好きキライを克服せよ







「ほんと、マジ無理っす!!」



高級料理店に凡そ相応しくない声が響いた。

WC終了後、監督がこの一年の褒美にと気の利いたことを企画してくれていて、それがこの高級料理店、鰻専門店『うな重』だったのだが。
用意された特上鰻重に、皆が美味い美味いと連呼する中、妙に大人しくしているなと思ってはいたんだが。

突然黄瀬が青い顔して叫んだのだ。




「あ?」
「……に、睨まれても無理なもんは無理っス…」
「えっ!!黄瀬って鰻ダメなの?!!じゃあ本当に嫌で仕方ないけどこのキングオブ紳士の森山先輩が食べてあげよ、」
「黙れ森山。」



するーと伸びてきた森山の腕をビシッと跳ねのけて、俺はまた黄瀬を睨みあげた。
ううっと怯んでいるが関係ねー。

嫌いだろうがなんだろうが、これは監督が俺たちに褒美だと言って用意してくれたことだ。
食わない、いや、食えねーなんて言語道断ってもんだ。

そう説明するものの今回の黄瀬は頑なだった。




「…監督には申し訳ないっスけど、もはやそんなレベルじゃないんス…!!」
「いやどんなレベルだよ(笑)」
「ちょっ、森山先輩なに笑ってんスかー!!」
「とりあえず黄瀬も森山も黙れ!」




今日は監督が貸し切ってくれてるおかげで注意受けることはねぇだろうけど、本来こんな高そうな店でこんな騒いだら追い出されても文句言えねぇと思う。

で、注意はされないまでも…店員の視線がさっきからけっこう痛い!!!




「…何がそんなに無理なんだ?こんなに美味いのに。」
「小堀先輩、」
「鰻は皮が駄目だというやつが多いが…『うな重』の特上は皮まで美味いぞ?」



さすが小堀。
ものすごく冷静に丁寧に黄瀬を諭してやがる。
森山とはえらい違いだ、と思わず見ていたら森山がモグモグと口いっぱいに鰻重を頬張りながら「さすが小堀、笠松とは違うな」なんて俺とほぼ同じことを言ってきやがったもんだからビキッと蟀谷が引き攣るのも仕方ねぇ。

そんな中、黄瀬が弱々しい声で言った。


「皮…というか、骨がダメなんスよ…」
「は??骨???」


黄瀬の幼稚園児並の発言に俺は思わず口をポカッと開けてそう返していた。
鰻重食いながらだったから口の端に米粒がついていたのだろう、前の席の黄瀬の指がそれをピッと取ってそのままパクっと己の口に運んだ。

それはあまりに自然な流れで、驚くことも赤面することも忘れてしまっていた俺に構わず黄瀬が続ける。



「…そうっス。鰻は何千本もの恐ろしい武器を隠してるんスよ!」
「え、は??(つか今お前っ…俺の米粒っ…!!!)」
「黄瀬おまっ、武器って(笑)」



だめだ黄瀬は阿呆だ、と脇腹抱えて大爆笑寸前で堪える森山。
俺もそれに便乗したいが今になって顔が熱くなってきやがるせいでソッチを堪えるのに必死だ。




「ともかく、マジで無理っス。」
「うーん…黄瀬、ここの鰻重は骨の心配はしなくていいと思うぞ?口に入れた途端溶けるというか…ふわっとしてるし、」
「ぶはっ…小堀おま、それもはや食レポの域っ…!!!」
「……………誰か森山つまみ出せ。」



一度笑いのツボにハマった森山ほどウゼェもんはねぇ。とりあえず奥のトイレに押し込んでくるよう早川あたりに指示。
イエッサー!と早川が森山を退場させて、やっとまともな空気になった。




「黄瀬、小堀の言うとおり骨ならココのは問題ねぇぞ?」
「…嘘っス、鰻はそんな甘いモンじゃないっスよ先輩!!」
「……。」



なんだこいつウゼェ!!
いつもなら俺の言うこと素直に聞きやがるくせに!!

苛ぁっとしたのが黄瀬にも伝わったのか、またしょぼんと肩を落として俺の顔色を窺ってやがる。
その視線を無視するように、俺は残りの鰻重を掻っ込んだ。



「ったく、お前どんだけガキなんだよ」
「……だって〜、…あ、」
「あ?」



食べ終えるなり情けない黄瀬の目とぶつかったかったかと思えば、…油断した俺が悪かったのか、また黄瀬の指が口元を掠めた。

で。
またそれをパクっと……



「おっ、ま…っ、黄瀬、!!」
「え、えっ、??なに、なんで急に怒ってんの先輩!!」
「無意識かよ!!!」
「えっ!?てか先輩なにその顔!!スゲー可愛いんスけど!!!」
「っ……今すぐ死にてぇのかお前はっ!!」




黄瀬の阿呆発言の連発にオラァッと首締めの刑を実行した俺を小堀が慌てて制止にかかる。

そして制止しながら小堀は言った。




「まぁまぁよかったじゃないか。」
「は?!!何も良くねぇよ!!この馬鹿一回絞める!!」
「ぐるじっ…死ぬっ死ぬ〜」
「いやあのさ…黄瀬いま、笠松の口元についてた"鰻"を食べたんだぞ?」
「だからなんっ…、……………………あ?」
「…へっ??」



ピタッと俺と黄瀬の動きが同時に止まった。
小堀はまた言った。



「鰻、食べてたぞ黄瀬。よかったな。好きキライ克服できて。な?」



俺と黄瀬に今日イチの笑顔を交互に見せながら、そう言った。
その後、黄瀬はびくびくしながらも数十分かけて『うな重』の特上を見事克服したのだった。

ちなみにその間ずっと、トイレに閉じ込めていた森山が盛大に笑い転げていたことで、後々監督宛てに『うな重』からの本気の苦情電話があろうこととはこの時誰も知る由もなかった。




〜END〜







[ 49/217 ]

[*prev] [next#]
[戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -