side:阿佐美
ゆうき君の行動にはたまに、驚かされることがある。
内気で引っ込み思案かと思えば、形振り構わない行動に出る。例えば、今がそれだ。
電気を消した部屋の中。
発光するパソコンの画面に映る、監視カメラの映像を確認していた俺はそこに写ったゆうき君の姿に顎が外れそうになった。
右下に表示された撮影時間は十時過ぎ。なにかから逃げるようにこそこそと生徒会室の扉から出てきたのは間違いなくゆうき君で。
「……ゆうき君」
君はなにをするつもりなんだ。
あの完璧主義者な会長なら、今こんな状況でゆうき君を部屋から出すような迂闊な真似はしないはずだ。
少なくとも、俺が会長の立場ならそうする。
なのに、こうしてゆうき君は自由に出歩いているというということは、会長にとって予想外のやり取りが交わされたということだろう。現に、この映像が記録された時間帯には芳川会長の会議室入りの映像を確認した。
会長には同情するけれど、それでも俺は自分から動くゆうき君が嬉しかった。
いや、羨ましいのかもしれない。
ゆうき君には、無事でいてもらいたいのが本心だ。
あっちゃんのことを忘れたわけでもない。だけど、阿賀松伊織の身内ではなく、齋藤佑樹のルームメイトとして、……俺として、助けたい気持ちはあった。
だから。
生徒会室の扉からゆうき君の映像を、数分前、無人だったときのそれを上書きしてゆうき君の痕跡を消す。
問題は、ゆうき君の行動なのだけれど少しでもゆうき君の手助けになるなら、それでよかった。
「……」
これは、裏切りではない。冒涜でも、ない。あっちゃんは、関係ない。
高鳴る胸を必死に落ち着かせながら、そう自分に言い聞かせる。
俺は、友達を助けただけだ。込み上げてくる罪悪感と自己嫌悪に必死に蓋をし、暗示を掛けるように呟いた。
間違っていない、と。丁度、そのときだった。
ガチャリと扉が開かれ、差し込んでくる外の明かりにパソコンを閉じる。玄関口に目を向ければ、そこには安久がいた。
「うわ、なんだよ、いつも電気点けろって言ってんじゃん!」
「安久……」
「あれ?伊織さんたちは?」
先程までいた人間がいないことを不思議に思ったようだ。
ずかずかと上がり込んでくる安久から視線を外し、少しだけ迷いながらもゆっくりと口を開いた。
「あっちゃんは……理事長から呼び出しがかかって出ていった」
どれくらい前だろうか。ゆうき君と電話で話したあと、やってきた教員にあっちゃんは連れて行かれた。
理事長とはいっても、あっちゃんにとってはお祖父ちゃんだ。なにも心配することはない。そう周りのやつらは言っていた。
だけど、安久は違うみたいだ。
「理事長からっ?……いや、大丈夫か、理事長なら……うん」
必死に自分に言い聞かせようとする姿からして、本当は気付いているのだろう。いくら大好きな家族だとしても、それ以前に相手は一つの学園を仕切る教育者だということを。
だから、敢えて俺はそれに気付かないふりをする。
「安久、そういうえば方人さんが安久のこと探してたよ」
「あいつは別にいい。それより詩織、あんた、齋藤佑樹と仲良いんだよな」
唐突に、安久の口から出てきたゆうき君の名前に、つい俺は「え」と手元のマグカップを倒しそうになる。
慌てて、牛乳が注がれたマグカップを手に取った俺に、安久は「トロそうなの同士気が合いそうだしピッタリだもんな」と皮肉な笑みを浮かべた。減らず口は健在のようだ。
「……ゆうき君が、なに?どうしたの?」
「あの、その……あいつがなにが好きとか知らないか?食べ物とか……」
今度こそ自分の耳を疑った。安久がゆうき君の好物を?なぜ?目の前でゆうき君の好物をぶち撒けて嫌がらせでもするつもりなのだろうか。
それなら教えるわけにはいかない。
「どうしてそんなこと聞くわけ」
とはいえ、なにか理由があるのなら知る必要がある。
どことなく歯切れの悪い安久に尋ねれば、安久は「伊織さんには言うなよ」と口を開いた。
「……なるほど、ゆうき君をね」
「絶対伊織さんに言うなよ!」
「言えないよ、そんなこと。第一、今更ゆうき君の機嫌取ろうとなんて無理だ」
「で、でも、あいつはちゃんと考えるって言ったんだから」
「そりゃ、安久に言われたら誰だってそう言うよ」
まどろっこしいことを嫌う安久にはハッキリとものを言った方がいいと記憶していたが、やはりここまで言われると安久も傷付くらしい。
「どういう意味だよ」と顔を強張らせる安久の身に纏う空気が変わったが、手を出すような真似をしてこないだけましか。
「……そういうところがだよ。第一、ゆうき君があっちゃんを助けた場合メリットがない」
「あっちゃんはゆうき君を許さないだろうし」と呟くように続ければ、僅かに青褪めた安久はそのまま視線を落とした。
「でも、じゃないと伊織さんが……」
「無理だよ、あっちゃんの処分は誰でも避けられない。君だって知ってるんだろ、二年前のこと」
「二度目は留年だけじゃ済まない」そう、そういう約束だったんだ。
それはあっちゃんもよく知っているはずだ。
俺たちにとって、少なくともあっちゃんにとっては安易に忘れられるようなことでもない。
だからこそ、今回あっちゃんが落ち着くことができているのだろうが。
そんな俺の態度が気に入らなかったようだ。目を吊り上げた安久は俺の胸ぐらに掴み掛かってきた。相変わらずの馬鹿力。
「お前、伊織さんの弟のくせにどうしてそんな言い方出来るんだよっ!自分の兄に濡れ衣着せられてさ、ムカつかないわけ?僕ならムカつくね!濡れ衣着せたそいつを八つ裂きにして臓物刻み込んでも許せないッ!」
「別に、ムカつかないとは言っていないよ。だけど今回の落ち度はあっちゃんの方にある。会長の方が上手だったんだ」
「詩織ッ」
吠える安久の手を振り払い、立ち上がった俺はテーブルの上に置かれたビニール袋を手に取った。
「それに、濡れ衣を着るのはあっちゃんじゃない」
「俺だよ」と袋の中、薬品と一緒に入っているニードルを手に取った。
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