男主用短編 | ナノ

貴方は私のために死んではくれないの過去の話




名字家は、有名だ。
裏切り者の一族として。

“名字ってムカつくよな”
“調子に乗ってるよな”
――“裏切り者の一族の癖に”

陰口は慣れた。
忍術学園に入る前から言われ続けたものばかりだ。
今更痛む心などない。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

今日の図書当番は不破先輩かと思いつつ、借りた本を受け取る。
不破先輩は嫌いではない。
かと言って好きでもないが。痛々しいものを見るような目で見られるのは愉快とは言えない。

教室には人が居る可能性が高い。
かといって自室にも同室の奴がいるかもしれない。
静かに本が読みたくて、人目を避けている内に中庭についた。
サッカーや日陰ぼっこをしている奴らが居ないところを探していると、中庭の隅の木にたどり着いたが、そこにも先客は居た。

鉢屋先輩、

口の中で名前を転がす。
僕と似てて、けれど真逆の人。
こうなりたいという憧れであって、目標であって、けれどこうは生きれないと思う人。

同じような家に生まれながらも、自分の道を歩いているように見える人。
家に囚われ逃げられない僕とは正反対。

「…、名字か」

僕が去るよりも早く、鉢屋先輩が顔を上げた。
鉢屋先輩も、僕の名前を知っていたようだ。
…いや、この学園では僕の名前を知らない人の方が珍しいのか。

なんせ、有名な裏切り者の一族だから。

「何だ、一人か」
「…僕が嫌われ者であることなど、ご存知なのでは?」
「……あぁ、知ってる。“あの”一族のことも」

葉擦れの音がやけに大きく聞こえる気がする。
…あぁ、それもそうか、僕達の間にあるのは沈黙なんだもの。

「しかし、お前も難儀な奴だな。嫌われ者の一族に生まれつきながら、周りに妬まれるほどの才能を持っているだなんて」
「…僕は、要求されたことに応えているだけです。才能を持っていらっしゃるのは、貴方でしょう?“天才”鉢屋三郎先輩」
「凡人はね、要求されてもそう簡単に応えられるものではないのだよ」

応えられない自分が情けない。
だから余計に、何の苦労もなく要求をこなしていくものが憎くなる。
その対象が、元々嫌われている者ならば、さぞかし悪口も陰口も言いやすくなるだろう。

「難儀な奴だ」

もう一度鉢屋先輩は呟いた。
僕の方も見ずに風に運ばれていった言葉は、僕の心に重くのしかかっていた何かも一緒に攫っていったようだった。

「貴方は、何故、“鉢屋”に囚われずに立っていられるのですか」

吐き出された言葉は、脳を介してはいなかった。
聞きたいなど思っていなかった。知りたいなど思っていなかった。

聞いたって、どうせ僕にはできない生き方だから。

「お前、生きているのは楽しいか」
「いえ」

そんなこと、考えたこともない。

「では、何のために生きている」
「家のために」

家のために生きなさい。常に言われ続けた言葉だ。

「何のために死ぬ」
「、…死ぬときのことなど、わかりません」

家のために生きてそして多分任務にでも失敗して死んでいくんだろう。漠然とは思っていたが、“何のため”に死ぬかなんて…。だって死は、否応なく訪れるもので、自分で選べるものではないのではないか。

「私は、家のためには生きれても、家のためには死ねないと思ったから、自分の足で立つことを決めたのだ」

強い風が吹き上げた。
咄嗟に閉じた瞼を上げたとき、僕の視界には口元に微笑みを乗せた鉢屋先輩が映った。
不破先輩とは似ても似つかぬ笑みだった。

「わたし、には、わかりません」
「だろうね」
「いつか、わかるでしょうか」
「さぁ。けれど、学園に居る間は猶予があるのだから、考えるくらいはいいのではないか」

生きる理由と死ぬ理由は違うものなのだろうか。
僕には、何かを選ぶことが許されているのだろうか。
わからない。
どれもこれもわからない。
けれど、この人と同じものが見えるところまで行きたいと、そう思った。


140309


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -