天国か地獄


 19

 正直食事どころではなかった。
 十勝や灘は相変わらずだったが、五味、連理、芳川会長もそれぞれ何かを考えているようだった。
 ……居心地が悪い。
 唯一、気にせず話しかけてくれる十勝の存在がありがたかったが、十勝との会話は頭に入ってこなかった。

 食事を済ませ、食堂をあとにした俺達は校舎へと向かう。
 親衛隊室に寄るという連理、五味たちも生徒会室の様子を見てくるという。

「齋藤君、教室まで送る」

 一人残された俺に気付いた会長は、俺の元へやってきた。
 気を遣ってくれたのだろう。ありがたかったが、教室までそんなに距離はない。それに、今は他の役員たちもいる。

「……俺のことなら、大丈夫です。それに、会長忙しいんじゃ……」 
「こっちのことなら気にすんなよ。……それに、お前を一人にした方が危なそうだからな。こういうときは素直に会長に甘えとけよ」

 そうぶっきらぼうに応えたのは五味だった。その後ろで十勝が「そーそー!」と雑に相槌を打つ。
 もしかしたら咎められるのではと思っていたが、五味たちの態度は寛容だった。……申し訳ない反面、素直に有り難かった。

「ありがとうございます。……あの、それじゃあ……お願いしてもいいですか?」
「ああ。元より、君が嫌がってもそのつもりだったしな。……行こうか」

 自然に手を取られ、驚いて慌てて他の役員たちに目を向ければ気を遣ったのか五味と十勝はさっさと歩き出していた。ただ一人、暫く残っていた灘の視線が気になったがそれも束の間。

「ちゃんと前を見て歩かなければ転ぶぞ」
「あ、は、はい!」

 会長に促され、慌てて前を向く。灘が気になってこっそり振り返れば、もうそこに灘の姿はなかった。


 他の生徒が手を繋いで歩く俺達を見て何かを囁き合っているのが目に入り、顔が熱くなった。
 ……まともに、顔も見れないな。
 元々会長とは付き合っているということになっているのだが周りからしてみれば『本物』のように見えるかもしれないが、俺にとっては違う。今までのフリでも恥ずかしかったのも確かだが、昨日、芳川会長にキスをされた時のことを思い出すと、会長に触れられた箇所が酷く熱くなって、疼き始めるのだ。

「……齋藤君?」
「は、はい……!」
「はい、というか……着いたぞ」

 会長の言葉にハッとし、顔を上げれば目の前には見慣れた教室がそこにあった。
 考え事をしている内に既に着いてしまったようで、慌てて俺は会長から手を離す。

「あ、あの……ありがとうございました……っ!その、わざわざ送っていただき……」
「俺は当たり前のことをしただけだ。……昼休み、また迎えに来る。一緒に昼食を取ろう」
「は、はい……」
「何かあればすぐに連絡しろよ」

 そう、小さく耳打ちをした会長はそう口にし、そっと俺の手に触れる。
 すぐに会長の指は離れたが、名残惜しそうにその場を離れる会長に、まるで本当に付き合っているようなそんな錯覚を陥り、俺は暫く呆けた顔をして自分の手を見詰めていた。
 それと同時に、ずっと隣にいてくれた会長がいなくなってしまったことを理解し、急激に心細くなる。

 ……取り敢えず、席につこう。
 変に浮いてしまっているし、前みたいに絡まれるのも面倒だ。周りの視線から逃げるように、俺は教室の扉を開いた。瞬間、既に席に付いていたクラスメートたちの視線が向けられる。

「……っお、おは……よう……ございます……」

 静まり返った教室に、自分の声だけが響く。無言で入るのが居た堪れなくてつい挨拶なんてしてしまったが、敬語になってしまうし、誰も応えてくれないし、余計悲しくなる。
 別に、返事を期待していたわけではないが、これなら余計なことをするのではなかったと後悔しながらも自分の席に座る。
 隣の志摩の席は空いていた。壱畝もまだ、来ていないようだ。安心する。それもすぐに終わるのだろうが。
 思いながら、机の中を確認した。教科書やノートは入れたままにしていたのだが、どうやらそのままになっているようだ。壱畝が何かしたんじゃないのかと念のためノートやページにゴミや虫が挟まっていないか確認するが、無事だ。
 なんだか、拍子抜けだったが安心する。勝手に休んでた上に教科書もノートも開かずに呆ける、なんてことにならずに済んだのだから。

 そんな中、教室の扉がガラリと開いた。そこに現れた人影を見て、俺は目を丸くした。

「………………」

 教室の入口、潜るように入ってきた猫背気味な長身。
 表情が見えない、真っ黒で長い前髪は寝癖がついたままになっている。
 阿佐美だ。阿佐美が、いる。
 咄嗟に時計に目を向ければ、まだホームルームが始まるよりも早い時間だ。つまり、遅刻していない。
 どうして、俺と約束したわけではないのに。鼓動が加速する。もしかして、阿賀松に何か言われてきたのだろうか。のそのそと歩き、自分の席へとゆっくりと足を進めていた阿佐美は、後方、俺の姿を確かに捉えたのだろう。
 何か言ってくるかと思ったが、阿佐美は何もなかったかのように俺から視線を離し、そのまま自分の席にどかりと腰を下ろした。

「……ッ……」

 色めく教室内。ただでさえ俺も浮いているというのに、不登校気味の阿佐美が登校してるということによって余計そのざわつきが耳についた。
 お陰で、皆の意識が阿佐美に向いてくれるのは嬉しいが……阿佐美は、俺のことをどう聞いているのだろうか。阿賀松は、俺をどう考えているのだろうか。
 縁は俺が無理矢理連れて行かれたと言っていたが、阿賀松までもがそう思っているかは分からない。
 阿佐美が同じ空間にいるということだけで、どこかで阿賀松が見ているような気がして胸が痛い。まるで阿賀松に心臓を掴まれているような、そんな気分だった。

 落ち着かない気分のまま、取り敢えず予習をしておこうと必死に教科書を読むフリをしていたときだ。

「おはよう、壱畝」
「おはよう」
「今日遅かったな」
「ちょっと寝坊しちゃってさー」

 廊下の方から聞こえてきた聞き覚えのある声に、今度こそ、心臓が破裂そうになる。
 嫌な汗が溢れ、滲む。
 とにかく無心に、何もなかったかのように、振る舞おう。そう、教科書に目を向けるが内容が全く頭に入ってこない。扉が開く。つい、脊髄反射だった。無視するつもりだったのに、俺はつい扉に目を向けてしまった。
 すぐに、壱畝と目があった。やつも俺にすぐに気付いたようで、一瞬、目を見開く。

「おはよう、壱畝」
「……ああ、おはよ」

 それも一瞬、壱畝はあっという間に皆に囲まれる。
 どうかこのまま俺のことを見なかったフリして気にせず他の友達と過ごしてくれ、と思うのに、近付いてくる足音に、次第に教科書を持つ指先に力が篭もる。
 そして。

「おはよう、ゆう君」

 ポン、と肩を掴まれ、背筋が凍り付く。すぐ背後、俺の肩を掴むその指先が皮膚に食い込んだ。けれど、痛みよりもすぐ傍に壱畝がいるということが何よりも恐ろしくて、俺は、気付けば壱畝の手を振り払っていた。

「……っ……ぁ……」

 乾いた音とともに、壱畝の目が開く。しまった、と思った時にはもう遅かった。歪む口元。その目は、笑っていない。

「……酷いな、俺はただ挨拶しただけなのに」

 怒ってる、壱畝が。
 赤くなった手の甲を撫でる壱畝の額に青筋が浮かんでいるのを見て、俺は、謝るにもうまく言葉が出なくなって、それどころか何も考えることすら出来なくなった。

「っ、……」

 駄目だ、と分かってても、どうすることも出来なかった。堪らず壱畝から顔を逸らせば、思いっきり手首を掴まれる。

「お前……ッ」

 殴られる、と思った矢先。「壱畝君」とクラスメートの一人が、俺達の間に入った。
 そこで、ハッとする。ここは教室だ。他のクラスメートたちもいる。

「……そろそろ、先生が来るよ」

 おどおどとした様子で、そう声を掛けるクラスメート。外面のいい壱畝は、そんなクラスメートたちを無視することは出来なかったようだ。

「……ああ、そうだな」

 そう、何事もなかったかのように笑顔を作ってみせた壱畝は俺から手を離す。そして、何か言いたそうな目で俺を睨み、そのまま自分の席へと向かった。
 なんとなく、空気の悪くなった教室の中、阿佐美がこちらを見ていたことに気付く。
 ……前みたいに、助けてはくれなかったのは俺が芳川会長についたと思われているからか。分からないが、嫌なところを見られたと思う。阿佐美にもだが、他のクラスメートたちにも。

 以前、壱畝の味方をするばかりのクラスメートたちは壱畝が何しても止めなかった。
 けれど、今は俺も壱畝も言ってしまえば部外者だ。
 さっき、助けてもらえたのは正直助かった。

 そうこうしている内にチャイムが鳴り響く。同時に、担任が教室に入ってきた。


「おはよう、今日も良い天気だな!って、おお!今日は阿佐美と佑樹もいるのか!これは幸先がいいな!」


 そう、豪快に笑う喜多山とは裏腹にどことなく教室の空気は悪い。
 ……もしかしたら、そう感じているのは俺だけかもしれないが。

 それにしても、志摩がいないのは気になった。思えば縁に引っ張っていかれたのが最後だったから余計だ。少なくとも志摩は滅多のことでは遅刻することはなかった。
 以前、大怪我をしたとき以外は。

「……」

 今の俺に他人の心配なんてしてる暇はあるのだろうか。壱畝遥香に掴まれた肩が未だに痛む。そこを擦り、痛みを和らげようと試みたとき。

「なんだ、亮太は今日も休みか?」

 ……今日も?
 担任の言葉に、ふと嫌なものを感じたその矢先だった。
 ガラリと大きな音を立て、扉が開く。飛び込むように教室に入ってきたのは、志摩だった。走ってきたのか、息を微かに切らした志摩は俺を見るなり、何かを言いかけていたがそれも束の間。

「亮太、まだ間に合うぞ。早く席に着けー」
「……はい」

 小さく応え、志摩はそのまま教室に入ってくる。そして、背後を通り、隣の席までやってきた志摩はそのまま乱暴に椅子を引き、腰を下ろした。

「……HRが終わったら……後で、話がある」

 それは独り言を呟くかのような声量だった。鞄を机に置いた志摩は、眼球だけを動かしてこちらを見た。
「逃げないでよ」と、口にする志摩に、俺は何も答えることは出来なかった。


 ◆ ◆ ◆


 ホームルームが終わり、担任が教室を出ていく。
 それに続くように周りのクラスメートたちも動き出した。
 次の授業は、科学室だ。移動教室のため教科書を取り出そうとしたときだった。机を叩かれ、それを止められる。

「齋藤。……少し、いいかな」

 そう、志摩亮太は静かに声を掛けてくる。けれど、その目、声にはいつもの余裕がなかった。
 正直、乗り気ではなかった。いつものように志摩に怒られるかもしれないと思えば気が進まないが、だからと言って無視することも出来ない。実際、志摩に心配を掛けていることも事実なのだから。

「……分かった。俺も、志摩に話したいことがあったから」
「そう。それじゃ、場所、変えようか。……ここじゃ、どこで聞き耳立てられてるか分からないからね」

 相変わらずの毒だが、いつものように怒ってるわけではないらしい。俺は志摩とともに教室を後にする。
 教室を出ていこうとしたとき、阿佐美と目が合ったような気がしたがすぐに分からなくなった。
 人混みを掻き分けるように、志摩に連れられてやってきたのは人気のない廊下だった
 辺りを確認した志摩は、俺の方を向き直る。

「……怪我は、してないみたいだね」
「うん。……志摩は……大丈夫だった?」
「俺のことはいいから。ずっと、阿賀松のところにいたの?俺、何回も尋ねたんだけど全部無視されて……気になってたんだ」
「……それは……あの、どこから言えばいいのか分かんないんだけど……」

 そもそも志摩に本当のことを喋って良いのか分からなかったが、恐らくもう阿賀松たちも俺が会長のところにいることは知っているはずだ。
 俺は、正直に芳川会長たちに連れて行かれ、今は会長の部屋に居させてもらっているということを伝えた。

「……何ソレ、十勝のやつ、そんなこと全然言わなかったくせに……ッ!」
「ごめん、俺も、暫くは外に出させてもらえなかったから……。でも、これからは授業に出てもいいって言ってもらえて……」
「……」

 志摩は、怒るわけでもヒステリックになることもなく、難しい顔をして俺の話を聞いていた。

「あの芳川が、齋藤を部屋に……」

 どうやら、そこが気になっているらしい。
 確かに、あまり会長は自分の部屋に入られることを好むような人ではない。それに、これは無理矢理俺がお願いしたようなものだ。
 けれど、志摩に言ったら何を言われるかわからない。敢えて俺は、何も言わないことにした。

「……けど、阿賀松たちのところにいたときに比べたら普通だから……その、心配してくれたんだよね。ありがとう」

 もう大丈夫だから、という言葉は「齋藤」という志摩の声に掻き消された。

「正直、齋藤が会長のところにいるっていうのはすごい気に入らないんだけど……一番安全なのも、そこだと思うよ」
「……志摩……」
「あの会長はああだけど、身内には優しいからね。……あのメンバーの中で同室にするなら一番『マシ』だよ」

 そうか、志摩には元から同室の相談していたんだった。
 怒られるかと思ったが、賛同してもらえるのは素直に嬉しい。けど、志摩の言葉が引っ掛かるのも事実で。

「……志摩、あの、聞きたいことがあるんだけど……」
「何?」
「会長って、どういう人なの?」

 志摩は、会長のことをよく思っていない。たくさんの生徒にも、もちろん教師にも支持されている生徒会長。けれど、その裏で阿賀松を筆頭に芳川会長を極端なまでに嫌う人間がいることも事実だ。そして、目の前の志摩もその一人だ。
 確かに、栫井のことはビックリしたが、もしかしたらあれも阿賀松の芳川会長を陥れるための作戦だとすれば?
 たまに驚くような発言をする人だが、根っからの悪い人のように思えないのだ。何故、そこまでムキになって会長に突っかかかるのか、俺には分からなかった。
 俺の発言に怒るわけでもなく、志摩はただ冷たい目をこちらに向ける。

「……それは、齋藤の方がよく知ってるんじゃないのかな」
「けど、志摩や阿賀松先輩は芳川会長のことを嫌ってるだろ?……それなりの理由があるんじゃないかと思って……」
「だとしたら?会長と一緒にいたくないって部屋を飛び出してくれるの?」

 薄ら笑いを浮かべる志摩の言葉に、つい俺は返答に詰まった。

「……会長と一緒にいると、いつも疑問に思うんだ。俺には優しいからかもしれないけど……」
「ふうん、その自覚はあったんだ」
「……」
「まあそうだよね、齋藤はあいつの綺麗なところしか見せられていないだろうし。俺は、確かに芳川のことは嫌いだよ。けど、それは阿賀松たちみたいなのとは違うよ。俺は、汚れてるくせにそれを無理矢理白で塗り潰しては自分だけ綺麗ですって顔をしてるあいつが気に入らないんだ」

 会長が、汚れている。

「信じられないって顔、してる」
「……うん」
「俺も、全部を知ってるわけじゃない。けれど、分かるんだよ。あいつは相当、隠してるって」
「分かるって……」
「知ってる?人を殴ったことのある人間の拳って、ここが潰れるんだ」

 そう言って志摩は握り拳を作り、丸まった手の甲、その谷間に出来た骨の突起を撫でてみせる。
「あいつの拳、みたことある?……相当潰れてるんだよ」薄ら笑いを浮かべる志摩に、俺は、記憶を掘り返す。会長の拳、意識してみたことはなかった。線の細い割に大きな手だと思ったことはあったし、男らしい骨っぽい手だとも思った。潰れてるかどうかは覚えていないが、それでも、その情報を俺に与えることにより志摩が言わんとしていることはわかった。

「それは、志摩が見て思っただけじゃないのか」
「……確かに俺は実際にその場に居合わせて見たことはないよ。けれど、あいつに逆らってきた人間がどうなったのかは知ってる」

 冷静な志摩の言葉だからこそ余計、俺は、胸が苦しくなるのが分かった。
 確かに、会長手は大きくて……思ったよりもゴツゴツしてるけど、それでも頭を撫でてくれるときの手は誰よりも優しくて……。
 どこまでが本当か分からないし、鵜呑みにしない方がいいだろう。

「その人たちって……」
「聞いてどうするの?」
「……どうするかは、分からない。……けど、知りたいんだ。会長が、どういう人か……」
「あいつのことを知りたいんなら阿賀松に聞けよ、って言いたいところだけど……話にならないだろうしね。……けど、あとの二人は……」
「……?」
「……気は進まないけど、それで齋藤が考えを改め直してくれるんなら、いいかな……」

 難しい顔をして考え込んでいた志摩は、やがて「わかった」と口を開いた。

「……方人さんと、阿佐美。芳川のことなら、あの二人が一番聞けるんじゃないかな?」
「え、縁先輩と……阿佐美?」

 正直、志摩の口から出てきた名前は俺の予想を大きく外れていた。
 てっきり、栫井が出てくるのかと思ったのだが、そもそも、あの二人は確かに阿賀松と一緒にいるところが多いが、そこまで会長を毛嫌いしているようにも思えなかったからだ。

「どうして、あの二人なの?」
「齋藤が言ったじゃん。芳川の隠してるところを知りたいって。……正直、出来ることならあの二人には合わせたくないところだけど、仕方なくだよ」
「あ、ありがとう……」
「その代わり、俺もついていくから」

 もしかして、今から聞きに行くつもりなのだろうか。
 確かに、気になると言ったのは俺だし、志摩がいてくれると助かるのも事実だけども……。
 阿佐美はともかく、この前、あんな別れ方をした縁と会うのは危険なような気がしてならない。
 携帯端末を取り出し、早速どこかへ掛けようとする志摩を慌てて止める。

「待って、あの……今から?」
「……何?なんか都合でも悪いの?」
「別に悪くはないけど……」

 いや、悪くないわけがない。次の授業もある。けれど、そんな俺を無視して志摩は携帯を操作した。 

「方人さんは多分後から返事来ると思う。先に阿佐美を呼び出すか」

 どんどん進む話に堪えられず、俺は「あの」と志摩に声を掛ける。

「一応、その、あまり……阿賀松先輩に動きが読まれるようなことはしたくないというか……」
「あいつに隠しごとしようとする方が無理だよ。諦めなよ」

 薄々そんな気もしていたが、そうもきっぱりと言われるとすごく遣る瀬無い。
 校内の監視カメラが阿賀松の目のような気がして、すごく落ち着かない。


「それに、こうしてまだ齋藤が会長のところにいれるということはあいつもそれを認容してるってことでしょ。わざわざ泳がせてんだから遊泳させてもらえばいいよ」

 確かに、阿賀松の元から離れて結構経つというのに直接阿賀松が俺の元へ来たことは一度もない。
 気に入らなければ合鍵を使ってでも入ってこれたはずだ。それをしないということは取り返す気もないのだろう。そんなこんな悩んでる内に「返信が来たよ」と志摩は端末を取り出した。

「方人さん、今校門のところにいるってよ。一人だと言ってるけど……どーだか」

「どうする?行く?」と尋ねてくる志摩。
 ここまでお膳立てしておきながらわざわざ聞いてくるところが気に入らないが、断る理由もない。俺は「行く」と頷いた。


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