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case:福井と劉









「ひぃいぃっ?!!!」
「…。」


ガサッという些細な音にさえビクつく様子が面白く、劉はむくむく育ってしまった悪戯心から、無意識に福井の後ろ首筋にツツツと指を滑らせてしまっていた。

その結果が冒頭の奇声である。

何事もなかったかのように指を引っ込め、「どうした?」とすっとぼけた視線で返す。
振り返った福井の尋常ではない焦り方に思わず目を丸めて立ち止まった。



「いっ、い、いいい今っ…首っ、くびに、なんかっ…なんかっ…」
「……。」



ぶはっ、と笑ってしまいそうになるのを堪えて劉は無言で福井のその様子を観察した。
(無言で、というのは少しでも口を開けば爆笑するであろうと彼自身が理解していたからである。)

劉の顔立ちは口を噤むと殊更クールな雰囲気を纏う。
終始ビクビクと辺りを気にする福井にとって、隣に歩く人物があまりに冷静かつ平静というのは少し辛いものがあった。

「…福井、ビビりすぎアルよ。」
「ぅぐっ…ちょっ、ちょっと驚いただけだろ!その、あれだ、…不意打ちだったしっ」
「……。(…くくっ、…やばい腹痛いアルっ…)」
「な、なんか当たったと思ったんだよ…」



バツが悪そうにプイッと顔を背けて、思う。
ヤバい、と。

年上で先輩、という揺るぎない立場がぐらっぐらに緩いでしまっている今のこの状況。
「ヤバいぞこれは」と福井は内心焦りを感じていた。

なぜなら福井にとって劉は、もっとも情けない姿や弱い姿を見せたくない相手なのだ。
なのに、既に十分すぎるほどその姿を晒している。

ヤバい、このままじゃダメだ。
…そうは思っていても苦手なものはどれだけ我慢しようが強がってみようがそう簡単には克服できるものではない。
誰にも弱点の一つや二つはある。
福井にとってその一つがこういった類いのモノだっただけなのだ。




「…肝試しっていうからどんなもんかと思ったけど…墓地の中歩くだけアルか。」
「そ、それが気味悪ぃんだろがっ…」
「あ、福井、前、」
「ひぇっ!!!!!??」
「……ぶっ、くくっ、…前に木の枝伸びてるから気をつけろって、言おうとしただけアルっ…」
「りゅ、劉…てめっ…笑ってんな!!」




福井の間抜けな声につい、我慢は限界に到達。
とうとう吹き出してしまった劉はそれでも己の手の平で口元を押さえて、必要以上の笑いは堪えてみせた。

対して福井は羞恥で顔を紅潮させながら劉の脇腹にドスッと拳を叩きこんだのだが、その攻撃はあまりにも小さなもので。

むしろそうされることを劉自身、望んで受け入れていることに気付いてもいない。




「っ…くそ…、何だよお前っ…肝試し初めてだったら普通少しくらいはビビったりするモンだろ…可愛いげねー…」
「(……福井は可愛いすぎて見てて飽きないアルな。)」



今すぐ押し倒したくなって困るケド、ぼそりと呟いた台詞は風に揺れる木々の音に掻き消されて福井の耳までは届かない。




「んあ?なんか言ったか??!」
「…別に何も言ってねーアル。」




ごまかすようにニコリと笑顔を作る劉に福井は溜め息で返した。

そんなこんなのやり取りを繰り返しながら一歩一歩、目的の場所へと向かう二人。

そしてついに目的地…ゴールである本堂に辿り着くと、本堂の奥に荒木監督の言っていた蝋燭を発見し、ようやく終わりが見えた肝試しに福井は安堵の表情を浮かべた。
蝋燭に火を点せば終了である。

帰りはこの蝋燭の傍に置かれた懐中電灯を使用して学校まで戻ることを許可されている。
つまり帰りの道のりは行きとは違い明かりがある分、随分と恐怖心が軽減されるのだ。




「劉、ライターよこせ。」
「…これで終わりアルか?福井のビビり具合が面白かっただけで何も怖くなかったアル。」
「うっ、うるせーばかっ、いいからライターよこ―――…ん?」
「…あ、」




辺りは暗闇。
本堂も目が慣れればうっすらと周りが見えるだけで決して明るくはない。

そんな中、気付く違和感。
本来ここに居るのは2人のはず、が、第三者の気配を感じる。
薄暗い空間に、何者かが「はぁ…はぁ、」と苦しげに呼吸をするような…お世辞にも気味が良いとは言えない音が聞こえるのだ。




「……、……え…?」



急激に口の中が乾いて、ようやく出た声はひどく掠れていた。恐怖のあまりか福井の身体は石のように固まって動かない。
この状況にさすがの劉も眉を寄せた。



「…何か居るアル。」
「ど、どっ、ど…、どうっ…」



どうしよう、という短い単語さえ上手く言えない福井のガチガチと震える身体を劉は己の腕の中に抱きこんだ。

普段ならスキンシップに慣れていない福井が怒鳴りそうな行動だが、今回ばかりは暴れることもなく、腕の中で大人しくしている。
そんな余裕がないのだろう、と劉も理解していた。




「…福井、落ち着けアル。」
「うっ、う、、」
「ライター…よし、明かり点けるアルよ。」
「りゅ…りゅうっ、待っ…(怖ぇ怖ぇ怖ぇ!!!!!!!!!!)」
「悪霊退散アルっ!」



どこで仕入れた知識なのか、そんな台詞とライターの光、加えてなぜか十字架を切る仕種……と色んなものをごちゃまぜにした感たっぷりに、劉は叫んだ。

ぽっ、と点った明かりによって本堂の中の様子は数秒で明確になってゆく。

第三者の気配と、何やら気味の悪い呼吸の正体は、劉と、彼の腕の中に収まった福井のすぐ傍に存在した。

真っ黒く、大きな影。
それこそ2mは軽く超えているのではないか。
顕わになったその姿を目にした瞬間、福井の咽はヒュッと冷たい空気を取り込んでいた。

そして。







「…ひっ…、っ、ぎゃああぁああぁっっ!!!!!!!!」








…阿鼻叫喚とはまさにこのことだろうか。

耳がおかしくなりそうなくらい大きな叫び声を挙げた後、パタッと気を失ってしまった福井を見下ろしながら劉は冷静にそう思った。

少し重さの増した福井を未だ抱えながら、蝋燭にも火を点す。
そしてようやく、溜め息混じりに口を開いた。




「……何やってるアルか、アゴリラ。」
「い、いや、ワシその…監督に頼まれてじゃな…。1番気の緩むゴールで驚かしてくれって言われて…」



第三者の正体は、そういえばスタート地点には居なかったな…と思っていた岡村だった。
予想を遥かに超えてチームメイトを驚かせてしまったこの現状に、そうさせた張本人である岡村が誰よりも驚きと焦りを見せている。




「…福井、気失ったアルよ。」
「わ、悪いことしてしもうたな…。まぁ…立っとっただけなんじゃが…。」
「何か息がキモかったアル。」
「……だって着ぐるみ暑いんじゃもん。」



そういって熊の着ぐるみを纏った岡村がシュンと項垂れると、劉は心底うざいアル、とまるで氷のように冷たい視線で岡村を一瞥した後、懐中電灯を片手に持ちその場から早々に立ち去った。




(…やってみたいと思ってはいたけど…こんなタイミングで"お姫様抱っこ"する日が来るとはさすがに思ってなかったアル…。)



青い顔で気を失っている胸の中の福井を呆れたように見つめながら、その額に浮かぶ冷や汗を唇で吸い上げる。
そのままカサついて色気など皆無に等しい唇にもチュッと触れるだけのキスを落とした。

ふと超至近距離で見つめると、どこか間抜けな福井の気絶顔に一度鎮まった笑いがまた、沸々と込み上げてきて、




「…ふっ、くく、…っ、…マジ腹痛ぇアル…っ」




我慢に我慢を重ねていたが、一度堰を切ったものは止めようがない。
自分でも「こんなに可笑しいのは一体何年ぶりだろうか」と思ってしまうほど、劉は爆笑していた。


…そうして劉偉にとっての初めての肝試しは、恐怖ではなく爆笑体験として彼の記憶の中に深く刻まれることになったのである。






〜END〜








********


劉→福(片想い)でも、劉福(付き合っとる)でも…どっち目線でも読めるように書いてみました。

結果、やはり劉が福井サン大好きなだけという(・∀・)

福井さんが幽霊とか苦手だったらいいな〜という妄想の産物でした。

劉は怪奇現象系にもシレッとしてそう(そうであってほしい。)
氷室さんもそういうのは怖くない派だから2人が揃うとマジ最強(・∀・)

次は紫氷編です。




2014/8/13
キサラギハルカ




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