05

「どうやら、記憶を失ってからのここでの生活で、揺らぎが生じた様だが……」


「……違う!揺らいでなんかいない!私はここでの誰とも……っ」


背を向けてさっさと歩き出す。里を出ないと。跡をつけられる前に。







「……っ」


「そういうことを言うのなら、涙は流さないべきだと思うが?」


「泣いてなんかいない!汗よ汗、これは」


「……」




頬を流れる熱いものは、幻だと信じたい。


ちょっと優しくされたから、希望を持ってしまっただけ。
たった二ヶ月ほどの偽りだらけの生活で、すべて元に戻るなんてありえないから。


「大体、イタチも大概よね……猶予をやるとか言って、私が来ることは見えたはずじゃない」

「……」

「里の人に追われることも、記憶を求めて来ることも……その後行くあてがないことも分かってたんでしょ」

「……なんのことだ」


それに……


「遅すぎるよ……来るのが」

「……見ないうちに、成長したもんだな」

イタチが私の髪に手を伸ばす。それに優しく口付けられた時、あの日の事を思い出した。
嗚呼、聞きたいことがたくさんあるのに。私はなんて……欲張りになってしまったのだろう。大切なものがたくさん出来た、とか言ったら…今更何言ってるの?ともう一人の私に笑われてしまいそう。





……でも、ただの「三木葵」として、


忍でもなんでもなく、あの平和な世界に生きていたただ一人の人間として、一つだけ思う事。




(ありがとう……)


まさか平穏な日々の最後が、こんなに突然終わりを告げるだなんて。


ついこの間まで、何も知らず笑っていた自分に笑える。
だけど、神様が与えてくれた機会だったのかもしれない。
もう一度だけ、彼らと向き合うチャンス。

それも、破られてしまったけれど――




ありがとう。

何も分からない私を置いてくれて。


もう、

迷惑かけないよ――



20110502


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