どきどき初体験
オレは今、自分の頬を思いっきり抓ってこう思っていた。
―――痛い。
(夢じゃない。)
じわりと目に涙が受かんだ時、ドスッと腹に鈍い痛みが走って我に返った。
「うっ…!!痛っ…!!痛いけど…ううっ…!」
「泣くヤツがあるかよ。」
「だって、だって…っ」
だって、嬉しい。
痛さなんか直ぐにどっかいっちうくらい嬉しいんだもん。
ねぇ先輩。
自分で何言ったかちゃんと分かってる?
さっきの言葉、やっぱナシとか今更聞けないからね?!
オレは勢い余って先輩の両肩をガシッと掴んでそのまま部室の壁へ、ドンッと押し付けた。
(もうほぼ無意識。身体が勝手に動いちゃってた。)
「ちょっ…痛ぇだろが!」
「…だって…夢みたいで、…でも夢じゃないっスよね…??」
「ば、馬鹿、…夢じゃねぇよ。それにな、黄瀬、」
「…先輩…?」
「……もういい加減ハッキリさせとかねぇと男らしくねぇだろ。」
上目遣い超可愛い。
けど、凛々しくキリリとした瞳でそう告げられて、オレは改めて先輩の男らしさに惚れ惚れしてしまった。
先輩がもし森山先輩みたいに優柔不断なタイプだったら絶対こうはいかないだろう。
(ていうかそんな先輩、先輩じゃないから好きになんないけど。)
数分前、だ。
『あのよ、今日お前ん家行っていいか?』
『別にいいっスけど…、オレ手ぇ出さない自信ないっスよ〜(なぜなら明日は日曜日、しかも練習もない!)』
…まぁでもほとんど冗談で返した台詞だった。
だっていくらヤりたい、めちゃくちゃヤりたい、そう思っていても…オレと先輩はキスと、その少し先しかしたことがない。
先輩の嫌がること、恐がることはしたくない。大事にしたい。
……って思ってたら完全にタイミングを失ってしまって。
今日まで至る…というわけで。
だから部活後、二人っきりの部室でそんな会話になるのも別に不思議じゃなく、むしろいつも通り。
オレのさっきの台詞も今までに2、3回は言ってるヤツ。
笠松先輩はそれに対していつも顔を赤くして「ふざけんな!」と怒鳴った。
(その返しが可愛いくてワザと言ってる意地の悪いオレ。)
案の定今回も「お前な!」とオレの胸倉を掴んでグイッと引っ張ってきた先輩。
ぎゃーっ殴られる!顔はだめっ!
でも先輩だったら顔でもいい気もするっ!!!
…なんてことを考えてたオレに、まさか、あろうことか、先輩はブチュッと豪快かつ男らしいキスをしてきたのだった。
(この時オレ、目見開いて固まってたと思う)
いつもと違う。
でも先輩のビックリするような行動はそれだけじゃない。
続きがあった。
『せっ…せせせ先輩っ?!!!』
『…ずっと言おうと思ってたんだけど、…あのよ、俺お前とヤってみる。』
『………ふぁっ?!!!ななななな何を!!!!』
『……、…だから…、その…、せ、セックス…だよ。』
あ、これ夢だ。
なんていうんだっけ、こういうの。
起きながら見る夢。
白昼夢??夢遊病???
とにかく、夢見てるオレ今、絶対。
……そんなわけで冒頭にて思っきり自分の頬抓ってみたんだけど。
だけど今、オレに壁ドンされてる先輩は本当に凛々しい顔をしてこう言うのだった。
「……お前は…ヤんのか、ヤんねーのか、どっちなんだよ!」
「………。」
そう、夢じゃなかったのだ。
夢じゃないのなら。
そんなの、答えなんか、決まってる。
考えるまでもない。
だって、ずっとずっと我慢してきたんだから。
『おあずけ』が解除された今、答えなんか1つしかない。
オレは、興奮する気持ちを抑えながら先輩の顔をガン見して、言った。
「…やりたいっス。」
「……、じゃあ…やればいいだろ。」
その時の先輩の顔はオレの臓器という臓器を全部破壊しかねないくらい可愛いくて、オレはすでに反応しそうになってる愚息を落ち着かせるのに必死だった。
で、帰り道。
チラリと先輩の様子を伺ってみると緊張…しているのだろうか、右手と右足が一緒に出てて。
心配して話かけても先輩からまともな返事は返ってこなくて。
(……ぜ、絶対緊張してるよコレ…。)
そう気付くのに時間はかからなかった。
でも「やっぱりナシ」って言われても今更絶対やめられないし、やめたくないって思ってた狡いオレはそれに気付かないフリをし続けたのだった。
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