天国か地獄


 05※

「っ、ちょっと、待って……何考えて……」
「ああ、その驚いてる感じの顔。いいよ、それっぽくて」

 そう笑う志摩の手に両頬を掴まれる。
 素で驚いてるのだからそれっぽくて当たり前だ。
「やめろよ」と首を動かしその手を退けようとするけど、体勢からして不利だった。強い力で上を向かされる。

「志摩っ、いい加減に……っ、んん」

 言い掛けた矢先、唇を塞がれた。二人分の体重にベッドが軋み、それでも構わず深く唇を重ねられれば動揺するのは当たり前だろう。

「ん、んん……ッ!」

 唇の薄皮越しに伝わってくる志摩の体温が酷く熱くて、やつの肩を掴み引き離そうとするけれど掛かる体重のせいで余計動けなくて。
 触れるだけ、感触を楽しむように唇を押し付けてくる志摩の行為に、いつものような息苦しさはないけれどそれでもどこで誰が見ているかもわからない、そもそも公共の場でこんな真似をしてくる志摩が信じられない。
 ばしばしと志摩の肩を叩いた時、それが効いたのか分からないが志摩は俺から唇を離した。

「……正直、気に食わないんだよね。まだ齋藤があいつのこと想ってるってことが」
「そんなこと……っ」

 どうやら俺の態度が余計誤解を招いてしまっているようだ。
 信用しているという意味ではそうかもしれない。
 心の底で阿佐美が悪いことするようなやつではない、そう信じたい自分がいるのも知っている。
 口籠れば、顔を強張らせた志摩。小さく息を吐くのが聞こえた時、頬から顎先、首筋へとゆっくりとその指が這わされる。
 輪郭を確認するように、撫でられるとこそばゆさと不安感で全身が緊張した。咄嗟に、俺はその手を握り、動きを制する。

「っ、やめろってば、志摩、ほんと、やめ……」
「それじゃあ、阿佐美を拒絶して」

 当たり前のように吐き出されたその言葉に、俺は硬直した。

「何言われても何されても全部受け入れないでよ。そうしたら何もしないであげる」

「約束できる?」と、首筋、血管をなぞるように指の腹が滑る。
 何度も締め付けられ、踏み付けられたそこに触れる指先すら刃物を突き付けられているような、そんな錯覚に陥る。
 けれど、それは実際そうなのだろう。志摩は、いつでも俺を裏切ることは出来るのだ。そして、志摩に裏切られれば、俺に残された道は絶たれる。
 それだけは、ダメだ。立ち止まって考えてる暇はない。

「……ッ、……」
「約束できるの?」
「……っ、わかった」

 ひりつく喉の奥、その言葉を捻り出した瞬間胸が軋むように痛んだ。

「ちゃんと、断る。断るから……こんなこと、やめてくれ……っ」

 阿佐美への罪悪感、それ以上にこんな風に何かを強要されることが悲しかった。
 けれど、俺が志摩の忠告を無視していたから怒らせるのも無理がない。
 二兎追うものは一兎も得ず。そんな言葉が過る。志摩の手を借りるには、阿佐美を切らなければならない。

「……」
「志摩……」

 俺の言葉を信じてくれたのか、不意に、首筋に触れていたその手が離れる。

「……ごめん、齋藤」

 そう、小さく呟く志摩。突然の謝罪に「え?」と身動いだ時、密着した下半身同士。そこに、嫌に硬い感触が触れる。
 それがなんなのか気付いた瞬間、全身から血の気が引いた。目を見開く俺に、志摩は照れたように笑う。

「勃起しちゃった」
「は……?」

 あまりにも突拍子のないその言葉に、呆れを通り越して理解できなかった。
 というか、どうしてそうなるのかが理解できない。
 志摩に脅迫紛いのことをされ、真剣になってる俺からしてみれば馬鹿にしているのかと言いたくなるもので。
 絶句してる矢先、着ていた患者衣の裾の中、滑り込んでくる志摩の手を慌てて掴む。
「志摩っ」と声を荒らげれば、志摩は困ったように眉を寄せた。

「だから、ごめんって」
「言ってることとやってることが違うんだけど……っ」
「いや、ほんと、そういうつもりなかったんだけど。……抜くだけだから、ね。いいよね?」

 抜くって、というか、良いわけがない。何を根拠にそう言い切れるのかと思うと何だか段々腹が立ってきて。そもそも約束と違う。
 言いたいことは沢山あったし、このままなし崩しになっては志摩のことだ。完全にペースに呑まれてしまうのは目に見えるようだった。志摩に逆らうのは得策ではないとわかっていたが、それでも主導権全てを志摩に奪われてはこれから先動き辛い。

「志摩、いい加減に……っ」

 これは約束と関係がない部分だ。なんとしても止めなければ、と口を開いた矢先志摩は布団を手に取った。
 瞬間、視界が翳る。

「っ、志摩……っ!」
「これなら視えないから大丈夫だよ」

 頭まで布団を被せられ、一気に狭くなった視界には志摩しかいない。
 暑苦しい、というよりも、重い。

「おかしいって、余計っ」
「わかった、なら直ぐ終わらせるから少しくらい大人しくしてよね」
「だっ、ちょ」

 布団と志摩の重さで動けないところ、覆い被さってくる志摩は俺の肩口に顔を埋めてくる。
 すんすんと犬みたいに人の匂いを嗅ぎながら自分の下半身を弄り始める志摩に、俺はもう声も出なかった。

「……っ!」

 信じられない。どういう神経をしてるんだ。
 ただでさえ他人と密着するということ自体緊張するというのに、そんなことを気にしてないどころか利用してる気配すらある志摩になんだかもう怒り通り越してある意味尊敬するが、それでもジッパーを下ろす音が下腹部から聞こえてきただけで更に体は岩のように硬くなる。

「……齋藤、薬品臭い」
「そ、んなこと言われても……」

 挙句の果てになんで文句まで言われなければならないのか。
 少し動いただけで志摩の足とぶつかって、逃げようと身を縮こませれば裾の下、骨張った掌で内腿を撫でられ飛び上がりそうになる。
 慌てて足を動かすけれど、狭い空間では逃げられなくて。執拗に伸びてくる志摩の手に我慢できず、その腕を掴んだ時、僅かに志摩の肩が揺れた。

「齋藤、邪魔しないでよ」
「っ待って、なにして……」
「……っ、見て分からない?抜くの、齋藤で」

 その準備中、と自分の指に唾液を絡める志摩に、血の気が引く。てっきりその、方便的なあれだと思っていただけに本当にそうするとは思わなかった。
 負担が軽減されることに安堵すると同時に、それってつまりと更に顔が熱くなる。

「なんだか俺、可哀想じゃない?二人きりなのに」
「……可哀想じゃない」
「ふーん、あっそ」

「なら、後から文句言わないでよね」まさか殴られたりするのだろうかと身構えたが、寧ろその逆だった。俺から手を離した志摩は俺の傍、ベッドに手をつく。
 そしてもう片方の濡れた手を自分の下半身へと持っていく。

「ん、ぅ」

 同時に、耳元で志摩の湿った声が漏れ、全身が凍り付く。
 薄暗い布団の中、足元で何が起こってるのか分からなかったし見て確認しようとも思わなかったが、もぞもぞと動く志摩の腕と布団中いっぱいに響き始めるその濡れた音に頭が真っ白になった。
 それだけでも耐え難いものがあるというのに、志摩は。

「……齋藤」

 すぐ耳元、耳朶に押し付けられたその唇に名前を呼ばれた瞬間、ぞくりと背筋が震えた。
 一瞬それが自分の名前だと認識出来なかった。それも束の間だ。

「……齋藤……っ、齋藤、齋藤……ッ」
「っ、な……っ」

 人の名前を呼びながら行為に及ぶ志摩に居た堪れないどころの騒ぎではない。
 質の悪い嫌がらせだ。ぬちゃぬちゃと響くその下品な音は次第に大きくなるばかりで、吐息混じりに名前を呼ばれればただでさえ熱が篭った空間内部、熱くてたまらなくて。
 出たい、出来ることなら逃げ出したい。
 けれど、行く手を塞ぐように突き立てられた志摩の腕に身動きが取れなくて。
 せめて、聞こえないフリをしようとぎゅっと目を瞑った俺は耳を塞ぐけれど、勿論、そんな至近距離では無意味に等しい。

「……ああ、齋藤の中、入れたいなぁ……暖かいんだろうな、ぬるぬるしてて……絡み付いてきてさぁ……っ」
「……っ!……っ!」
「ねえ、齋藤、見てこれ……っ、齋藤見てるだけなのにこんなになっちゃったよ」

「ねえ、齋藤」と掌にぬちゃりと嫌な肉の感触が触れ、咄嗟に振り払う。
 有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。
 なんなんだこれは。なんでこんなことになってるんだ。志摩が勝手に勃起したのに、なんで俺がこんな目に遭っているんだ。
 別に脱いでるわけでもないし触られてはない、なのに、聞こえてくる湿った音が、志摩の吐息が、布団の中に篭った汗の匂いが、薄暗い視界が、間接的に犯されてるような錯覚に陥らせているというのか。
 もうこうなったら抜くなりなんなり好きにしたらいい、俺だって射精出来なかった時の気持ち悪さは知っている。だからせめて、と志摩に触れないよう更に丸まるが、すぐに肩を掴まれてしまう。
 つい目を開いてしまえば、直ぐ傍には当たり前だが志摩がいて。

「入れたい」

 薄い唇から吐き出されるその言葉に、息が詰まりそうになる。
 こちらを見下ろす熱の篭ったその目から視線が逸らせなくて、体が動かない。
 呼吸が浅くなる。

「齋藤の太腿掴んで、根本まで突っ込んじゃってさぁ、何度も何度も何度も齋藤のお尻の穴が俺の形になっちゃうくらいハメちゃいたい」
「……ッ」
「今度はもう、痛くしない。……優しくする、いっぱい優しくする」

「だから、触らせて」鼓膜から脳へと直接流れ込んでくるその声の孕んだ熱に、一瞬、脳の髄まで蕩けそうになった。
 優しく。甘い声に流されそうになったが、以前志摩に襲われた時のことが脳裏を過る。その痛みが、流されそうになった俺の理性を辛うじて引き止めてくれた。
 ハッとし、咄嗟に頭の傍にあった枕を掴んだ。そして、

「さいと……ゔっ」

 その枕を志摩の顔面に叩きつけた。

「志摩の……馬鹿……っ!」
「は……はは……やだな、ちょっとからかっただけじゃん、そんなに怒んないでよ」

 まさか俺が怒るとは思っていなかったのか、全く悪びれた様子もなくヘラヘラと笑う志摩。
 からかうにしても度というものがあるはずだ。それに、目が笑っていなかった。俺が何も言わなければ本気でそのまま傾れ込むつもりだったに違いない。
 それが分かっただけに余計ムカついたし、悲しかった。阿賀松を必死に止めようとしてくれた志摩はどこに行ったのか。

「……」
「……齋藤?」

 やっぱり、志摩は好きにさせたらダメだ。出来ることなら助けたい、そう思うけれど、あいにく志摩は食えなさすぎるのだ。
 ならば、少しは舐められないようにしないといけない。
 けれど、志摩に辛い思いもさせたくないし力だって敵わない。だから俺は最終手段に出た。

「齋藤?おーい、齋藤ってば」
「……」
「……あれ?齋藤?もしかしてまじで怒ってんの?」

 俺は志摩を無視することに決めた。
 ……少しだけだけど、今は何も答えない。そうしたら志摩も調子に乗らないはずだ。
 そう考えた俺だが、相手は志摩だ。志摩がそれくらいで怯む相手ではないということを熱に浮かされた俺の頭は思い出すことが出来なかったのだろう。
 これならどうだと気張った矢先だ。喉を鳴らして笑い出す志摩。

「……本当、齋藤って馬鹿だよねえ……」

 どういう意味だと顔を上げようとした矢先、ぬるりとしたものが内腿に触れる。
 その嫌に生々しく、熱い肉の感触に血の気が引く。

「っし、し、し、志摩っ」

 思わず声が裏返ってしまったが、この際そんなことどうでもいい。
 無視すると決意から数秒、早くも決意を砕かれてしまった俺は慌てて志摩を止めようとする。けれど、志摩の腰を掴もうとした掌に先程の嫌な感触を乗せられ思わず変な声が出てしまった。

「言ったよね、嫌ならハッキリ言ってくれないとさぁ……俺、勘違いしちゃうから」
「か、勘違い、って」

 どんな勘違いの仕方だ。質が悪すぎる。
 蒸して暑いし、なんかぬるぬるするし、慌てて退けようとするけど掌の上から志摩に手を握られて離れないし、あまつさえそのまま扱き始める志摩に俺は声を上げることも出来なくて。

「……ぅうう……っ!」
「大丈夫、入れてないから」
「そういう問題じゃ……ぁ……ッ」
「ふふ……スベスベして気持ちいいね、齋藤の掌……っ」

 本当に何を言ってるんだ、こいつは。
 耳を塞いでも隙間から入り込んでくる志摩の声は心臓に悪い。
 声だけではない。どうしてこんなに先走り溢れてるんだ、意味がわからない、意味がわからない。

「やだ、志摩……っ、やめろってば……っ」
「あと少し、少しだけだから……っね……?」
「そんな、ぁ、ちょ……っ!」

 絡められる志摩の指。握り込まれたものがどんどん熱くなって、掌の中響くぐちゃぐちゃと絡まるようなその水音に、熱に、質感に、関係のない俺の方が精神的ダメージが大きいというのは如何なものなのか。

「やだ、嫌だっ、志摩ッ」
「っ、大丈夫、痛いこと、してないから」
「なに、言って」

 早まる手の動き。布団の中いっぱいに志摩の匂いがして、息苦しいのに、身体が石のように動かない。
 絡み付く志摩の指も、熱い

「ッ、ぅ、あ……っ」
「齋藤……キス、キスならいいよね……」
「だ、駄目っ」
「入れないから、代わりにね。いいよね?」

 駄目と言っているのが聞こえないのだろうか。
 顔を近付けてくる志摩。志摩が喋る度に吐息が口元に吹き掛かって、気が気ではない俺は必死に首を横に振り断るのだけれど。

「ありがとう、齋藤」

 どうやらその俺のリアクションを肯定と受け取ったようだ。どこをどう解釈すればそういう結果になるのかまるで理解できないが、そんな俺の意思とは裏腹に顎を掴まればあっさりと唇を重ねられるわけで。

「っ、ぅ、んんぅ……ッ」
「っは、齋藤、……齋藤、やっぱり暑いねここ……っ」

 自分がしたんだろう、今更何を言ってるんだと呆れたが、それも掌の中のものがびくりと跳ねたことで思考は停止。
 押し付けるようなキスに何も考えられなくなったが、薄膜から流れ込んでくる志摩の体温がただやけに熱いのだけはよくわかった。

「ふ、ぅ……っ」

 すぐ離れたかと思えば、すぐに塞がれる。
 何度も唇の熱を確認するように擦り合わされ、こそばゆいその感触は下手に舌捩じ込まれるよりも心臓に悪い。恋人相手にでもするかのようなその優しいキスに、脳髄蕩けそうになってしまう。

「……っ齋藤……」

 鼻先が擦れ合うほどの至近距離、吐息混じりに名前を呼ばれれば全身が緊張した。重ねられた掌が一層強く、俺の手を握り締めた。
 瞬間、

「……好きだよ」

 一瞬、その唇吐き出された言葉の意味を理解できなかった。
 唖然とする俺だったが、その言葉を脳で咀嚼しようやく意味を理解した瞬間、頭の中がカッと熱くなる。

「ぇ、え……っ?!ぁっ!」

 普通、このタイミングで言うか。
 絶句していると、今度は掌の中の志摩のものがぶるりと反応するではないか。
 僅かに肩を震わせ、背を丸める志摩にまさかと思った矢先、強く腕を引っ張られた。
 そして、

「……っ、んん……ッ」
「ぅ、うううっ!」

 掌の中、吐き出された精液は指の合間を縫って滲み出す。
 熱いとか気持ち悪いとかそんなことよりもやりやがったという気持ちのほうが強く、気持ちよさそうに深く息を吐き出す志摩に絶句していたところ、トドメが来る。

「まずいな、1回抜いたら収まるかと思ったんだけど……」


 掌の中、萎むどころか先程よりか膨張したそれに青褪める俺に、志摩は笑う。

「余計炊き付いちゃったみたい」

 信じられない。元より俺とは正反対の性格の持ち主だとは思っていたが、今度ばかりは俺もフォロー出来ない。というか、する気にもならなくて。

「……齋藤?」
「……」
「ごめんって、もう大丈夫だから。……多分」

 なんでそこで濁すんだよ。
 ぬるぬるになった掌を何度洗っても志摩の鼓動も熱もこびり付いたままで、それは感触だけではなく鼻も目も同じだった。忘れようとしても志摩の息遣い諸々が蘇ってなんかもう気がおかしくなってしまいそうな俺とは対照的に、その原因である志摩はと言えばスッキリしたような顔をしていて。それが余計、歯がゆい。

「こんなこと、してる場合じゃないだろ……っ」
「だから謝ってるじゃん」

 なんでそこでちょっとキレ気味なんだよ。

「と……とにかく、もう、ああいうことをああいう風にあれするのはやめてくれ……」
「齋藤、濁し過ぎて何言ってんのかわかんないよ」
「言ってくれたら、その、別に我慢しろとは言わないから……だから、乱暴なことするのは……控えてくれたら……」

 生理的なものを我慢しろなんてどこかの鬼みたいなことは言わない。けれど、やはり、志摩の対処は俺にとってあまりいいものではない。
 口籠る俺に、志摩は「たら?」と目を輝かす。 

「え?あ、いや、その……」
「何?齋藤何かしてくれるの?」
「し、志摩……っ」

 にやにやと笑う志摩に、また誂われているのだと分かり咎めるような視線を向ける。
 志摩は楽しそうに笑った。

「わかったよ、気をつけるから。だから、そんなに怒らないで」

「ムラっとする」なんて、全く反省していない志摩はなんでもないように続ける。
 どうしてそうなるんだと頭が痛くなってくる俺に、志摩は益々笑みを深くするばかりで。

「逃げるなりしてくれたらいいのにさぁ、本当、俺を付け上がらせるの上手なんだから、齋藤は」
「……志摩は俺に嫌がられたいのか?」

 とにかく、この雰囲気をどうにかしたくて沈黙だけは避けようと聞き返せば志摩は笑うばかりで。

「さあ?どうだろうね」

 なんて、なんでもないように躱す志摩は答える気がないのだろう。わざわざしつこく聞くような話題でもなかったので俺もそれ以上追及しなかったが、どうやらそれがまずかったのか。


「さて、と。それじゃスッキリしたところで行こうか」
「行くって?」
「栫井平佑を捕まえに」

 そう立ち上がる志摩に、つい「今からっ?!」と声を上げてしまう。だって、さっきの今まであれだ、匂いだってもしかしたらついてるかもしれないし、そもそもまだそういう覚悟が出来ていない。
 あまつさえ、素で困惑する俺に志摩は、

「今なら少しは色気が出てるんじゃないかな」

 なんて言い出す始末だ。どこまでが本気なのか、あまりの言い草に顎が外れそうになる。確かにと納得しそうになる自分を必死に引き止めながらでも、と俺は口を開いた。

「無理だって、まだ、心の準備が……」
「大丈夫、俺に任せて」

 それが一番心配なのだけれど。

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