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福井は言葉を失っていた。
なぜなら前方、数メートル先に有り得ない光景が広がっていたからである。

そして、思うのであった。

己の人生において『有り得ない出来事』をもたらすのは、どうしていつもいつもコイツなのだろうか、と。

そんな福井の呆れた視線の先、大学の校門前ではザワザワとちょっとした見物客ができている。



(……劉…あの馬鹿…何やってんだ…。)



溜め息が漏れそうになるくらいにそう思いつつも、出口であるその場所には近付くしかなく。
その数メートルの距離を歩く中、女子たちの意外な言葉に目を丸めた。




「うわっ…なに?なんかの撮影??」
「すごっ、背高っっ!!スタイルよすぎ!!」
「バラの花束超似合うんだけど!!なんていうモデル??俳優??!!」




思わず「は?!」とツッコミ入れたくなるほどの讃辞の数々に、一体誰の事を言っているのか、と問いたくなる。

だが女子たちの視線は明らかに、校門前に立つ人物に注がれている。


203cmの長身。
ライトブルーのロゴ入りTシャツにネイビーのニットジャケット。
足の長さや太さが強調されてしまうが故に避けがちなベージュのパンツをサラリと穿きこなしている。
そんなカジュアルスタイルの足元に合わせたのはスニーカーではなく、カチッとした綺麗めのブラックのローファー。
誰がどう見ても抜かりない格好だ。


そう、普段は我関せず的な態度からそこまで目立つことはない。
むしろ常に劉の周りには紫原敦、氷室辰也という目立つ人物が存在した。

故に福井は知らなかった。
というより知ろうとしなかった。




(……えっ???何??…劉ってカッコイイのか??!)





…その通り。
そこそこ格好良かったのである。

普通に陽泉高校でも入学時からそういった意味で注目もされていた。
ただ、何度も言うが、劉偉という人物は殊更に他人に興味を持たない人物であったのだ。

モテようがそうでなかろうがどちらでも良い。
そんなスタンスでいるが故に、氷室が現れたことによって存在がやや地味になってしまったことに対しても「別に気にならねーアル」で済ませていた。

そんな劉が、今目の前で女子だけでなく男子生徒までもを振り向かせている。
それは外見プラス……問題のその花束が原因なのだろう。





「…おい、そこの馬鹿。」
「!…福井。」
「何してんだよお前…」
「?何って、福井に会いにきたアルが。」
「…。(花束持ってかよ…!!)」




この有り得ないシチュエーションでさえ、相変わらずのシレッとした表情と口調の劉に、福井はひくりと口角を引き攣らせ心中でそうツッコんでいた。





「と、とりあえず…ほら、帰んぞ。」
「福井のマンション近くアルか?」
「ああ。…ん?お前まだ来たことなかったか?」
「ないアル。…その言い方だと私より先に誰か行ったことあるみてーだな…」
「いやお前、どこでキレんの?!」
「誰アル…?」
「…岡村だよ。つか同じ大学だしアイツ。」
「はぁーー?!アゴリラ?!!信じらんねーアル!!よりによってゴリラ招き入れるとか福井有り得ねーアル!!!」
「あーもー…うるせー…」





くだらない会話をしつつ、早々にこの場から離れようとする福井に、後ろから次々と黄色い声が投げかけられる。




「えっ、あのひと福井君の知り合い?!!!」
「うそうそっ、友達?!」
「どういう関係?!!」




おそらく女子たちは『紹介してほしい』という気持ちから発した言葉だったのだろう。
しかし福井には『どういう関係?!!』という言葉がぶすりと背中に突き刺さり、何とも言い難い心境になってしまう。


どういう関係……
どういう関係だから、花束持って自分を待っていたのか。

友達でもなく、ただの元後輩でもなく。
いわゆる、『そういう関係』であることを意識すると、未だに平常心が保てないのだ。





まだ先輩と後輩という関係で一緒にバスケで汗を流したあの頃。

突然キスをされ、突然告白をされた。
息が止まりそうになるくらい真剣な顔で「抱きたい」と言われ、それを受け入れた。

卒業式では涙ひとつ流さない劉に対して思わず「可愛くねーな」とぼやいた。
そしたら人目のない場所まで連れていかれて(またもや)いきなりキスされて。




『おっ…ま、な、なにっ、すんっ…』
『………、福井。』
『はっ?!!(なんでお前が睨むんだっつの!!)』
『…大学行って、浮気したら許さねーアルよ。』





あの時の劉の瞳は、日本のヤクザ顔負けの迫力があった。
しかしその迫力の顔面に容赦なく鉄拳をかましたのも、さすがの福井というよりほかはなかった。






「…あ、そーいえば。」
「あ?」
「顔面殴られたとき以来アル、福井に会うの。」
「………いや、あれは殴ったっつーか…、ツッコミ??みてーな…?」
「顔面にツッコミ入れる奴なんて芸人でも見たことねーアル。」
「うっ…、」






お前が変なことマジな顔して言ってきやがるからだろ!!!という言葉をごくんと飲み込み、その後さらに数分歩いた二人は、大学生の一人暮らしをイメージさせるにピッタリの小さくて小綺麗なマンションにたどり着いたのだった。





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