尻軽男は愛されたい


 木江兄弟でお使いネタ

 八月某日。
 夏休み真っ盛りにも関わらず、俺は駅前のスーパー店内にいた。隣でむすっとしながらカートを押す十和を一瞥し、俺は溜め息をつく。

「なんだよ、その溜め息は。元はと言えばお前が悪いんだろ!」

 こいつはいつの間にか読心術を使えるようになったのだろうか。溜め息ひとつで俺の心情を悟った十和に感心する。
 まあ、確かに俺も悪いかも知れないが一概に全部俺のせいかと言われればこちらにも言い分があった。

 遡ること数十分前。
 昼間遊び回って夕方に家へ帰ってきた俺が腹を空かせてリビングへと向かえば、テーブルの上に大層な料理が並べられていた。
 まるで好きなだけ食べろと言わん限りの料理を放置するわけにもいかず、取り敢えず俺は好物だけ食べる。
 テーブルの上の料理の半分くらいを食べ終えたとき、十和が帰ってきた。そして、冷蔵庫に入っていたケーキを食べようとしたところで無理矢理止められる。どうやら俺が食べていたものは、盆の親戚集会のための料理だったようだ。たまたま早く帰ってきていた母親が料理を作り、用ができて家を空けたタイミングで俺が帰ってきたと言うわけだ。
 そして、急遽義母に連絡を入れた結料理を作り直すため俺たちが買い出しに行くことになる。
 確かに毎年親戚が集まる日があったが、その度に友達の家に泊まっていた俺は詳しいことは知らなかったのだから仕方ない。
 いや、確か昨日父親がそんな話をしていたような気がするがまあいい。食べてしまったものは仕方ない、自然の原理である。

「おい、牛肉」
「俺牛肉じゃないもーん」
「取れって言ってんだよ!っていうかお前なにもやってねえだろ!」

 いつもに増してカリカリしている十和は、舌打ちをしながら肉売り場に歩いていった。
「ほんっと余計なことしかしねーな」とぶつぶつ小言を言いながら商品をカートに乗せる十和。図星なだけにカチンときた。

「余計なこともなにも、十和がもっと早く言ってくれたら買い出ししなくて済んだんじゃん」
「意味わかんねーこと言ってる暇あったら蟹取ってこいよ穀潰し」

 くそう、十和のくせに。
 顎を動かし命令してくる十和に、穀潰しもとい俺は渋々海鮮売り場に向かう。
 一番高い蟹を手に取って十和の元へ戻った。

「ばっかじゃねーの!?予算ぐらい考えろよ!」

 予想通りの義弟のリアクションに満足しつつ、不採用だった蟹を手に再び海鮮売り場に戻る。
 今度は無難な値段と大きさの蟹を手に十和の元へ向かった。

「そーだよ、最初からそれ持ってこいよ」

 どうやら今度は良かったようだ。
 素直に「わざわざ取ってきてくれてありがとう」と言えばいいものを、渋々受け取る十和になんとなくムカつきつつ俺は再び十和とともに行動する。
 店内を回り、義母から頼まれていた食材をカートに積んだ十和はそのままレジへ向かおうとした。

「十和十和」
「……なんだよ」
「お菓子買っていい?」
「はあ?バカかよ、もう余計なことすんな!外で待ってろ!」

 お菓子買っていいのか聞いただけなのにこの反応。
 俺がこっそりカートに菓子を投入するとでも思ったのか、キレた十和に半ば強制的にスーパーから追い出される。


 スーパーの出入り口前。
 自腹でアイスを買ってそれを食べていると、ビニール袋を両腕いっぱいに抱えた十和が出てきた。

「なに一人だけ食ってんだよ」
「んあ?いいっしょ。おいしーよ」

「十和もいる?」そう近付いてくる十和は、迷った末渋々小さく口を開く。
 両手が塞がっているので食わせろということらしい。
 なんだかんだ文句言いつつも暑さの下でアイスは魅力的なようだ。
 アホ面の十和ににやにやしつつ、俺は「ほら」と持っていた棒アイスを十和の口に近づけ、そのまま無理矢理喉奥まで突っ込む。
 アイスを口いっぱいに頬張った十和は、激しく噎せながら俺から離れた。
 アイスを咥えたまま「ひゃひふんはほ!」と涙目で睨んでくる十和に指を指してゲラゲラ笑えば、思いっきり脛を蹴られる。両手が塞がっていると油断していたら足だと。
 咄嗟に応戦しようとしたとき、十和の携帯に電話がかかってくる。恐らく義母からだろう。
 見境なく狂暴な十和と違い、理知的かつ大人な俺はハッと平静を取り戻し、両手口ともに塞がっている十和の服から携帯電話を取り出した俺は、そのまま電話に出た。

 義母からの電話の内容はこうだ。今から父親が車で迎えにくるからそのままケーキ屋に寄ってケーキを買ってこいとのこと。手短に用件だけを済ませる義母と通話を終了させた俺は、用件と十和に言い携帯電話を返した。
 因みに十和は普通にアイスを美味しそうに食ってた。なんかムカつく。

 数十分後。
 やってきた車に食材を乗せ、俺と十和はそれに乗り込んだ。
 助手席に十和、俺は後部座席に座る。父親と十和の会話を聞く限り、ケーキは親戚の子供のためだそうだ。
 親戚の子供にケーキ買うくらいなら俺にもお菓子買ってよと父親にせがんだら叱咤される。ついでに料理勝手に食ったことも怒られた。
 助手席の十和が笑っていたので後部座席から十和の後頭部に手刀喰らわせる。危うく車から降ろされそうになった。
 父親の運転する車が目的地のケーキ屋につくのに然程時間はかからなかった。


「余ったら好きなもの買ってきなさい」

 そう言う父親からケーキ代を受け取った十和は「わかった」と頷き車を降りる。
 ケーキ屋駐車場。好きなものという言葉に反応した俺は、「俺も俺も」と言いながら父親に手を出せば「小遣いじゃねーんだよ」と十和に怒られた。
 というわけで、俺と十和は車を降りケーキ屋に入る。俺たちを降ろした父親の車は、食材を乗せたままケーキ屋の駐車場から出ていった。
 一度家に戻って義母に食材を届けるとさっき父親が言っていたので特に焦らない。
 スタスタと足早に歩くせっかちな十和とともに、俺はケーキ屋に入店する。
 ケーキ屋店内。
 いかにも女が好きそうな柔らかい色合いの清潔な内装の店内に俺たちみたいなのは目立つようだ。
 まあ顔がいいから無理もないなと思いながら、俺はケーキ選びを十和に任せ、余った分の金で買うものを選ぶ。
 置いてあった買い物カゴを手に取った俺は、取り敢えず高そうなのをカゴに詰めた。

「じゃあ、これください」

 ショーウィンドウのケーキを眺めながら店員に声をかける十和。
「かしこまりました」そう言いながら店員はショーウィンドウを開きケーキを取り出す。

「十和十和」

 店員がケーキの用意をする合間を狙い、お菓子を入れた買い物カゴを持って十和の元へ向かった。

「……なんだよ、その顔」
「会計よろしく」
「戻してこい」
「十和ー買って買って!」
「戻してこい」
「金あんだろ、出せよ」
「戻してこい」
「……ぐすん」
「戻してこい」

 この後包装されたケーキがやってくるまで粘ったが、会計を済ませた十和は俺を無視して店を出ていくという暴挙に出たので諦めざるを得ないことになる。
 後日岸本にこのときの十和のことを愚痴れば、「兄が駄目だと弟がしっかりするんだね」と笑っていた。誠に憤慨である。

 父親と連絡を取り、再びケーキ屋まで迎えに来て貰った俺たちは車に乗り込んだ。十和は余った金を父親に渡し、俺たちを乗せた車はマンションに向かって走り出す。
 マンションの駐車場には、既に数台見慣れない車が停まっていた。車を降りた俺たちは、そのままエントランスへと行きマンションにある自宅を目指す。
 エレベーターで階を上がり、通路を歩いて『KINOE』と彫られた見慣れたネームプレートがかかった扉の前まで歩いていった。
 父親が率先して扉を開き、それに続くようにして俺と十和は玄関に上がる。
 部屋に入った瞬間、食欲をそそるような匂いが鼻孔を擽った。どうやらいくらかの料理が完成したようだ。ケーキを手にした十和の後についてリビングまで行くと、早くついた親戚組がソファーに固まってなにやら談笑していた。
 親戚たちに挨拶をする父親に促され十和は適当に挨拶をする。対する俺はやり過ごそうとするが父親に無理矢理頭を下げさせられた。首が痛かったが、親戚の中に歳が近い男前がいたので許す。
 その後、十和について台所で作業する義母の元へ向かえば「お疲れ様」と義母に迎えられた。

「ごめんなさいね、わざわざ手伝わせちゃって」
「いいって、別に。ほらケーキ」

 そう買ってきたケーキをテーブルの上に置く十和。
「ありがとう」そう言う義母に、十和が「だからいいって」と気恥ずかしそうな顔をした。
「大地君もありがとね」そんな十和にニコニコしながら、義母は俺に声をかけてくる。

「ええ、本当に」

 そう笑顔で答えれば、「てめーはなにもしてねーだろうが!!」と十和にキレられた。
 ちょっとした冗談だと言うのに、相変わらず頭が硬い。

「冷蔵庫にアイス冷やしてるから後で食べなさいね」

 そう苦笑をする義母に、さっそく冷蔵庫に近付いた俺は冷凍庫の中に入っているアイスを見付ける。カップアイスが二つ入っていた。

「これ、俺好き」

 ついてくるように冷凍庫を覗き込む十和は目をキラキラさせる。
「どっち?」二種類ある味のアイスに目を向けたまま俺は十和に尋ねた。

「……イチゴ」
「ふーん、似合わねえ」

 言いながら俺は、イチゴ味じゃない方のアイスを取り出す。
 むっとする十和だったが、自分の好きなイチゴ味が残されてるのを見て少し意外そうな顔をした。失礼なやつだ。

「あら、十和君は後で食べるの?」

 台所作業に戻る義母に問い掛けられ、十和は「うん」と小さく頷いた。
 アイスを手にした俺は、食器棚からスプーンを取りだしそのままソファーに座ってる若い親戚に絡みに行くことにする。
 終始十和がなにか言いたそうにしていたが、大したことでもなさそうだったので気にしないことにした。


 深夜を回り、集まってきた親戚たちは酔い潰れリビングで雑魚寝をしていた。
 歳が近い親戚を自室に連れ込み色々あって頭が冴えてきた俺は、アクビをしながらリビングへとやってくる。
 なにか冷たいものが食べたくて、冷凍庫を開けばイチゴ味のカップアイスが残っていた。特になにも考えるわけでもなく、俺はそのカップを手にとる。スプーンを持ち出し、自室でアイス食べようとリビングを出れば、不意に十和の部屋の扉が開いた。

「まだ起きてたんだ」
「関係ないだろ」
「うん」

 なんて会話を交わしながら、俺は部屋から出てくる十和と入れ違うように自室に入ろうとする。
「おい」不意に、十和に呼び止められた。

「……アイス、ありがとう」

 いきなり気難しそうな顔をしてそんなことを言い出す十和に、俺は「は?」と目を丸くする。
 心当たりが思い浮かばなかった俺だが、スーパーで食べ掛けのアイスを十和の口に突っ込んだのを思い出し「ああ」と納得した。
 食べ掛けのアイスを貰ってありがとうってなんか変態臭いなと若干引く反面、なんで今さらそんなことを言ってくるのかがわからなくて素直に疑問に思う。

「それだけ」

 そうわざわざ口にする十和は、俺から逃げるようにリビングへ歩いていった。
 なんだかんだ感謝の気持ちはあるということか。
 やけに素直な十和に驚きつつ、俺はアイスが溶けないうちに部屋へ戻る。

 翌日、取っておいたアイスがなくなったと騒ぐ十和に濡れ衣を着させられ朝っぱらから叩き起こされた。
「知らねーよ」と言い張ったが、部屋のゴミ箱からイチゴ味のアイスのカップが出てきて、言い争いは親戚巻き込んでの兄弟喧嘩に発展する。
 心身ともに傷つけられた俺に昨日食べたアイスからきた腹痛がトドメを刺しに来て、あまりのあれに新しいなにかに目覚めそうになったのはまた別の話だ。

 おしまい

 home 
bookmark