尻軽男は愛されたい


 愛斗視点で木江大地のあれこれ

「愛斗なんかもう知らねーし、バーカ!アーホ!分らず屋ー!」

 そう声を荒げる大地は、言いながら落ちているクッションを投げ付けてきた。
 自宅自室にて。
 飛んでくるクッションが顔面に当たる前に手で受け止めた俺に舌打ちをした大地は、「かっこつけてんじゃねーバーカ!」と捨て台詞を口にしながらバタバタと部屋から飛び出した。
 意味がわからない。一人自室に残された俺は、勢いよく音を立てて閉まる扉に舌打ちをする。
 なんなんだ、あいつは。手に取ったクッションを元あった場所に投げながら、俺はため息をついた。

 付きっぱなしのテレビに目を向ける。元はと言えば、対戦型テレビゲームであいつが連敗したのが原因だった。弱いから弱いなって笑えば、ムキになった大地がキレ現在に至る。
 たかがゲームでムキになる大地にも呆れたが、特に珍しいことではなかった。わざわざ後を追うのも面倒臭かったので、俺はテレビの電源を切りくつろぐことにする。
 勢いよく階段を降りる音とともに、下の階の玄関から物音がした。どうやら帰るらしい。長時間居座られても邪魔なので帰ってくれるのなら清々する。するけど、やっぱり言われっぱなしはムカついた。
 玄関から「お邪魔しましたー」と声が聞こえ、そのまま扉が閉まる音がする。ムカついて帰るっていうのにわざわざ相手の家に挨拶するやつになんとも言えない気分になった。

 大地がうちを出て暫く経つ。その時、窓の外から話し声が聞こえた。
 気になってカーテン全開になった窓の外へ目を向ければ、丁度真隣に立つ信楽家の相馬の部屋が見える。やつの部屋のカーテンも開いているお陰でよく部屋の中が見えた。
 昔はよく窓の外のバルコニーに出てお互いの部屋を行き来していたな。なんて懐かしい思い出に浸るのも束の間。相変わらず散らかった相馬の部屋の扉が勢いよく開き、先ほど俺んちを飛び出したばかりのそいつが入ってきたのを見て一瞬目を疑った。
 なんであいつが相馬の部屋にいるんだ。まさか家を出てすぐ相馬の家に行ったってことか。よりによってなんで相馬んちなんだと窓に張り付きながら、俺は後を追うように部屋の中に入ってくる相馬に目を向ける。

 不機嫌そうな顔の大地は恐らく俺の愚痴を言っているようだ。対する相馬は苦笑を浮かべながら宥めるように何か言っている。声は聞こえるが、壁が邪魔で肝心の内容は届かない。
 なんとなく嫌な予感しかしない。覗き趣味はなかったが、あいつのことだ。最悪、相馬になにもけしかけない可能性がないと言い切れない。
 電話かけて呼び戻すかと企むが、あいつのことだ。俺が謝らない限り相馬の部屋に居座る可能性がある。正直どう考えても勝手にあいつが逆ギレしているのになんで謝らないといけないのかがわからない。ということで、直接本人にコンタクト取るのはやめた。
 なにか話している二人に、どんな理由であれ他人の部屋を覗いている自分が恥ずかしくなった俺は自棄になってカーテンを閉めようとする。

 そのとき、ふと相馬の部屋に目を向ければ丁度大地が相馬に迫っているのが目にはいった。
 相馬に限ってそんなことはないと思うが、最悪の場合を想定した俺は慌ててガラス窓を開き、そのままバルコニーに出る。その後はもうあまり思い出したくない。
 そこから隣接した相馬の部屋のバルコニーに移るというアクロバティックな行動に出た俺は、そのまま相馬の部屋の窓を叩く。その時の俺を見るなり指を指し爆笑していた二人を思い出し、怒りを通り越して一種の羞恥を覚えた。

「だからなんもしてねーって。ゲーム借りようとしたんだよ、ゲーム。なぁ相馬」
「あ……ああ、まじだって。今回は」

 笑いすぎてすっかり臍を曲げていたことも忘れた大地は、そう笑いながら隣に座る相馬の腕を引っ張る。
 人の顔を見るなり噴き出しそうになり、更にそれを我慢してぷるぷる震える相馬は、必死に笑いを堪えながら頷いた。
 ものすごく屈辱的だ。しかも今回はってなんだ、前回はまじじゃないときがあったというのか。

 信楽家、相馬の部屋。
 ベッドに腰をかける二人に、椅子を借りた俺は顔をしかめ黙り込む。
 二人の話を聞く限り、どうやらただの俺の早とちりだったようだ。それじゃ俺が一人勘違いして隣の家に乗り込んだ馬鹿みたいじゃないか。実際そうなのだが、認めたくない。

「紛らわしいんだよ」
「愛斗が勝手に勘違いしたんじゃん」

 そう舌打ちをすれば、大地はまた思い出し笑いを始める。
 なにも言い返せなくなったのが悔しくて、俺は「うるせぇよ」と呟いた。
 ダメだ、これじゃどう見ても俺が負け惜しみ言っているようにしか見えない。

「つーかなんでわざわざこいつんちに借りに行くんだよ」
「だって近いし」
「近かったらなんでもいいのかよてめーは」
「当たり前じゃん」

 都合が悪くなったので咄嗟に話題を変えれば、大地は悪びれた様子もなくそう即答する。
 なにか言ってやりたいのに、あまりにも当たり前のように答える大地になにも言えなくなった。

「まあまあ、落ち着けって二人とも」
「落ち着いてる」

 仲裁に入る相馬にそう答えれば、その隣に座る大地は「落ち着いてるやつは隣の家に飛び移って窓に張り付かねーよ」と可笑しそうに笑う。
 こいつ、誰のせいだと思ってるんだ。言い返してやりたかったが、できるだけこの話題は蒸し返したくない。

「とにかく、相馬にまで迷惑かけんじゃねえよ」

 そう強引に話題を逸らすことにした。
 なにか言いたそうな大地だったが、「わかった」と渋々頷く。

「……でも、ゲーム」
「俺んちでやればいいだろ」
「愛斗ムキになるじゃん」

 どっちがだ。自分を棚にあげる大地に、俺は「なってねーよ」とだけ答える。
 暫く俺をじっと見詰めてきた大地は、「最初から言えよ」と笑みを浮かべた。なんとなく弄ばれた感が否めないが、機嫌を直したならいい。

「よかったなー木江、古賀にたくさん相手してもらえよ」
「相馬に言われなくても今夜は寝かせないからな、愛斗」

 泊まる気かよ。相馬に言われ、すっかり機嫌を直した大地は言いながらベッドから立ち上がる。

「帰るぞ」

 そう声をかければ、大地は嬉しそうに頷いた。
「あ、おい」椅子から立ち上がった俺は、大地と共に部屋を出ようとして不意に相馬に声をかけられる。

「古賀、窓から入ったから靴ねーだろ」

「裸足で家まで帰るつもりかよ」そう可笑しそうに笑う相馬に、つられて大地がまた思い出し笑いを始める。
 言われて、また自分がバルコニーを跨がないけないことに気が付いた俺はなんだかもう生きた心地がしなかった。
 結局、大地とは相馬の部屋で別れ、俺はバルコニーから自室へ戻ることにする。

 おしまい


「愛斗は?」
「部屋に戻った」
「ふうん」
「古賀が来たのは予想外だったな」
「ああ、あれだろ?俺は来るってわかってたし」
「邪魔されちゃったなぁ、せっかくいいところだったのに」
「お前が言い出したんだろ。仲直りできる方法って」
「てっきり失敗すると思ったんだけどな」
「お前が思ってるより愛されてんだよ、俺」
「自分で言うところがなんとも」
「うっせーよ。……んじゃ、愛斗待ってるだろうからそろそろ俺も帰るわ」
「おー、今度は古賀関係ないとき来いよな」
「気が向いたらな」

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