」

 ……無理矢理ベッドに押し倒されることも考えていたのだけれど、自意識過剰な自分に嫌気が差す。同時に、縁に対して罪悪感が芽生えた。
 せっせとベッドを整えてくれる縁に、俺は、テレビを消した。静かな夜。俺は、縁の好意に甘えて、ベッドに横になる。消灯後の部屋の中、離れた場所から縁の寝息が聞こえてきた。眠るの早いな、と思いつつも、俺も目を閉じた。


 ◆ ◆ ◆


 目を覚ましたのは、遠くから物音が聞こえてきたからだ。
 それからすぐ、ドタドタと煩い足音ともに「齋藤!」という聞き覚えのある声がした。

「齋藤!大丈夫?何もされなかった?!」

 ゆさゆさと身体を乱暴に揺すられ起床する。久し振りにまともに横になっていたお陰でよく眠れていたようだ。未だ重い瞼を持ち上げれば、心配そうな顔をした志摩がこちらを覗き込んでいるではないか。
 その声量に驚きながらも、辛うじて「おはよう」と告げれば「おはようじゃなくて」と志摩は怒ったような顔をする。

「おい亮太、齋藤君寝てんだから起こすなよ」
「方人さん、こいつに変なもの盛ってないでしょうね」
「持ってねーよ、言っとくけど、『おやすみ』って言ってから今まで齋藤君に触ってないから」

「なんなら、神に誓ってもいいけど?」と呆れたように笑う縁。
 確かに、触られたような感触もなかった……。が、俺のことでそこまで心配されると正直複雑ではある。

「あ、あの、志摩、本当なんもなかったから……先輩は色々良くしてくれて……」
「本当?」
「嘘なんかついてどうするんだよ」
「…………」

 じとりとこちらを見ていた志摩はいきなりシーツを捲る。
 急に肌寒くなって、「何」と慌てて起き上がろうとすればスウェットのウエストを引っ張られ、下着を覗かれた。

「……っ、し、志摩……何を……!」
「シャワーのしたあとの下着と一緒だね」

 そこで納得したように頷く志摩。その頭を縁は思いっきり叩き、俺から引き剥がした。

「亮太、お前なにしてんの?つーか、そんなに俺のこと信用できないのかよ」
「方人さんを信用してろくなことになった覚えないんすけど」
「お前な……百歩譲って俺のこと信じれないのはいいけど、なんでお前が齋藤君の下着を把握してんだよ!」

 いいのか、と思いつつ二人の喧嘩に巻き込まれない内にベッドを降りる。
 確かに驚いたが、一応は志摩は落ち着いたからいいが……。

「齋藤君、これからちょっとここ、煩くなるけど大丈夫?あれだったら他の部屋にって思ったんだけど、君は俺の傍にいた方が一番安全だと思ってね」

 不意に、ベッドに腰を降ろした縁はそんなことを口にした。

「煩くなる……誰か来るってことですか?」
「ま、齋藤君も嫌ってほど知ってる奴らだよ」

 安久や仁科の顔が脳裏を過る。仁科はともかく、安久は俺を見ると血相を返るに違いない。何か言われることは見えている。確かに気は進まないが、縁の言葉に頷き返す。
 下手に動いて縁から離れるよりもここにいた方が安全だと思ったからだ。

「……一緒に、いてもいいですか?」
「勿論。亮太、お前も齋藤君と一緒に大人しくしとけよ」
「分かってるよ」
「敬語使えよ」
「分かってます」

 不貞腐れてる志摩だが、縁の言うことは聞くようだ。
 なんだか二人の関係は不思議だ。ただの先輩後輩というわりには全然志摩は慕ってるようにも親しんでるようにも見えない。縁も縁でかわいがってるわけでもないが、二人の間には見えない信頼関係にも似た何かで繋がっている。そんな風に感じた。

「あ、まだ時間は大丈夫だよ。顔、洗ってきなよ。洗面室にあるの適当に使っていいから」
「……ありがとうございます」
「それと、お腹は大丈夫?齋藤君はしっかり朝ごはん食べてたみたいだし、お腹減ってるんじゃない?俺は抜いても平気だけど、なんなら朝ごはん用意するけど」
「い、いえ、俺は……大丈夫です」
「俺も結構です」
「亮太のは聞いてないけど、了解。飲み物だけ用意しておくよ」
「あ……はい、すみません」

 ペコペコと頭を下げ、俺は洗面室へと移動する。
 どうにも縁はこういった、誰かが部屋に泊まりに来ることに慣れているようだ。それとも面倒見のよさのお陰か、あまりにも持て成してくれる縁に少しだけこそばゆい気持ちになった。

 顔を洗い、寝癖を直す。洗面台には、ホテルなどで見る使い捨ての歯ブラシが何本か用意されていて、俺はその内の一本を借りて歯を磨くことにした。
 そこで、なんとなく俺は縁の部屋にきたときから覚えていた違和感の理由に気付いた。
 温もりがないわけはないが、整いすぎている。非の打ち所のなさ、まるで誰かに見られることを前提として片付けられているのだろう。それが、これだろう。

 口をゆすぎ、洗面台横のゴミ箱に歯ブラシを捨てる。
 だからといって縁の人格を疑うわけではないが、なんとなく、不思議だ。だとしたら、阿佐美のあの部屋の散らかり具合は誰も招き入れるつもりがないことからか。
 そんなことを考えて、阿佐美の顔が過ぎった。

「……」

 阿賀松の言うことが本当なら、学園内に阿佐美はいないことになるが……縁は阿佐美のことを知ってるのだろうか。阿佐美も、阿賀松のことを知ってるのだろうか。
 もう関わらないほうがいい。そう分かっていたはずなのに、考えだしたらキリがない。
 他人のふりをするには、片足を突っ込みすぎていた。

 遅い朝食を済ませた頃。タイミングを見計らったかのように訪問者はやってきた。
 扉を開ける縁に招き入れられ、現れたのは安久と仁科、それから八木だ。
 やってきた八木と目があってギクリとしたが、八木は何も見なかったかのように俺から目を逸し、ソファーに腰を下ろす。その代わり。

「……なんで、こいつがここにいるんだよ」

 安久は、俺を見つけるなり恨めしそうにこちらを指差す。この反応は想像ついていたが、やはり、実際になるとなれば別だ。俺よりも先に、隣の志摩が反撃する。

「なに?いちゃ悪いわけ?」
「お前もだよ、志摩亮太!どの面下げて僕の前にその顔を向けてるんだよ!」
「寧ろそれはこっちの台詞なんだけど。お前こそ、どの面下げて俺達の前に顔出してるわけ?」
「僕は好きで来たわけじゃない、そこの変態に呼ばれたから……」
「あっそう、なら帰れば?」
「……おいおい、来て早々喧嘩するなよ。亮太も、大人しくしろって言っただろ」
「突っかかってきたのはそこのピンク野郎だよ」
「……ガキかよ。御手洗、お前もそんなやつの挑発に乗ってんじゃねぇ、こっちは暇じゃねえんだよ」

 そう二人の仲裁に入る縁と八木。ピシャリと突き放すような八木の物言いに、志摩の目が釣り上がる。怒ってる。そんな志摩とは対象的に、安久は怒られた子供のようにしゅんとおとなしくなった。

「方人さん、別にここじゃなくてもいいんじゃないすか。聞かれる心配がない場所なら俺の部屋でもいいですし」

 八木は足を組み、こちらに目を向ける。暗に『俺達が邪魔だ』と言っているのだろう、それが分かったから余計、八木の視線が居心地悪い。

「そんなことはないよ。この部屋には、二人もいるし」

 そんな八木の苦言も物ともせず、縁は笑顔で返す。
 縁は、俺達に話に入らなくてもいい。そう言ったが、その発言からするに俺達がいるからこそここに呼んだとも取れる。何を考えてるんだ、と縁を見やれば、目が合って縁はにこりと笑い掛けてきた。

「取り敢えず、全員座れよ。仁科も、立ってたら足痛いだろ」
「……は、はい……」
「言われなくても最初からそのつもりだし」

 ズカズカと歩いてきて、そのまま八木の隣に座る安久。
 ソファーが満員になり、どこに座ればいいのか迷ってる仁科に縁は一人用のソファーから腰を上げ、「ほら」と仁科を座らせた。そして、机の横、置いてあった椅子に座った縁。全員が着席したのを確認し、縁は「それじゃ」と八木を見た。

「取り敢えず……会議っぽく、現状報告でもしとこうか。八木」
「……いいんですか?」
「問題ない。それに、聞かれたところで手出しできないのは齋藤君も同じだと思うけど」

 俺に隠そうともしない縁に、八木も折れたようだ。渋々と言った様子だが、八木は「では」と口を開いた。

「先日、会議の結果伊織さんの謹慎処分が決定した。期限は二週間。学生寮での謹慎処分で、外出も禁止。当初は自宅謹慎の予定だったが……その、理事長が学生寮でと言い出したんだ。……勘当というわけではなさそうだが、これには事情がありそうだ。……その事情がなんなのか、俺には分からないが」
「っ、……なんだよ、それ……」

 八木の話を聞いていた安久は、恨めしげに歯を食いしばる。
 二週間、長いのか短いのか分からないが、それでも、学園での謹慎処分となるとだ。

「なるほど、じゃあ二週間伊織が生徒会に監禁されていても問題ないってことか」

 俺の思考を読み取ったのか。縁の言葉に、その場にいた全員が反応する。
 八木は、「それは阻止したいんですが」と呻くように口にした。

「……それで、生徒会は何か動きはあったのか?」
「今のところ、目立った動きはないみたいですけど、裏で何か動いてるのは明白です。それと、連日何やら会議を行ってるみたいでした。親衛隊総隊長の連理も生徒会室に足を運んでるみたいですし、恐らく、親衛隊を使って何かしようか企んでるんじゃないっすかね」
「親衛隊使ってくれるんならそっちの方が分かりやすいから楽なんだけどなぁ、多分それ無関係」
「なんだよそれ、なんでお前が言い切るんだよ変態」
「なんでって……俺が会長さんなら無駄に人数使わないよ。あくまで生徒会は表立って伊織を監禁してるなんて言わないはずだよ、口が裂けてもね。醜聞を嫌う会長さんなら、信用できる人間を数人集めて、少数精鋭で固めるね」

「けど、それに連理貴音が絡んでる可能性は大いにあると思うけど」縁の言葉に、八木は息を吐く。仁科は何か言いたげだが、ぐっと口を噤んだまま、何も言わない。
 正直、俺は気が気でなかった。
 芳川会長と仲が良いとも思えない縁だが、会長のことを知っているのは違いないようだ。鋭い指摘に、生徒会の動きを見てきた俺は手に汗が滲むのを感じた。

「面倒だから、先に言っておくけど……伊織がいる場所は大体予想ついてるんだ。生徒会室に伊織はいる。そこ以外、誰にも目につかず、それでいて常に監視できる場所は思い当たらないからね」
「……っ、え……」

 一瞬、本当に自分の頭の中を覗かれたんじゃないかと錯覚してしまった。つい声を漏らす俺に、縁はこちらに目線を移す。

「……どうしたの?齋藤君。随分と君、驚いてるね」
「……いえ、あの……なんでもないです」

 バクバクと早鐘打つ心臓を必死に落ち着かせながら、俺は、座り直す。けれど、正直、地に足がついて気がしない。
 どこまで知ってるのだ、この人は。分からないが、分からない分不安になり、それを堪えるために膝小僧を掴んだ。強く、握りしめる。
 俺は何に対して怯えてるのか。分からない。自分で自分が分からない。

「そう?ならいいけど……」
「方人さん、俺も何度か生徒会室に入ってますけど伊織さんはいませんでしたよ」
「あー、違うんだよ。悪い、言い方悪かった?いるのは生徒会室そのものじゃなくて、そこに繋がる個室だよ」
「……個室?」

 呆けたような安久の声に、どくりと脈打つ。それに縁は「そう」と頷き返した。

「生徒会室の窓と、その隣にある理事長室の窓。実際お隣さんだけど、部屋の広さと窓の位置、どう考えても部屋一つ分の間隔があるんだよ。で、この前ちょーっとお邪魔させてもらったんだけど、生徒会室の奥には別の部屋に繋がる扉がある。それは理事長には繋がっていない、完全に生徒会室からしか入れない部屋だ」

 汗が流れ落ちる。縁が言っているのは仮眠室のことで間違いない。お邪魔というのは、窓をかち割ったあの日のことだろうが、そこまで観察していたのか。
 額の汗を拭おうとしたときだ。

「そうだよね、齋藤君」

 尋ねられる。全員の視線が俺に向けられた。息が、詰まりそうだった。

「っ、それは……」

 言葉がうまく出なくて、目が泳ぐ。答えても、いい。縁たちは阿賀松を助けたい。そして、俺は芳川会長に切り捨てられた。義理立てする必要はない。向こうもそれを望んでるのかも不明な今、迷う理由なんかない。はずなのに。

「……はい」

 答える声は、裏返ってしまう。俺の返答に、立ち上がった縁は満足そうに俺のところまでやってきて、そして、抱き締められた。

「教えてくれてありがとう。……よく頑張ったね」

 緊張で硬直した体が、いきなりのスキンシップに余計凍り付く。けれど、頭を優しく撫でられ、芳川会長と重なった。

「ちょっと、何してるんですか!」
「お前らの顔が怖いから、齋藤君が恐がってたのを慰めてやったんだよ」
「嘘付け、ただのやりたかっただけだろうが変態!」

 それもつかの間、志摩と安久により無理矢理引き剥がされる縁。取り敢えずは安堵したが、一度口にした言葉は引っ込めることもできない。言葉自体を塗り替えることはできても、口にした事実は変えられない。計り知れない言葉の重さに、ただ押し潰されそうになった。

「生徒会室にあるんなら、俺が調べますよ」

 八木の言葉に、つい、俺は「あの」と声を掛ける。

「あの部屋なら、多分、鍵がないと……入れないと思います」

 仮眠室のことを認めてしまった今、隠す必要もないと思ったからだ。自分でも、どちらの味方をしてるのか分からない。けれど、もし、万が一八木になにかあったらと思うと、声を掛けずにはいられなかった。

「鍵?それはカードキーとかじゃなくて?」
「普通の、鍵……だったと思います」
「なるほど……それは芳川が管理してるの?」
「……この前は、会長が持ってましたけど……俺も、普段どういう風に管理してるかまでは……」

 栫井がよく利用しているという話も聞いていたが、もし阿賀松を本当にあの部屋に閉じ込めてるとすれば、会長が持っているに違いない。それか、灘か。
 下手な発言は出来ない。「すみません、分かりません」と答えれば、縁は「充分だよ」と笑った。

「けれど、会長さんが直接持ち歩いてるとなると厄介だな……八木、そういうのって調べれる?」
「鍵、ですか……。分かりました。調べてみます」
「ああ、それと暫く生徒会室を出入りする人間見張っていて。阿賀松がそこにいるとなると、殺しまではしないだろうから食事を準備してるかもしれない。その頃合いを見計らって内部の様子を探ってくれ」

「うす」と、八木は短く答えた。

「ってことで、取り敢えずは様子見だな。それまで、余計なことするなよ、安久」
「……別に、お前に言われるまでもないけど」
「そう?珍しく大人しく話し聞いてるから何か企んでんのかと思った」

「ならいいけど」と笑う縁に、安久はキッと目を吊り上げる。
 けれど、安久は何も言わない。縁に従うのは癪だが、下手に動ける状況ではない。安久もそれは理解してるのだろう。ふん、と鼻を鳴らし、足を組み替える安久に、縁はやれやれと肩を竦める。

「それじゃあ、他に何か言いたいことないんなら解散するぞ。安久、奎吾、他の奴らが勝手な真似しないよう見張っとけよ」
「アンタに命令される筋合いないよ。最初からそのつもりだし」
「……分かりました。方人さんも、あまり無理はしないでくださいね」

「分かってるよ」という縁の返事を合図に、話し合いは終わった。無駄話もなければ世間話もない。
 確かに全員バラバラのタイプだ、それでも、阿賀松を慕ってるという共通点を除いて。
 縁が阿賀松のことを素直に心配してるのは意外だが、それ以上に、全員が縁に従ってるのも意外だ。
 特に安久。縁の言う事なら死んでも聞かないと駄々こねると思っていただけに、すんなり受け入れる安久にはなんとなく違和感を覚えた。一目を置いてる……ということなのだろうか。

 八木、安久、仁科がそれぞれ部屋を後にした。
 残されたのは俺、縁、志摩だけになる。なんとなく、居心地の悪さだけがそこに残っていた。
 何か喋った方がいいのだろうか、と迷っていると、俺の隣、始終黙って聞いていた志摩が「方人さん」と口を開けた。

「本気で阿賀松伊織のことを助けようと思ってるんですか?」

 その言葉に、俺は、思わず志摩を見た。なぜ、そんなことを聞くのか。志摩の意図が分からず呆けていると、ソファーに座り直した縁は喉を鳴らして笑う。

「助ける……ねえ。中々、気持ち悪い響きだな」
「茶化さなくていいんで」
「亮太はどうだと思う?俺が伊織を本気で助けようとすると思うわけ?」
「思わないから聞いてるんですよ。お山の猿の大将ごっこはあんたの柄じゃないでしょ」
「助けるつもりはないよ。俺は鍵を開けておくだけだ。あくまで、それを決めるのは伊織だからな」

 それを助けると言わないのだろうか。のらりくらりと躱し、真意を答えようとしない縁に志摩は不満げだった。無理もない。
 俺は、敢えて何も聞いてないフリをした。
 鍵を開けておくだけ。簡単に言ってみせる。獰猛な獣を閉じ込めたその檻を開けて、「俺は鍵を開けたただけだ」とよくも言えるものだ。
 俺ならば、死んでも言えない。思いながら、二人の会話を聞き流していた。



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