天国か地獄


 side:志摩

 齋藤からのあの電話だけでも正直、頭が可笑しくなりそうだった。
 どうしてちゃんと俺の言うとおりにしてくれないのか。どうして先に俺に話しておいてくれなかったのか。自分一人で決めて行動したくなるほど俺は頼りなかったのか。
 言いたいことは沢山あったのに何度電話を掛け直しても齋藤は出ないしそれどころか返って来たのはメール一通のみ。

『四階のラウンジのパンフレットを見て』

 そうたった一言。
 何回かに分けて時間いっぱい残した俺の伝言も全く無視したそのメールに今度こそブチ切れそうになったが、そう言われたら行くしかない。そのことですら不本意だけれど、とにかく、齋藤と連絡を取りたかった。

 ラウンジ四階。
 自販機横に設置された棚には学生寮の各施設についてや規則などを纏めたパンフレットが用意されてある。
 誰も目を通していないのでそれは綺麗なまま残っていたが、一冊、何かが挟まったパンフレットを見付けた。それを見た瞬間嫌な予感がしたが、躊躇ってる暇はない。すぐにそれを手にした。

「……これ……っ」

 案の定、それは当たりだったようだ。中を開けば何かが落ちる。
 足元に目を向ければ、二枚の写真と一枚の書類がそこにはあって。
 それは、齋藤が電話で言っていた芳川知憲のデータで間違いないだろう。

 これがここにあるということに頭が痛くなる。
 直ぐに齋藤に掛け直せば、足元から着信音が聞こえてきた。今度こそ血の気が引くのを覚えた。
 棚の引き戸を開けば、それはすぐに見つかった。
 齋藤に渡しておいた、携帯端末。それは初期化されたまっさらの状態だった。
 送信したメールも、俺とのやり取りも、全部消したそれに一瞬、頭のどっかが弾けた気がした。

「……あんの馬鹿が……ッ!」

 携帯を壁に叩き付けそうになるのを寸でのところで堪える。
 齋藤が何を考えているのか嫌なほど理解出来てしまう自分に余計嫌気が差したが、それでも、なんとか怒りを抑えることが出来たのはまずは齋藤を見付けることが最優先だと順序付けることが出来たからか。
 書類と写真を仕舞い、ラウンジを飛び出した。その矢先だった。

「おい、廊下を走るんじゃねえよ」

 偉そうな声、目だけで振り返れば風紀委員長の八木がいた。
 こいつが阿賀松に媚びへつらってることは知らなかったが、この様子からしてみればまだ齋藤がいなくなったことを知らないのだろう。呑気なやつだな。思いながらその注意を無視し、足早にその場を立ち去る。
 そう言えば、齋藤が何かを言っていた。
 確か、栫井がどうたら。
 そんなことを気にしてる場合ではないと分かっていたが、ここ最近気付いたが齋藤は変なところで煩い。栫井を無視していたらまた何か言われるに違いない。
 そんなこと知るか、俺の言うことを無視した齋藤が悪いんだ。
 そう頭の中で愚痴るものの、どうしても齋藤の怒った顔が脳裏を過り、足が止まる。

「……っ、ああ、もう……っ」

 俺はいつからいい子になってしまったのだろうが。
 癪だが、齋藤には嫌われたくなかった。
 そう思う自分にすらムカつくけど、既に風紀室へと向かっている自分の足には苦笑いすら出ない。
 文句は全て本人に言ってやる。
 そう思いながら。

 home 
bookmark
←back