テキスト | ナノ



ブルーベルの好きなところというと、あの幼い顔のひとつひとつの造形だとか、貧相な脳みそからつくられ、小さな口をいっぱいに開いて吐き出される彼女の稚拙なことばだとかである。しかし僕はブルーベルのことを使える所有物だという程度にしか認識していないし、ブルーベル自身もそのあたりについては表面上は知らんぷりを決め込みながらも、本能的にはわかっているのだと思う。その点では子供の彼女は他のひとたちよりも賢いのかもしれない。

「何をしてるの?」

僕が庭に出たときに、何か背の低い植物の繁った葉のなかに上半身をつっこんで俯せの状態で寝そべっているブルーベルを見つけた。そこは庭と呼ばれながらも空はなく、ただの正方形である。特に用途はないのだけれども、何故かつくられた無駄な部屋だった。真ん中に石畳の小道があり、それ以外は芝生で、いくつかの木と花が植えられているのだが、それらはいつも綺麗に整えられている。ブルーベルが上半身をつっこんでいる木は丸いシルエットである。その整えられている葉の下から細くて白い裸足の足がひょろりと出ている、というようすで、遠くから見るとなんだかよくわからないが、近くで見るとそれはもうブルーベルだった。葉の無駄に旺盛な緑の隙間から、天井に設置している擬似的な日光の光を反射して光る彼女の水色の髪があった。しゃがみ込んでさらに近付くと、植物の息が詰まるような独特の青い匂いといっしょに、なんとも言えない旋律の鼻歌も僕の体内に侵入してきた。始めは聞いたことのあるような曲に聞こえたが、途中から急に知らない音に変わった。

「ねぇ、ブルーベル」
「ニュ」

ブルーベルはどうやらその植物の幹を抱きしめていたようであった。彼女がこんなふうに大人しく居られることは珍しい。もう一度名前を呼ぶと、彼女はがさがさと繁った葉っぱのなかから現れて、「白蘭」と言ってにっこり笑う。何時もと同じ、溌剌とした透き通る声であったのだが、晴れやかな笑顔とは反対に彼女の長い髪は大惨事となってしまった。細くて尚且つ長い彼女の髪は葉と枝によく絡まってしまっていた。葉のなかから出ようとするのを髪が妨げる。

「痛い!」
「ばかだな」

僕が髪を解くのを手伝ってやったから、彼女は割とはやく葉と枝達から解放されたのだが、彼女ときたら「髪の毛が痛んだわ」と、自業自得なことを唇をアヒルのように尖らして呟いていた。

「鼻歌、何の曲?」
「名前は知らないわ」
「へぇ。で、何をしてたの」

さらけ出されたおでこと低い鼻を見た。鼻の頭だけがほんのりと赤い。さっきまではいとけない子供の顔だったのが、今では浩然とし、利口そうな少女の顔になっていて不思議だったけれども、先の顔も今の顔もブルーベルでしかなかった。どちらも等しくブルーベルなのであった。彼女は彼女の顔で、先程まで抱きしめていた名前もわからない丸いシルエットの植物を見つめて言った。

「あの木にね、水が流れていたの。だから近くで、一番太いところに耳をくっつけて水が流れる音を聞いていたのよ」

何時ものような溌剌としていて傲慢さがにじみ出るような声ではなかった。ブルーベルは顔だけをこちらに向けて、小綺麗に笑った。僕は無性に気味がわるくなって、彼女から目をそらし、「ふぅん」と適当な返事をした。ブルーベルはこんなふうに、たまに何か知的とは言えないが、馬鹿だとも言えないような不思議な言動をするが、そういうときは決まって小綺麗に笑うのであった。その笑顔は賢く巧者気な少女のようで、ブルーベルだとは思えない。しかしそれでもやっぱりブルーベルでしかなかいのだ。あのひとつひとつのパーツは何も変わらないゆえに、彼女はブルーベルにしかなり得ないのである。

そしてそういうとき、僕はわざと動揺したような顔をしたり、態度をしたりする。といってもほんのわずかだけなのだが、ブルーベルは本能的だとでも言うふうにそれをわざとだとは知らずに感知する。何とも綺麗に不完全な脳だなあと思う。僕がわざとそのようなことをすると、その意図に気付くことなくブルーベルはにやりと笑うのである。きっと彼女の綺麗に不完全な脳は、僕に一泡ふかせたのだという優越感に浸っているのだろうと思うと、途端に彼女のにやりと笑う顔が愚かで愛しくなる。
もちろん、そのような綺麗に不完全な彼女の脳も、一所懸命に吐き出す精一杯の利口そうなことばも好きだけれども、一番好きなのはやっぱり見当違いのにやり笑いなのだった。それが彼女の持てる、最上級の美しくて可愛らしくて醜い表情であるのだから。
僕はブルーベルの顔が好きだ。それはあくまで、彼女をただの所有物として見たときの結果であるわけだけれども。

「水がすべてのものに流れているのだったらすてきなのにね」
「そうだね」
「生き物はみんな水が、水分が、あ、る、から、持っているから、無いと死んじゃうから、好きよ」

途切れながらそう言ったブルーベルは肩越しに目を合わせて来るのだが、僕がわざと顔を背けると、小さな手を使い、僕の頬を少し強く押して目が合うように向き直させた。笑ってから「離して」と言ったら、眉間にしわを寄せてから「イヤよ」と言った。そのときだけは何時ものわがままでお子様なブルーベルだったのだが、またフッと巧者気なにやり顔に戻ってしまった。僕が好きな表情である。とは言え、ああ何てこざかしい。顔。改めて目がきちんと合うと、さらに口角が少し上がった。僕はもう目をそらさない。

「今度はそらさないでいてくれるのね」
「そらせないよ」
「白蘭は生き物だから、生きるのに水分が要るから、ブルーベルは白蘭も好きよ。」

そう言ってブルーベルは長い睫毛に縁取られた大きな目を細める。とても綺麗で、随分と時間をかけて作られた陶器のような顔。僕はふと素晴らしい考えが浮かんだので、何食わぬ顔でそれを実行する。目の前にある陶器のような彼女の小さな顔を右手で掴んだのだ。するとブルーベルは「ニュニュ!」と鳴いてくしゃっと顔を歪めた。その綺麗ではないけれども愛くるしい顔を見ると僕はたまらない。綺麗なものを壊すのは、とても楽しいから。

「ほら、かわいい顔が台なしだ」


別嬪さん
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100529
企画「burla」様に提出。

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