天国か地獄


 志摩亮太の暗中模索

「全部、俺がやったんだよ。あいつは悪くない。俺が全部、俺のせいだよ。俺が、殴ったんだ。だから、いいだろ。もう」
「……本当に、そうなのか?」
「先生。俺を信じてくれないの?心外だな。全部本当のことだよ。元々齋藤にはイライラさせられてたしね、お互いに鬱憤が溜まってたんだよ」

 人にとやかく言われることも、疑われるのも慣れていた。
 だから、大人が何を望んでいてどうすればこの面倒な空間から抜け出すことが出来るのか俺は知っていた。
 つもりだった。
 少なくとも、他のやつらはお望み通り俺が濡れ衣を被れば満足そうに頷いていたから。
 けれど、こいつは。

「……亮太、お前は誰かを庇ってるんじゃないのか」

 担任の喜多山の言葉に、一瞬、言葉を忘れそうになった。
 庇ってる。その単語に、嫌な汗が滲む。
 脳裏に、青髪のあいつの姿が過ぎり、収まりかけていた腹の虫が一斉に騒ぎ始めた。

「……庇うって?……馬鹿馬鹿しい。先生こそ、こんな時間の無駄なことなんてせずさっさと警察でもなんでも呼んだ方がいいですよ」

 拳を固く握り締め、込み上げてくる不快感を必死に堪える。なんで俺があいつを庇わなければならないんだ。そう受け取られることが何よりも屈辱的で、それが顔に出てしまっていたようだ。
 少し悲しそうな顔をして、喜多山は「そうか。分かった」とだけ呟き、頷いた。

 あいつも、馬鹿な大人だ。言うとおりに俺が全部やったことにすればすぐに収まることなのに。
 ――お前は、誰かを庇ってるんじゃないのか。
 違う、なんで俺が。俺はただ、あいつに関わりたくないからだ。面倒だから。これ以上、壊されたくないから。
 ……怖いから。

『亮太』

 いないはずなのに、頭の中に方人さんの声がこびり付いては離れない。

『お前も俺と同じだ。……俺達は共犯者だよ』

 仲良くしようぜ、と縁方人の幻影は笑う。
 魔が差した、わけではない。俺は俺の意地で縁方人に協力した。
 口煩くて、真っ直ぐで、いつも誰かに囲まれて愛されていた兄貴が疎ましかったから。
 何かと兄貴と比べてくる周りがうざかったから。
 陰で出来の悪い弟だと言われるのが、耐えられなかったから。
 あいつが消えたらどれだけ楽になるだろうか。
 それはほんのちょっとの出来心で、それを縁方人に勘付かれたのが始まりだった。

 俺は兄貴が邪魔で、方人さんは兄貴が気に食わなかった。
 なんで気に入らないのか直接的なことを方人さんが言うことはなかったが、それでも、二人の間に何かがあったことは俺にでも分かった。
 直接どうとかするつもりはなかったが、周りが兄貴を支持するやつらばっかりだった俺にとって方人さんは都合の良い愚痴相手だった。

 兄貴が転落事故に遭ったと知った時、俺は方人さんの仕業かと思った。けれど、実際は可愛がっていた後輩の芳川によるものだと知って、俺は安心した。俺達以外にもあいつを嫌っているやつがいるのだと。

『もうすぐ目を覚ましそうなんだって?』

 方人さんは兄貴の見舞いには行かないはずだけれど、恐らく阿賀松が話したのだろう。尋ねられ、俺は頷いた。
 外傷は奇跡的に浅いため、死ぬこともなければ後遺症も軽いだろう。問題は脳の方だと医者は言った。
 本人の気力次第で今まで通りに暮らすことも出来るはずだとも、言った。
 それを伝えれば、方人さんは少しだけ考え込んで笑った。

『……なら、早めに目が覚めねぇようにしないとな』

 いつもの不謹慎なジョークだと思った。けれど、そう口にした方人さんの目は笑っていなかった。
 背筋が凍るとはまさにこの事だろう。俺は、方人さんが本気だと分かった。

 このままでは、本気で方人さんは兄貴を殺すだろう。
 別に、あんなやつ死んでもいいと思っていた。けれど、実際こんなことになってから俺は怖気づいていたのかもしれない。
 自慢の息子が植物人間になったショックで抜け殻みたいになった母親、無口だった父親は何も発しなくなった。ただでさえ家に帰りたくなかった俺だったが、平和バカだった家族が凹んでるのを見るのは正直、耐えれなかった。
 俺が兄貴の代わりにならないと分かってしまったから、思っていた以上に兄貴がいた環境に慣れてしまっていたからこそこれ以上、壊されたくなかった。
 だから、縁方人が直接手を下すよりも先に、俺が申し出た。

『それなら、俺がやるよ』と。
『兄弟だから病室に入ることは簡単なんですよ』とも言った。

 日和るなんて情けない。それも、兄貴の死を躊躇ってしまうことが、余計。それでも、人間としての道徳的な部分がすっぽ抜けている方人さんは何をしでかすか分からない。
 それを止めるためなら、自分の手を汚した方がましだった。

 後日、死にはしなかったが様態が急変した兄貴のことを聞いたらしい方人さんは俺の耳元で囁いた。
『弱虫』と、そう、一言だけ。

 俺にとって、縁方人は知られたくない自分自身の弱さであり、思い出したくない記憶であり、恐怖だった。

 齋藤に会いたい。
 齋藤に会いたい。
 齋藤に会って、この目で見て、直接触れて無事を確認しないと気が気でなかった。
 どうしてもあの夜の齋藤が浮かぶからだ。顔面腫れ上がり、血と痣で元の皮膚の色が分からなくなっている齋藤の顔ばかりが浮かんで、不安だった。
 縁方人が齋藤を簡単に諦めるわけがない。
 もし、こうしてる間にも齋藤の身に何かあったらどうしようと。
 けれど、その俺の心配は無用だったようだ。

 齋藤は、転校した。転校先は誰も教えてくれなかった。
 何かの間違いだろうと、齋藤が入院していたという病室に向かったがそこは既にもぬけの殻になっていた。
 齋藤は、学園から、否、俺の目の前から姿を消した。
 俺は、齋藤の連絡先も実家の場所も分からない。
 正直、怒りすら沸かなかった。何のために必死になっていたのか分からなくなっていて、ただ、齋藤を探すことに必死になっていた。
 けれどどこにも齋藤の手掛かりは見当たらない。
 だから、俺は、退学になったあの学園へと再び足を運んだ。
 手続き諸々のためと説明をすれば、簡単に校内へ足を踏み入れることは出来た。
 そして、俺は、壱畝遥香を尋ねるために自分のクラスだった教室へと向かった。
 壱畝遥香は、いた。俺の顔を見るなり、目を見張り、青褪めた。

「待ちなよ」

 逃げようとする壱畝の手を掴めば、あいつは顔を歪める。あの時の怪我がまだ治っていなかったのだろう。すぐに気付いたが、それでも敢えて俺は強く掴んだ。

「聞きたいことがあるんだけど」
「俺にはない」
「あんたと齋藤が通ってた中学校って、どこにあるの?」
「なんでそんなことテメェに教えなきゃなんねーんだよ」

 取り付く島もないとはこの事だろう。自分の立場も弁えずに、俺が部外者に成り下がったからかしらないが強気の壱畝の態度が気に入らなくて殴り掛かろうとしたところを通り掛かった教師に見つかり、無理矢理引き離された。
 キツく注意されたが、一部始終を見ていた生徒が壱畝が先に突っぱねていたと発言したお陰かその日はすぐに解放される。
 しかし、昨日の今日で問題を起こしたのがまずかったようだ。俺は、学園を出入り禁止になってしまった。

 万年お通夜みたいな空気の家にいる気にもなれず、昔みたいに意味もなく街を彷徨く日々が始まる。
 けれど、以前のように遊ぶことよりも無意識に齋藤の姿を探すことの方が多くなった。

 そして今日も一日が終わり、日が暮れる。
 見慣れない制服姿が多くなった街の中、不意に、見覚えのある車を見掛けた。
 嫌味なくらい手入れされたその黒塗りの高級車は、とある建物の前に停まる。
 運転席から降りた運転手は、後部席の扉を開く。
 そして、そこから現れたのは……。

「阿賀松……ッ!」

 自分でも、自分が分からなかった。気が付いたら体が勝手に動いていて、俺は、阿賀松の前に出た。
 あいつは、特に驚くわけでもなくただ物珍しそうに俺を見る。
 そして、

「……志摩……?」

 短くなった黒い髪を流したそいつの言葉に、俺はハッとする。違う、阿賀松ではない。……弟の方だ。
 まさかこいつにこんなところで会うことになるなんて思ってもなくて、俺は言葉に詰まった。

「……あ、ざみ」
「久し振りだね。……志摩」

 寂しそうに、やつは笑う。変わらない、見るだけで苛々するような自嘲的な笑顔。

「こんなところで立ち話もなんだし、君も来なよ。……俺に……俺達に用があったんだろ?」

 阿佐美詩織の皮を脱いだ、阿賀松伊織の半身は静かに続けた。
 罠かもしれないという考えが過ぎったが、ここで逃げたところでなんの得るものもない。
 俺は、やつの後に続いて建物に入った。そこはマンションだった。
 なんで阿佐美がここに出入りしてるのか、もしかしてここで暮らしてるのだろうかとも思ったが、移動中、阿佐美は一言も話さなかった。
 ひんやりとした空気の中、二人分の足音が響く。
 そして、エレベーターに乗りこんだ時、ようやく阿佐美は口を開いた。

「聞いたよ。……お前も退学になったんだってね」
「……別に、アンタには関係ないだろ」
「そうだね。けど、あいつらは関係あるんだろ」

 あいつら、というのは阿賀松たちのことを指しているのだろう。変わった、と思っていた。阿賀松から離れた途端、自分の意志もなくなったみたいに殻に閉じ籠っていた阿佐美を長いこと見てきていたお陰か、久し振りに現れた阿賀松伊織に内心驚いた。
 そう言えば、兄貴と居る時もこういう腹立つ偉そうな話し方をしていたな。なんて、ムカつく反面懐かしくもなる。

「……関係ないよ」
「なんだって?」
「俺が退学すればそれで済む問題だったからそうしただけだ。あいつらは関係ない」
「……そう、か。なら、悔いはないんだね」

 ない、はずだった。これで、隣に齋藤がいれば、俺は何も後悔することもないのだ。
 何も答えない俺に、阿賀松詩織は追求してくることはなかった。
 どれくらい歩いたのだろうか。
 長く、薄暗い通路の先、ある扉の前で阿賀松詩織は足を止めた。
 そして、取り出したカードキーを扉横の端末に翳す。
 小さな機械音とともに、小さなランプが点滅する。どうやら解錠されたようだ。阿賀松詩織は、扉を開いた。そして、こちらを振り返る。
「入れよ」と、そう、小さく促した。
 薄暗い室内。
 嫌な予感しかしない。けれど、俺はそれを振り払い、部屋へと足を踏み入れた。


「……お前、今こんなところに住んでんの」
「違うよ。ここはあいつが借りてるだけ。家に置くわけにも行かなかったからね」

『置く』という単語が嫌に引っ掛かり、どういう意味かと尋ねようとした時。続けて入ってきた詩織が部屋の明かりを点ける。

 部屋の中は閑散としていた。
 本当に、ただ借りてきてそのままにしているような、独特の冷たく湿った空気が肌に張り付いて気持ちが悪い。

「……置いてるって、何、ペット?」

 とぼけたフリして聞いてみれば、詩織は表情を変えないまま「会いたいの?」と聞き返してくる。
 その言葉に確信した。
 あの日、あの夜、現れた阿賀松に連れて行かれた縁方人。やはり、ここで匿っているのだろうか。心臓の鼓動が大きくなり、汗が滲む。

「……会いたくない」
「だろうね。それに、会わない方がいい。余計面倒だから」

「適当に座りなよ」と、詩織は部屋の奥のソファーを指した。
 物が少ないというのもあるだろうが、それにしてもただ借りるだけというには勿体無い程の広い部屋だった。

 寛ぐつもりはなかったが、こんな部屋で馬鹿みたいに突っ立っている気にもなれない。促されるがままソファーに腰を掛ける。
 そして、上着を脱いだ詩織は向かい側のソファーの背もたれに掛け、そこに座った。
 扉を隔てたその向こう側に方人さんがいる。
 それだけで、胸の奥が騒いで仕方なかった。

「それで、話があったんだろ。……俺に答えられるかどうかは分からないけど、一応、客人だからね。もてなす努力はするよ」
「……阿賀松伊織は、一緒じゃないのか」
「あっちゃんも、色々忙しいみたいでね。……ほら、会長のこともあっただろ」
「会長……って、芳川が、何」
「あれ?知らないの?……芳川会長、退院したんだけど後遺症が悪化したみたいでね、大分、学園に戻ってこれないみたいだって」
「……」

 可哀想に、とは口にしないところ、こいつもそのことに一枚噛んでいるのだろう。あくまで事務的に続ける詩織に、俺は、何も返すことが出来なかった。
 芳川がいなくなった学園は、阿賀松伊織の独擅場になるというわけだ。最初からそれを狙っていたのだろう。芳川の眼鏡野郎がどうなったところで興味はないが、だからか、とも思った。掌返して俺達から身を退いた阿賀松伊織は、芳川が使い物にならなくなったと判断したと同時に俺達から興味を喪失したのだろう。
 そういうやつだと頭から分かっていても、悔しかった。そんな気紛れで齋藤を連れ回し、引っ掻き回した挙句用が済んだら捨てるのだ。

「……そんなこと、俺に教えていいの?」
「構わないよ。お前、もう部外者なんだろ」
「……お前に言われたくねーよ」
「そうだね。俺も人のことを言えないよ」

「まあ、冗談はさておき」と、詩織は俺に向き直る。

「志摩にはどちらにせよ、近いうちに会いに行く予定だったんだ」
「なんで」
「急かさないで。それを今から説明するんだよ」
「……」
「お前が見捨てた裕斗君が目を覚ましたんだ」
「……は?」
「とは言っても、まだ本調子ではないし目は開けるけど言葉は喋れない。けれど、このまま行けばまた今まで通りに生活出来るようになるかもしれないんだ」

 一瞬、耳を疑った。
 あいつが、兄貴が、目を覚ました。
 その言葉に、ドッと汗が吹き出した。喜びよりも、忘れかけていたあの嫌な感覚が全身を押し潰してくるのだ。

「……それは、本当に……」
「嘘を吐く必要性がないだろ。お前に言おうか迷ったんだけど、どちらにせよあいつにはお前が必要だろうしな」

 どういう意味だ、と思ったがそれよりも、どこかに方人さんがいるこの部屋で兄貴のことを話し出す詩織に冷や汗が出て、俺は堪らず「ねえ」とやつを止める。
 けれど、それ以上の言葉が出なかった。まさか、方人さんが聞き耳を立ててるから黙ってくれ、なんて言ったら詩織に笑われる。
 そう思い、咄嗟に口を噤んだが。

「……大丈夫、この部屋は防音だから。それに、あいつなら何も聞こえないよ」
「……ッ」
「方人さんに聞いたよ」
「……何を聞いたって?」
「お前らが何を企んでいたのかを。……志摩、お前、方人さんが余計なことする前に庇ったんだろ、裕斗君を」
「違う」

 その声は、思ったよりも大きくて、自分の声に自分で驚いてしまう。
 それでも、俺は認めたくなかった、やつの言葉を。
「そんなわけないでしょ」と、続ける。けれど、やつは哀れむような目をこちらに向けてくるばかりで、「ならそういうことにしておくよ」なんて言い出す始末だ。

「裕斗君が目を覚ましたのは嬉しいけど、俺達もずっと一緒に居れるわけじゃない。今あいつに必要なのは家族だろ」
「なんだよそれ、それなら家の方に言ってよ。そっちの方が、喜ぶだろうし」
「一応病院から連絡は入れるようにしてるよ。けれど、電話が通じないみたいんだ」
「……」

 思わず舌打ちをしそうになる。兄貴が入院することになった日からろくに病院に顔も出さずに家で塞ぎ込んでいる親の姿が浮かび上がり、深い溜息が出た。

「……だから、俺に親にも伝えろと」
「話が早くて助かったよ。……早く知れた方が嬉しいだろうし、そこは任せたよ」

 なんで俺が、と思ったが、確かに息子である俺が家に帰って伝えた方が手っ取り早いのは確かだ。
 言いなりになるのは癪だが、元より『こっちの問題』だ。これ以上こいつらに介入させるわけにもいかない。

「……分かったよ」
「……」
「なんだよ、その目」
「いや、お前が素直にいうこと聞くなんて意外だったから」
「俺は、もうアンタ達に関わりたくないんだよ」
「……そっか。まあ、そうだろうね。俺も、出来ることならもう二度とお前の顔を見たくなかったけど」
「……」

 なんでもない顔をして毒を吐くやつに、怒りは湧いてこない。寧ろ、そうしてくれた方が有り難い。だって。

「その代わり、条件がある」
「…何?その条件って」

 詩織に促され、俺は、ゆっくりと口を開いた。
 条件というよりも、それはお願いだった。俺には出来ないからこそ、卑怯だと笑われてもこいつらに頼むことしか出来なかった。

「方人さんを殺してくれ」

 ◇ ◇ ◇

 齋藤に会えないのを紛らわすように、俺は、兄貴の病室に通うことになった。面倒だし、だるいけど、それでも、別のことに一生懸命になってる間齋藤のことを考えずに済んだ。
 結局、詩織が俺の願いを聞き入れてくれたのかは知らない。けれど、今まで俺は方人さんと再会していない。
 生きていようが、どこで何をしていようが、俺の前に現れないのならそれでいい。
 そんなことを考えてはまた自分の罪悪から逃げようとするも、以前のようにそんな自分を恥じることはなかった。
 それは、恐らく。

「……ん……っ」

 隣でもぞもぞと動く気配を感じ、薄く瞼を持ち上げればそこには眠る齋藤がいた。
 ずっと、探していた齋藤が、もう二度と会えないと思っていた齋藤が今は隣でこうして眠っている。
 その事実を再確認するだけで、すっと胸の奥が軽くなるのだ。

「……ん〜」

 齋藤の後頭部に唇を寄せれば、齋藤はむず痒そうに身を捩る。それを捕まえ、抱き締めれば動くのをやめ、再び寝息を立て始めた。

「……齋藤」

 幸せと呼ぶには汚れ過ぎていて、とてもじゃないが人に自慢できるようなものでもない。それでも、俺は、こうして齋藤と眠ることが出来る今が生きているような気がして、卑怯者と指差されようが人でなしと罵られようがようやく地に足を付けて立つことが出来た。少なくとも俺はそう思えた。

「……しま……」

 不意に、名前を呼ばれ、思わず起き上がる。すると、むにゃむにゃと口を動かしてはまた間抜けな面晒して寝息を立て始める齋藤に、今のが寝言だったのだと知らされた。

 落ちかかってる布団を掛け直し、俺は齋藤にキスをする。

「……おやすみ、齋藤」

 この幸福感が夢だったとしても、どうか目が覚めるまでは芯まで浸かっていたかった。


 END

 home 
bookmark
←back