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笑顔ももはや笑顔の形をしているだけで、…そう、氷室はハッキリと怒っていた。




「…あ、ごめん…室ちん。」
「ごめん?何がごめん?言ってみろよアツシ?」
「……。」
「俺が何かしたか?」
「……、今オレに近付かないほーがいい。オレ変なこと…言いそうだから。」
「?」




どういう意味だ?と氷室の眉間にシワが寄る。紫原が唐突に意味の分からない事を言い出すのは別に珍しくはない。
だけど、今日のそれはいつものとは全く違う気がする。
なぜなら紫原の纏う空気が、真剣、…いや、深刻だからだ。

けれどここで「あ、そうですか」などと終われる訳はない。





「…帰るし。」
「ま、待てアツシ!」
「室ちん、マジ離して。」
「…なぁアツシ、何かあったのか?俺には言えない?」




紫原の服を咄嗟に掴んで引き留める。
今度は宥めるように、声を落ち着かせてなるべく優しく問い掛けてみせた。
紫原は自分を真っ直ぐ見据えるそんな氷室の左頬に手を伸ばしていた。



「…アツ、シ?」
「……室ちんは…」



紫原にとってその行動は無意識だったのだが、人より低体温の氷室の肌に触れたことで自然に閉ざしていた口が動いてしまった。




「…室ちんは、いつかオレの前から消えそう。」
「……は?」
「さっきみたいに笑って、いなくなりそう。」
「え?…なに?」




ポツリポツリと小さな声が上から降る。
氷室には紫原が何を言いたいのか全く分からない。
ただ、酷く傷ついたような顔で、悲しそうな眼で、自分を見てそう言う紫原から視線が外せない。




「黙ってどっか行きそう。オレ置いて、どっか行きそう。」
「な、なんの話をしているんだ…??」
「…わかんない。」
「えっ?分からないって…アツシが言ってるんじゃないか。」
「……夢、見た。」
「ユメ??」




氷室の頭上には幾つものQuestionmarkが浮いていた。
言っている張本人が分からない、ならば言われている俺はもっと分からないんだけど、と抗議したい気持ちになる。
だけど頬に触れる紫原の手の平は、まるで硝子細工にでも触れているようかのように優しく、それを止めるように言ったりなど勿論出来ない。




「…どんなユメ?」
「室ちんが…」
「俺が?」
「……別れよって笑って言うの、そんでそんままオレの前から消える夢。」
「――…え?」
「起きたとき、…吐きそうになった。」
「アツ、」
「…室ちんの手、掴んだけど、ダメだった。その感覚がなんか残ってて…」




そこまで言って、頬に触れていた手を離した紫原はその手を見つめて「気持ち悪い」と言った。
その時の紫原の表情は顔面蒼白にも似たもので、氷室は早く何か言わなければと頭をフル回転させた。



つまり、夢で俺はアツシに別れを告げた。
そしてアツシの目の前から消えた。
……それに対して…目の前の恋人が、これほどまでにDamageを受けたということか。
あの、アツシが。
そう理解した途端、氷室の胸は言い知れない想いでいっぱいで、はち切れそうになっていた。
(切ない、嬉しい、愛おしい)


どうしてこんなにも自分を必要としてくれるのか。
どうしてこんなにも、自分を欲してくれるのか。

どうしていつもいつも
(…俺の居場所を作ってくれるんだろう。)





「…行かない。」
「……室ちん?」
「なんで俺が何処かへ行かなくちゃいけないんだ?」
「…。」
「俺はアツシの傍にいるのに。そんな夢を見るなんて、酷いじゃないか。」
「……うん、」
「それともアツシは俺と別れたいのか?」
「んな訳ねーし。」




そこで即答してもらえるとは、と氷室はまた嬉しくなって笑ってしまった。
笑った氷室を見て今度は紫原が眉間にシワを寄せる。




「…笑うなし。オレまじ気持ち悪かったんだから。」
「ああそれ、その"気持ち悪い"、っていうのがどういう意味か分からないんだけど…」
「だからさぁ…、気持ち悪いじゃん…室ちん居なくなったらダメになるとか…なんか依存症みたいで気持ち悪いでしょ。」
「…………、」
「ほら、引いた…。…だから言いたくなかったのに…」




そう言いながらまた青い表情をして口元を覆う紫原を氷室は目を丸くして凝視していた。

引いたのではない。
ただ、時が止まったように身体がカチンと固まっただけだった。

嘘をつくことが出来ず、思ったことを噛み砕いて言うことも出来ず、ただ真実を真実のままに口にする紫原を、氷室は赤くなっていく顔を隠すことも忘れて、凝視してしまっていた。




依存症…
依存症って。
依存しているのか。
(俺が居なきゃ…アツシはダメなのか…)




先程の紫原の台詞を思い返すだけで身体中、勿論、顔にも熱が溜まるのは仕方がないことで。
暫し呆けてしまうのも仕方がないことだと氷室は思った。




「…室ちん?」
「……、…あ、」
「え?何で顔赤いの。」
「…いや、えっと、あ、アツシこそ…顔色悪いの大丈夫か?」
「…んー。…あれ?…もう大丈夫みたい。」
「じゃあ、か、帰ろうか。」




指摘された顔を紫原から少し反らして、その事実をごまかすように「早く一緒に帰ろう」と提案した氷室の手を、一回り大きな手が握りしめた。




「ねー室ちん。」
「?」
「マジでいなくならないでね。」
「……、…ああ。」
「うん。ずっと一緒にいてね。」






まるで将来を約束するかのような言葉に、氷室の心が激しく揺さ振られる。

どこまで本気かは分からない。
そこまで深い意味じゃないのかもしれない。

だけど泣きたくなるようなその優しい言葉に、震えそうになる声を必死で堪えながら


「Sure」


そう、小さく答えるのが精一杯だった。







〜END〜








********


もし逆の立場なら氷室兄さんは自分をごまかして去っていきそう。
だから紫原くんには室ちんの手をしっかり掴んでいてほしい。

ていうか紫原くんは氷室兄さんを離してはいけない義務がある!

あー紫氷だいすき(結局ソコ)





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