好きキライを克服せよ







(あ、また残してる。)

それ以外はキレイに片してるのに。
白い丸皿の上にちょこっと乗せられたままのオレンジ色を見て、思った。




「敦、」
「ん?なに?」
「まだ残ってるぞ、それ。」


指差して指摘すると敦の顔はわかりやすいくらいに歪んだ。
でも無言でフォークを手にしたかと思いきや、それをプスリと刺して持ち上げるもんだから「お?食べるのか?」と俺は目を丸くしたのだけど。



「はい、室ちんあーん。」
「………。」


ああ、やっぱり。
(あーん、じゃないよ…)
敦が素直に言うこときくなんて少しでも思った俺が間違っていた。
ガクッと肩を落とすと、それをキョトンと見下ろしてくる敦に、前に座っている先輩達が口を開く。




「相変わらず食えねぇのかよ敦。ガキかお前は!」
「敦、人参は栄養いっぱいアルよ。」
「おい劉、こいつにこれ以上栄養は要らねーぞ」
「…それもそうアル。」




部活帰りのファミレス、こういう会話は珍しいものじゃない。ただ今日は岡村主将がいないだけで、敦がニンジンを残すこともそれを福井先輩がツッコむことも見慣れた光景だ。




「いい加減食ってみろよ、お前が食ってる妙な味の菓子より美味いかもだろ?!」
「え〜…じゃあ福ちん食べれば?はい。」
「要らねーし、福ちんて言うな!」



俺はともかく福井先輩にまであだ名を付けて平気で呼べる敦ってすごいな、と改めて思う。
福井先輩も逐一注意はしているけれど多分ほんとはとっくに諦めてるし、赦しているんだろうな。

呑気にそんなやりとりを眺めていると、今度は劉が加わった。



「敦、食べたらご褒美、だったらどうアル?」
「え〜なにそれ…。」
「全部残さず食べたら何でも一つ我が儘きいてやるアル、…………氷室が。」





………ん??
えっ??
今『氷室が』って言ったか!?
(劉お前なに適当なことを…!!)



ちょっと待て、と言おうとするより先に口を開いたのは敦だった。

「…それほんと?」
「中国人嘘言わないアル。」
「ちょっ…、劉!!」
「あ〜?つか劉お前けっこー嘘つきやがるくせに何ほざいてんだ。」



なぜか乗り気の敦
嘘くさいくらい真顔の劉
慌てる俺
そして冷静にツッコむ福井先輩

……なんだこの展開は…。



脱力こそしたものの、だからといって敦がそんな事でニンジンを食べる訳がないと思っていた俺は、次の敦の言葉に大袈裟に反応してしまうことになる。
だって。



「…その言葉嘘だったらオレ、キレるからね。」
「…えっ?!敦??!」
「室ちん、言うこときいてくれるんだよね?」
「え、いや…っていうか、食べれるのか?」
「…………頑張る。」



少し青い顔でニンジンを刺したままのフォークを見つめてそう呟く敦に、福井先輩と劉も目を丸くして驚いている。
勿論、俺が一番驚いているんだけど。

『とにかくイヤ、とにかく無理』という理由から、敦がニンジンを食べる姿は今まで一度だって見た記憶がない。
残してるのを注意しても結局食べることなんてなかったのに。

何で今日は…
(何が敦をそうさせたのか…)

今にも倒れそうなくらいの真っ青な顔で、本当に食べれるのだろうか

少し心配になりながらまさに今好き嫌いを克服しようとしている敦を見守る俺と福井先輩。
劉が「お前たちオカンアルか」とツッコむ。

と、次の瞬間、
ーーーーー……ぱくん。




「…食った。」
「あ、敦…」
「だからお前らオカンか。」



残されていたニンジンは一気に敦の口の中へと入っていって、敦はこれでもかというくらいにギュウッと目を固く綴じたまま、ごくんとそれを飲み込んだ。
(あれっ?!ちゃんと噛んでたかいま??!)





「やれば出来んじゃねーか。」
「うん、よく頑張っな敦。」
「……たかがニンジン食ったくらいで…お前たち甘やかせすぎアル。」
「つか劉てめぇさっきから"お前たち"にオレを含めてんじゃねーよ。」




ドスッと福井先輩の裏拳が劉の鳩尾に綺麗に決まって劉は無言でテーブルに倒れ込んだが、それはまぁどうでもいいとして。


「大丈夫か敦?」
「…、……あ〜もう二度と食べない…死ぬかと思ったし。」
「敦、ニンジン食べたくらいで人は死なないぞ。」
「室ちん木吉みたいなこと言うのやめて。」



本気でうざい、というような目で見られたかと思うやいなや、俺の腕は敦に持ち上げられて、二人立ち上がる形になっていた。



「…あ、敦?」
「じゃ帰ろ、室ちん。」
「えっ?!今すぐか??」
「うん、だって1個言うこときいてくれんでしょ?」
「……えーと…(嫌な予感しかしない…)」




笑顔がひくりと引き攣る。
ちらりと福井先輩に助けを求める視線を送ってみたものの、福井先輩の瞳は『何かあっても骨くらいは拾ってやる、よし、行ってこい』と語っていた。

こんなことになってしまった原因を作った劉に至ってはテーブルに突っ伏して屍化している始末。




「早く行こ、室ちん。」
「いや、えっと…、」
「大丈夫、ひどいことしないから。」
「……………………、」




目の奥を獣のように輝やかせながらシレッと言われた言葉にピシリと固まってしまった。
もはや劉を恨むとかそういうことを言っている場合ではなく、本気で自分の身を案じたほうがいいのかもしれない。

ファミレスから無理矢理連れ出された俺は、車も通らない夜の田舎道で寮に帰るまでの間、敦の背中を見ながら真剣にそう思っていた。









(おい劉起きろー、起きねーと支払いお前持ちにすんぞ。)
(……う、)
(敦と氷室、一銭も払わねーで帰りやがったからな。)
(うう…、留学生カネないアルよ…)
(………よし、岡村よぶか。)








〜END〜






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陽泉のみんなだいすき!

黄笠(海常)ver.もあります(・∀・)





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