天国か地獄


 21※

 会長に連れられるがままやってきた生徒会室。
 そこに人の姿はなかった。そりゃあそうだ。生徒会役員達が集まり始めるのは基本、放課後からだ。

「座れ」
「は……はい」

 促されるがまま、俺は生徒会室内へと足を踏み入れた。
 閉められる扉。会長と生徒会室で二人きりになることなんて少なくないはずなのに、縁から聞いた話が頭に蘇っては、酷く、居た堪れなくなる。
 ソファーに腰を下ろせば、その隣に、会長が座ってきた。何でもないフリをしようとすればするほど、いつも通りがわからなくなるのだ。緊張する俺に、会長は静かに口を開く。

「しかし、授業復帰したその日の一限目からサボリとは関心ないな」
「……すみませんでした」
「俺に謝っても仕方ないことだろう。俺の成績が悪くなるわけではないのだから」

 それは、突き放すような言葉だった。怒られるわけでもない、静かなその言葉は耳が痛い。押し黙る俺に、会長は「それよりもだ」と呟いた。そして、ソファーの背もたれを掴んだ会長はそのまま距離を詰めてきた。

「縁方人と会っていたみたいだな」

「あいつらに何を吹き込まれた?」いつもの冷めた目とはまた違う、睨むようなその視線に、息が止まりそうになる。
 やっぱり、バレていたのか。あのタイミングで会長が出てきたときのことといい、もしかしたらと思ったが縁と一緒のところを見られていたのは痛い。

「っ、何も……吹き込まれてなんて……」
「ならば何故目を合わせない」

 ソファーの上、乗り上げてくる会長に肩を抑えつけられる。会長の目を見れない、その理由は明らかだ。
 会長に対する後ろめたさに、俺はその真っ直ぐな目を見ることが出来なくて。
 それでも、これ以上下手に逆鱗に触れるような真似はしたくない。ゆっくりと会長の目を見上げれば、感情の感じられないその目に、心臓が破裂しそうになった。

「……っ、会長……」

 逸らしたいのに、逸らせない。全てを見透かしたようなその目に見据えられただけで、腹の奥まで覗き込まれたような錯覚を覚えた。

「……ごめんなさい……」
「君は、謝らなければならないようなやましいことが俺にあるのか?」
「っ、……」

 俺は、何を応えることもできなかった。ばつが悪くなり、俯く俺に会長は静かに息を吐いた。

「……やっぱり、君を部屋から出すんじゃなかった」

 その時だった。掴まれた頬。強引に上を向かされた矢先、視界に陰が差した。

「っ、かいちょ……」

 瞬間、噛み付くように唇を重ねられる。キスをされたことは勿論だが、それ以上に、手荒な動作に堪えられず、俺は思わず会長の唇に歯を立てていた。嫌な感触とともに、鉄の味が広がる。
 昨日は、恐怖なんて感じなかったのに。なのに、今は、目の前の会長が怖くて仕方なかった。
 それが縁から聞いた話のせいか、それとも別の要因か。俺には分からなかった。

「……」

 俺から顔を引き離した会長は、静かに自分の唇に触れた。赤くなったその唇に、俺は、全身の血の気が引くのを感じた。咄嗟とはいえ、俺は自分の行動を後悔した。
 確かに驚いたが、だからとはいえ怪我をさせてしまうなんて。

「っ会長、ごめんなさい……ッ!」
「……俺に、嫌気が差したか」

 違います。そう言いたかったのに、肩に食い込む指に、痛みのあまり言葉が出なかった。

「言え、あいつらに何を吹き込まれた」
「っ、……ッ」
「……黙秘するつもりか……俺相手に」

 言えるわけがない。会長に、前歴持ちなんですか?なんて。
 縁が言うことが嘘か本当かはともかく、会長相手にそんなことを言えるわけがなかった。
 自分のことを探られることを嫌がる会長だからこそ、余計。

「っ、離して……下さい……っ」
「ならば吐け。何を話していた、あの男と」

 縁方人。やはり、昨日の今日で縁と接触したのが悪かったのかもしれない。
 確かに、会長は俺がまだ阿賀松と繋がっているのではないかと気にしていた。解放されたかと思い、軽率に行動したのが悪かったのだろう。

「……ッ俺は、何も、話してなんか……」
「嘘を吐くな。君が話していたのは知っている。君が話さないというのなら、あいつらから直接吐かせるだけだ」

 志摩の顔が過る。確かに志摩の提案ではあったが、もしも志摩が栫井のような目に遭うと思うと胸が苦しくなった。

「ど、して……ッ」
「……何故、そこまでして庇い立てる。理解できんな」

「……ッ、気に食わない……」そう、低く吐き捨てる会長の顔に初めて、怒りの色が浮かんだ。
 今まで、なんだかんだ優しくしてくれていた会長に甘えてきたせいだろうか。
 会長の目に、言葉に、酷く動揺している自分がいた。
 詳しくは言えないけれど、それでも会長を裏切るような真似をしていないのは本当だ。
 そう言えば、何か変わるのかもしれない。けれど、会長の全身から滲む拒絶感に俺はとうとう何も言えなくなる。
 髪を掴まれ、痛みが走る。力づくで顔を上げさせられ、殴られる。と、目を瞑ったときだった。

「っ、ごめんなさ……」

 濃厚な薫りにその言葉は途切れた。二度目のキスはやっぱり乱暴で、それでも、今度はその唇に歯を立てることが出来なかった。
 俺以上に苦しそうな会長に、俺は、握り締めていた拳を開いてソファーの腕置きを掴んだ。

「っ、ん、ぅ……ッぅ……ッ!」

 会長とキスをしてる。
 昨日は少なからず嬉しかったのに、今はどうだろうか。
 有無を言わせないその口付けはキスというよりも、もっと独善的で、そこに何も感じなかった。あるのはただ、息苦しさと血の味だけだ。

「は、ッ……ぁ……」

 唇が離れ、肩口に顔を埋めた会長に首筋を噛まれる。食い込む犬歯に、鋭い痛みが脳天を突き抜けた。

「痛……ぅ……ッ」

 仰け反る俺の身体を捕まえ、歯型がついたであろうそこを舐めた会長はそのままゆっくりと俺の腰に手を伸ばした。そのままベルトを掴まれ、ぎょっとする。

「齋藤君、俺はなるべくなら君に手荒な真似をしたくない。……が、状況が状況だ。話さないつもりなら、それなりの対処をさせてもらう」
「っ、待って、下さ……ッ!」
「なんだ」

 言いながらも、慣れた手付きで俺のスラックスからベルトを引き抜いた会長は答える。
 対処という単語に嫌なものを感じずにはいられなかった俺は、堪らず会長の腕を掴み、止めようとする。

「本当に、俺、会長を裏切るようなことは……ッ」
「ならば何故縁方人と会っていた」
「それは……っ」

 やっぱり、阿賀松とのことを疑われているのだろう。迂闊だった、と今更後悔したところで遅い。本当のことを話したところで、余計会長の疑念は深まるばかりだろう。結局、今の俺に会長を満足させることができる言葉は持ち合わせていないのだ。

「……言えないようだな」

 沈黙を肯定と受け取ったようだ。同時に、会長に思いっきり腕を掴み上げられる。

「ッ、離し……」

 慌てて振り払おうとするが、関節を無視して強引に捻り上げられれば抵抗出来なくなる。
 痛みで怯む俺を一瞥し、会長は両手首をベルトでキツく縛り上げた。慌てて腕を動かすが、皮膚に革が食い込むばかりでビクともしない。
 青褪める俺を無視し、無防備になった俺の胴体に触れた会長はそのまま下半身に手を伸ばした。

「っ、なに、を……」
「……」
「っ、会長……ッ!」

 無理矢理足を開かされ、スラックスを膝上まで脱がした会長はそのまま躊躇いもなくその最奥、下着の裾を捲り、露出させられる肛門に触れる。
 性的なものを感じさせない、どこか義務的なその動作に俺は会長に見られているという恥ずかしさよりも心臓を握り込まれるような緊張感に全身を支配された。
 そして、もう片方の手で制服の内ポケットから数本のペンを取り出した会長はそれをバラバラと俺の腹の上に落とす。
 万年筆からオーソドックスなシャーペン、太めの三色ボールペンにマーカーペン。その他にもたくさん。このタイミングで取り出されたそれらに、背筋に冷や汗が滲み、流れた。

「……無機物とは言え侮れないぞ。たかだか一本は細くても、何十本も挿入すれば人体を破壊することだって可能だ」

 ボールペンを手にした会長はその先端に舌を這わせる。唾液で濡れたその尖った先端部を下腹部に近付けられ、血の気が引いた。

「や……めて……下さい……ッ」

 会長の言うとおり一本の太さはないとしても、それでも、会長が何を考えているのかわかってしまった今、その一本目がただ恐ろしくて。
 震える下腹部。身を捩り、逃げようとすれば強い力で腿を押し広げられ、次の瞬間、冷たい感触が下腹部を貫いた。

「っ、ぃ、ひ……ッ!」
「痛くはないだろう。……阿賀松のものを咥えてきたのなら……たかだか一本、君にとっては造作もないことだ」

 唾液のお陰ですんなりと奥へ入ったものの、堅いプラスチックの感触はただ不気味で。
 その感触に震える暇もなく、会長は二本目のペンを手にとった。

「話す気になったか?」
「っ、抜いッ、……」
「……違う。そうじゃないだろう」

 溜息とともに、既に一本の無機物を飲み込んだそこにボールペンを挿入された。
 閉じようと力んだそこを無理矢理押し広げるように侵入してきたそれは俺の意志を無視して奥深くまでねじ込まれる。
 下手に動けば腹の中を裂かれるような、そんな緊張感に息が詰まりそうだった。
 唾液の助けがなかった分、小さく鋭い痛みを感じたがそれより束の間。

「ッぁ、や、め……ッ!」

 三本目、太いマーカーペンのキャップがぎちぎちと入り口を押し広げる。
 それだけでも耐えられない程痛んだが、身体を強張らせ、のんとか挿入されないようにと堪えるが余計会長の癪に触ったようだ。
 力任せにペンの尻を押されれば、一瞬、頭の中が真っ白になる。内壁を無理に押し広げるその異物感に、呼吸が浅くなった。動かないだけましだと思ったが、全然だ。寧ろ、固まっている分余計無機物特有の硬さに身体が思うように動かなくて、それ以上に、遠慮ない圧迫感に脂汗がどっと溢れた。

「ッ、ひ……ぐぅ……ッ」
「君も強情だな。……まあいい」

 俺の腹の上、次に会長が手に取ったのは細身のシャーペンだった。
 膨らみ始めた下着の中から性器を取り出した会長は、その尿道口にシャーペンの先端を突き付けた。

「……次は、ここだ。一生尿道開きっぱなしのおむつ生活を送りたくなければ言葉に気をつけろよ」

 俺は、耳を、目を疑った。ここまでされてもまだ、俺は信じていたのかもしれない。会長なら、信じてくれると。「やり過ぎたな、すまなかった」と優しく抱き締めてくれると。
 けれど、無表情のまま芯の出た尖った先端部を突き付けられ、俺は、今度こそ何も考えられなくなる。

「これで最後だ。……縁方人と何を話していた」

 本気だ、この人。

「応えろ、齋藤君」

 金属製の先端が、近付く。もしかしたらもう既にそこに当たっているのかもしれないが、少しでも動かせば鋭く尖った先端部が薄い粘膜を傷付くだろう。
 目が逸らせなかった。少しでも瞬きをされば次の瞬間会長に刺されるのではないかと思ったら耐えられなくて、俺は、動くことも出来なかった。

「……っ縁先輩と話していたのは、会長のことです……」

 折れたのは俺だった。震える声を必死に抑え、俺は喉の奥から声を絞り出す。
 会長に誤魔化しも嘘も通用しないだろう。自分の身を守るには本当のことを話すしかなかった。

「会長のことが知りたいって志摩に言ったら、その、縁先輩に聞けばいいんじゃないかって言われて……それで、会わせてもらったんです……っ」
「……」
「本当に、それだけで……ッ」

 会長が疑うようなことなどない。そう言いたいのに、会長の視線はまだどこか冷たいままで。
 ペン先は相変わらず尿道口に押し当てられたままで、固く冷たいその感触に動悸が止まらなかった。顔を逸らす俺に、会長は僅かに目を細める。

「……俺のことを探っていたのか」
「違……っ俺は、ただ、その、知りたくて……会長のことが……っ」
「何故だ」

 静かに問い掛けられ、俺は口籠った。何故と聞かれれば、会長のことが知りたいからとしか答えられない。ならば何故俺は会長のことが知りたいのだろうか。
 安心するため、信じるため。それらしい単語は浮かぶが、どれも、自分の中に当て嵌まるようなしっくりとした言葉が見当たらなかった。

「……答えられないようだな。ならば俺が当ててやろうか。君は、阿賀松に命じられていたのではないか?俺の素性を調べろと」
「ッ、違います……!」
「ならば、何故俺の事を調べる必要がある。それも、志摩亮太や縁方人にだ」
「……っ」

 会長の言葉ももっともだと思う。
 けれど、信じてもらえないということが何よりも悲しくて、俺は、口籠った。
 恐らく、会長も同じ気持ちなのかもしれない。何故自分にではなくあいつらに頼ったのかと、そう言いたいのがひしひしと伝わってくるのだ。

「……っ、わかりました……」

 今の俺には、会長を信じてもらえるほどの話術もなければ信用もない。
 元より、疑われるような行動をした俺が原因だ。

「……俺の軽はずみな行動で心配掛けてしまいすみませんでした。……全て、俺の責任です」

 喉が、身体が緊張で震える。けれど、逃げることすら出来ない今受け入れることしか出来ない。
 会長を真っ直ぐに見上げたとき、微かに、その眉間にその瞼がぴくりと反応した。……ような気がした。

「弁明を止めるということは、認めるということか。あいつらと繋がっていたということを」
「……嘘は吐いていません。……けど、会長が俺を疑うのも当たり前だと……思います」

「だとしたら会長を不安にさせた俺に原因があります」だから、と口を開きかけたときだった。
 ペン先が離れる。驚いて、顔を上げればこちらを見下ろしていた会長と視線がぶつかった。

「……君は自分が潔白だと言っている。それなのに、他人に黒だと言われてもそれでも仕方ないと言い切れるのか?」

 それは、先ほどとは違う、それでも感情の読めない平坦とした問いかけに、俺は「はい」と応えた。

「……それに、俺は、潔白ではありません。……会長本人ではなく、第三者に会長のことを聞いたのも事実です」
「あいつらに何を聞いた」
「会長の、昔のことを聞きました。会長になる前、生徒会長補佐をやっていたときのことを……縁先輩に……」
「……本当に、それだけか」

 二つの真っ暗な瞳が、こちらを捉える。
 ここが正念場だろう。これからの俺の道を決めるのではないかと、不思議と冷静に考えることが出来た。だから、俺は。

「……それだけです」

 会長に、嘘を吐いた。
 痛いほどの沈黙に、向けられた冷めた目に、心音がやけに煩く響いた。
 喉がヒリつく。痛みよりも息苦しさが勝り、俺は気がつけば呼吸を忘れて会長と見つめ合っていた。

「嘘を吐けば君であろうと許さない。それでも、そう言い切るのか」
「……はい」
「……」

 何かを考える素振りを見せる芳川会長。
 俺の言葉を信じてくれたかどうかは分からない。けれど、会長は持っていたシャーペンをテーブルの上に置いた。

「君は、まだ一つ俺の問に答えていない。……何故俺の事を縁方人や志摩亮太に聞いた」

 再び、問い掛けられる。突き付けられるものがないだけ状況はましだが、向けられた鋭い視線は相変わらずのままだ。けれど、俺にとっては難しい問だった。

「っ、それは……」
「……」
「その、会長のことが……知りたくて……」

 知りたくて、なんだ。知りたいのなら、生徒会役員に聞けばいい。
 それなのに、よりによってあの二人に尋ねたその理由は、恐らく。

「……どうして会長のことを嫌う人がいるのか、知りたかったんです」
「だから、俺の事を実際嫌っている人間に話に言ったというのか。……俺には理解出来ない。そもそも何故君がそんなことを気にする」
「……っそれは……」

「君には関係ないことだろう」と言われれば、確かにそうかもしれない。
 実際、阿賀松が会長に突っかかるからそのとばっちりを受けている感もある。
 けれど、会長に守られている今それは気にするべきことではないか。

「……俺の知ってる会長は、少なくとも俺のために尽くしてくれる人でした。……そんな人が、ここまで誰かに嫌われることが信じられなくて……それで……俺……」

 言葉を探り、選ぶ。けれど、どうもしっくりこない。たどたどしい俺の言葉を静かに聞いていた会長が、急に、そっぽを向いた。

「……会長……?」

 どうしたのだろうか。急に、顔を手で覆う会長を疑問に思い、恐る恐る見上げたときだった。

「……君は……馬鹿じゃないか?」

 吐き捨てるような言葉。確かに、自分が賢い人間だとは思っていない。
 返す言葉がなく、「ごめんなさい」と口にしたとき、会長の耳が赤くなっていることに気付いた。

「……なんだ、それは……。俺には理解できない。……たかだかそれだけのためにあいつらに会って……それで、君は俺にこんな仕打ちをされて馬鹿馬鹿しいと思わないのか」

 掌の下、会長がどんな顔をしているのか分からない。
 けれど、絞り出すようなその声は微かに震えているのが分かった。

「……思いません」

 自分の行動が裏目に出た。
 それだけのことだ。会長に後ろめたさを感じているのも事実だし、やましいこともある。
 つまり自業自得なのだ。会長に誤解されても仕方ない。
 会長が裏切られることや詮索されることを嫌っているのは最初から分かっていたのだから。

「……そうか」

 静かに会長が口にした。それは、諦めにも似たトーンだった。

「……会長……っ」

 俺から手を離した会長はそのままソファーから立ち上がる。そして、どこかへと電話を掛け始めた。

「……もしもし、今すぐ生徒会室へ来れるか。……ああ、あと、軟膏も頼む」

 どこへ電話掛けたのだろうか。
 というか、今すぐって……。
 自分の格好を思い出し、青ざめるのも束の間、電話を切ってから数分もしない内に生徒会室の扉が二回ノックされる。まさかもう来たのかと凍り付いた時、会長は「入れ」と口にした。冗談だろう。
 慌てて身を攀じるものの、ろくに動くことも出来ずにソファーの上に横たわることしか出来ないでいると、俺の抵抗は虚しく扉が開き、灘が入ってきた。

「頼まれたもの、持ってきました」
「……随分と早かったな」
「丁度、手持ちに入っていましたので」

 生徒会室に入ってきた灘は俺の格好を一瞥し、動じるわけでもなく「彼に使うんですか」と静かに芳川会長を振り向いた。

「ああ。……手当をしてやってくれ。……俺はそういう器用な真似は出来ない」
「分かりました」

 分かりましたってなんだ。何が分かったんだ。恥ずかしさと居た堪れなさで血の気が引いていく。
 驚くこともなく嫌がることもなく相変わらず顔色一つ変えずに近付いてくる灘に驚き、「待って」と声を掛けるが灘はそれを無視して俺の膝裏を掴み、大きく脚を開かされた。
 まるで実験体のモルモットか何かでも見るかのような感情の籠っていない視線に余計居た堪れなくなる。

「な、だ……君……っ」
「動かないで下さい。下手に動いて、痛い思いをするのは貴方ですよ」

 気を遣ってくれているのだろうが、躊躇いもなく下腹部に突き刺さったペンに触れる灘に身体が強張る。腹の中、擦れるペン先の感触に尖った痛みが走った。

「……っ、み、見ないで……」
「無理です」
「っ、ぅ、んん……ッ!」

 一本、細いペンが引き抜かれる。中で異物同士が擦れ合い、妙な感覚に腰が揺れた。先ほどまで全身を押しつぶすような圧迫感は薄れたが、それでも、自分の中に入っていたペンを俺の腹の上、並べていく灘になんだかもう俺は死にたくなる。

 そして二本目、一本がなくなり、僅かながらも開いたそこから今度は太めのマーカーペンを引き摺り出す。内壁が擦れる度、焼けるような痛みを覚えたがそれも我慢できないほどではない。
 淡々と、まるで作業か何かのようにこなしていく灘の手先を俺は眺めていた。
 灘は、気付いているのだろう。これをしたのが会長だと。それでも何も聞いてこようとしない灘は有り難い反面、何を考えているのか分からなくて、ひどく不安になる。
 そんな俺達の様子を眺めていた芳川会長は、やがて、生徒会室の扉の方へと歩いていく。

「風紀室に行ってくる。……後は頼んだぞ、灘」
「分かりました」

 そう言って、最後の一本を引き抜いた灘は拡張された肛門に触れる。

「……出血を起こしているようですね。少し染みるかもしれませんが、我慢してください」

 言うなり、制服の内ポケットから何やらチューブを取り出した灘はそんなことを口にした。それよりも先に縛られた腕を外して貰いたかったが、そんな俺の思いは灘に届かなかった。
 俺を無視して、チューブの口を開いた灘は軟膏を自分の指の先、第一関節部分に乗せた。

「っ、待って、灘君……ッ」
「天井のシミでも数えていて下さい」

 そう言うなり、ソファーの上に乗り上げた灘はそのまま開いた肛門の中に人差し指を挿入する。
 異物の挿入により括約筋が伸びた今、灘の指一本は簡単に身体の奥へと埋まっていくわけで。

「ッ、ひ、ぅ……ッ!」

 痛い、痛い上に染みて、傷口に塩を塗られるような痛みに堪らず身を攀じる。
 けれど、拘束され続けている今どうすることも出来ず、灘もどうすることもせず、薬を塗り込んでいく。

「っ、な、だ君……っ」
「……舌、噛みますよ」

 遠回しに喋るなと言っているのだろう。内側を指の腹でなぞられ、ゾクゾクと背筋が震えた。痛みと、あくまで『触れる』だけのもどかしさに喉の奥がきゅっと締り、息を飲む。

「っ、ぅ……く、んんぅ……ッ!」
「……」

 嫌に冷静になってきた頭だからこそ余計、居た堪れなかった。拘束された腕を動かし、身じろげば灘に腰を掴まれる。同時に、ぐっと奥まで挿入される指に堪らず声を漏らしてしまう。

「っ、ん……んんぁ……ッ!」

 丁寧に、労るような手付きで内壁を撫でくり回されれば馬鹿みたいに頭と顔に血液が集まっていくのが分かって、目の周りが熱い。
 先ほどまで痛みしか感じなかったそこは傷付き、腫れ始めていたのだろう。指先が軟膏を塗り込む度に灘の触れた箇所が熱くなり、ズキズキと痛みを伴って疼き始める。

 下手に意識するとやばい、わかっていても、わかってるからこそ余計意識してしまって、制服のシャツの下。萎えていたそこが熱を持ち始めていることに気付いてしまえば恥ずかしさと情けなさでとても、死にたくなる。

「……」

 下腹部を一瞥した灘は特に動じるわけでもなく、相変わらずの無表情のまま俺から指を引き抜いた。拍子に、第二関節、第一関節が掠め、飛び上がる。

「っ、ぁ……ッ」

 指を抜いてもらえたというのに、異物感のなくなった体内は酷く物足りなくて、そんなことを一瞬とは言えど考えてしまった自分に血の気が引く。

「暫くは安静にしておいた方がいいでしょう」

 そう言って、俺の上から退いた灘はそのまま俺の腕の拘束を解いた。
 血が止まり、痺れていた腕に感覚が戻るのは少し時間を要いたが、それでも俺はなんとか下着を上げ、下腹部を隠す。

 灘も、勃起には気付いていただろう。
 それで、いやだからか、あんなことを口にした灘に余計居た堪れなくなって、俺は灘から目を話すことで精一杯だった。
 そっぽ向いたまま押し黙る俺に、灘は何も言わずにそのまま仮眠室に入る。
 俺を一人にしてもいいのだろうかと気になったが、すぐに微かに開いた扉の奥から水の音が聞こえてきた。
 手を、洗ってるのだろう。
 ……俺も、手を洗いたいな。いや、風呂に……けど、安静にしろと言われたし……。
 そんなことを考えてる内に、灘は持ってくる。
 その手に、白いタオルを持って。

「齋藤君」

 名前を呼ばられる。
 どうしたのだろうかと思えば、「腕を出して下さい」と灘は相変わらずの調子で続けた。
 どうして、と答えるよりも先に、自分の腕に目を向けた俺はぎょっとする。さっきは服を着ることでいっぱいいっぱいになってて気が付かなかったが、縛られていたそこは青黒く鬱血していた。

「そのまま放っておくと痕になります。来てください」

 ……どうやら、断ることはできなさそうだ。
 何してたのだろうかと思いきや、わざわざタオルを濡らしてきた灘に、俺は余計自分が惨めな生き物のように思えてしまうのだ。
 掴まれた腕に押し当てられるタオルのひんやりとした冷たさに震えるのもつかの間、あっという間に熱を吸収したタオルがぬるくなっていくのを俺はただ感じていた。


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