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case:紫原と氷室












「……本当に意外だな。」






ぽつりと呟いた言葉は2歩ほど前を歩く紫原の背中に向けられたものだった。


監督命令による深夜の肝試し。
一応待ち合わせ時間に遅れることなく参加してみせた紫原だが、いつもの「面倒臭い」とはまた違った雰囲気を纏っていた。

二人一組でスタート。
先にスタートしたチームメイトの福井と劉を送り出す時もどこか上の空だったような気がする。

そしてそれは何故なのかと考えている間に、紫原と氷室もスタートの時間を迎えていた。
その時、ブドウ味のアイスキャンディーを啣えながら、紫原は氷室に声をかけた。



『…あのさ室ちん。オレあんまこーゆーの得意じゃないからさっさと済ませたいんだけど…室ちん平気?』



意外な言葉だった。
お菓子が好きだったり、負けず嫌いだったり、すぐに挑発に乗ったり…色々子どもっぽいところがあるとは思っていたが、こういう系が苦手だとは思わなかったのだ。

ただ、それでも紫原の言葉の中には自分を心配する要素が含まれていて、それを氷室は素直に嬉しいと感じ、クスリと小さく笑った。



『…俺は平気。怖くないよ。』
『あ、そーなの?』
『意外か?』
『んー…ってゆーか室ちんて"意外の塊"だったね、そーいや。』
『…なんだそれは。心外だな。』



そんな会話のあと、真っ暗な墓地の中を二人は目的地目指して歩きはじめた。

…5分程歩いただろうか。

先程ぼそりと呟いた氷室の言葉に紫原がようやく振り返る。




「何か言った?」
「あ、いや…別に。」



咄嗟に口を噤んだのは、紫原の性格上「オバケが怖いのは意外だった」としつこく言わない方が恐らくbetterだろうと思ったからだ。

そんな氷室にすっかり中身のなくなった、もはやただの細い棒と化したアイスキャンディーのそれを口元でぷらぷらと揺らしながら紫原は尋ねた。




「…室ちんさ、霊感ってある?」
「霊感?」
「うん。こーゆーの平気みたいだけど…それって見えたりしないから平気ってことかなーって。」
「ああ、そうだな。見えないし感じない…っていうか…信じてないから怖くないのかもな。」



にこりと笑って答えると紫原は少し険しい表情に変わった。
その変化に気付かない氷室ではない。
あれ、何か気に障るようなことを言ったかな…と首を傾げて紫原の様子を窺う。




「…アツシ?」
「……あー…やっば…、すっげぇ数…頭痛くなってきた…」
「?え??」
「…ごめん室ちん、ちょっと走っていい?」
「え、っ…うわッ…?!!」




突然すごい力で腕を引かれて氷室は前のめりになりながらも持ち前の反射神経でそれを堪えた。
自分の腕を掴んだまま走る紫原の足手まといにならないように氷室も全力で走る。

先程の場所から数十mのところでようやく紫原の足は止まった。
墓地の中心だろうか、立派な大木が聳え立っている。
氷室はそこに片手をつき呼吸を整えるように深呼吸を繰り返した。




「…っはぁ…は、…一体なんなんだ…」
「はぁ…、…ごめーん。大丈夫?」
「馬鹿にするなよ。お前より体力はあるつもりだぞ?」
「…わー…なにその超カッコイイ台詞…」




女子受けよさそうなんですけどー、と少し眉を寄せて皮肉っぽく言いながら、未だに掴んだままだった氷室の腕をぐいっと自分の方へ引っ張る。
ぐらりと揺れた氷室の身体はそのまま紫原の腕の中へとすっぽり埋まった。




「?あ、アツシ?」
「…。」
「え、いや、ちょっ…、さすがに今…汗臭いから、」
「……うん。走ったからね。」
「わ、分かってるなら離せって、ちょっ…アツシ!」




いくら気温が下がる真夜中とはいえ、真夏に全速力で走れば首筋や額に汗をかくのは仕方ないこと。
実際今まさに氷室の首筋には汗が滴となって流れている。

慌てて押し返そうと腕の中で藻掻くが紫原が本気で力を加えると氷室はそれに勝てるはずがないのだ。



「うっ、くそ、(…びくともしない…)」
「…室ちん、オレね。」
「……何だよ。」



何故かは解らないが今は抵抗しても無駄のようだ。
どうやら解放する気はないらしい。
…そう悟った氷室は諦めて大人しく抱きしめられることにした。
さすがに気恥ずかしくて顔を俯けて返事をする。



「…もともと霊感とかないんだけどさ、中学ん時、赤ちんの傍にいることが多くてさ…」
「赤司君?」
「そう。赤ちん霊感ハンパなくて…周りにいたオレにも影響でるくらいだったんだよね。」
「…だから幽霊が怖いのか?」
「は?何言ってんの?」



むか、と表情を歪ませる紫原に氷室は「あ、しまった。(やっぱり地雷だったか…)」と思った。
じろりと睨みつけられて、その視線から逃げるように再び俯く。




「別に怖くねーし。だって見えねーもん。…ただ何か感じるんだよね。頭とか耳とか痛くなんの。」
「……だから…得意じゃないって言ったのか。」
「うん、そう。」
「さっきいきなり走ったのも…その、いたから…なのか?」
「…そう。てゆーか普通にココめっちゃいる…」




そう言ってコツンと氷室の肩に額を乗せる紫原。
先程よりも強い力でぎゅうっと抱きしめてくる逞しい腕に氷室は戸惑うばかりだ。



「だ、大丈夫かアツシ?頭痛いのか?」
「…んー…。赤ちんはさ…自分でオバケとか幽霊とか?退治できてたの。」
「か、彼はどこまでも凄いんだな…」
「オレは…感じるだけで祓ったりできないから…マジさいあく。」



どこか辛そうな声に氷室の腕は自然に紫原の背中へと回り、宥めるようにその背中を摩っていた。
よしよし、とまるで小さな子どもをあやすように。




「…室ちん?」
「きっと…大丈夫だよ…」
「え?」
「…昔アレックスから聞いたんだけど…オバケって、その、こ、こうしてる人間には寄ってこないんだって…」




モゴモゴと言いづらそうに言葉を綴る氷室に紫原はどういう意味だろう、と問おうとして、ふと気付いた。
視界に入る氷室の首筋や耳が赤く染まっていることに。


ぷつり、と紫原の中で何かが切れた。




「…ねぇ室ちん、こうしてる、ってどうしてるってこと?」
「そ、それは…え、えっと…」
「たしかに…なんか、頭痛いのマシになってく。」
「ほ、本当か?!」
「…これ室ちんのおかげ?…だったら、」
「アツシ…?」
「お願い、室ちん。…もっと、」




――――助けてよ、





氷室の耳元で囁くように言った言葉。
だがそれは助けを求める悲痛な叫びなどではなかった。

高ぶる欲を己の中に押さえ込んだような
聞いた瞬間にぞくり、と背筋が戦慄くような
その声だけで身体が熱くなってしまうような

そんな、
艶めかしい声だった。






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