「×××!」
振り返らなくとも誰だかわかる呼び掛けに顔は歪んでいく。
「…先輩、僕はそんな名前じゃなくて名字名前だって何回言えば…」
「お前は×××だ。それを言うなら×××、先輩だなんて畏まらないで昔のように滝夜叉丸と呼んでいいと言っているだろう」
いや、滝夜叉丸って誰だよ。何時代の人だよ。昔って言うけど、僕の記憶の中では一度だって貴方をそのように呼んだことはありません。
いろいろツッコミたいことはあったけど、彼の電波発言は出会ったときから変わらないので何も言わずに飲み込む。
キチガイ――もとい電波な方とは真面目に対話しようと思わないことだ。
「×××!今日はいい天気だぞ!そんな辛気臭い顔をしてないで共に日向ぼっこでもしようではないか」
しません。これからバイトです。さようなら。
僕の後ろをひよこよろしくついてくる先輩は、俺のバイト先のファーストフードでシェイクを一杯飲んだら満足して帰ることを今までの経験で知っているので、だらだらと話しているのをスルーして歩きます。あー、確かにいい天気。空ガ青イナー。
それにしても、僕はほぼ無視、先輩が一人で喋っている状態。しかも並んで歩いてないから第三者からはそれこそ独り言に見えるだろうに。
何でこんなにこの人は楽しそうなんだろう。
相手にされてないのに、こんなに幸せそうに笑われたら冷たくしきれないのが人の情ってもんだよね。この人、無駄にきれいな顔をしてるから余計タチ悪い。
後ろで自分の容姿の美しさについて語りだした先輩を横目で見た、ときだった。
あ、ヤバいかも、あれ――…
思うよりも早く体が動いた。
余裕がないのかな。軽く押したつもりだったけど、思ってたより力が入ってたのか、僕に突き飛ばされた先輩はよろけた後、尻餅をついた。
キキーッ
ドンッ
先輩の瞳がみるみる大きくなっていき、絶望に染まるのをスローモーションの中で見た。
強い衝撃により時間の流れは元に戻る。
わーお、一体何がどうしてこうなったのやら。
進路が明らかに歩道に向いてるのにブレーキ踏んでる様子がない車が見えて、考えるより先に先輩を突き飛ばして。
あははは、イタイ。
痛くて痛くて気が狂いそうだ。気を失えたらいっそ、楽なのに。ちくしょー、いてぇ。
「な、ぜ。なんで×××…」
口をパクパクさせてる先輩。真っ青。
「だって…、恋人同士だったんでしょ、前世で」
初めて会ったときに言った、先輩の電波発言。
全く信じてないよ。全く信じてないけど、言いたくなった。自分から庇っておいてなんだけど、先輩が居なければこんなことにならなかったのに…。憎しみが微かでも芽生えてた。
「!おもい、だしたのか、」
「いえ、まったく。先輩の電波発言、ウザかったけど…たのしか、たかな…」
「もういい、しゃべるな!すぐに手当してやるから、黙ってろ」
足の感覚、手の感覚はなくて、ただひたすら全身から力が抜けていく。そのくせ、鉄の芯を入れられたみたいにお腹ら辺が痛くて、熱くて。
もう、無理ってぼんやり思った。
最期に――酷く傷付けてやりたかった。
「ありがとう、バイバイ、たきやしゃまる」
掠れ細くなってしまった声は、きちんと先輩の耳まで届いただろうか。
醜く顔を歪めた、美しい先輩の泣き顔を最期に、僕は意識を手放した。
悲劇仕立ての喜劇
〜優しい嘘と最高のトラウマを添えて〜
140322
某夢サイト管理人な友人とのオフ会お遊びゲーム企画@
指定:滝夜叉丸、前世で恋人だったけど一人は忘れている、デッドエンド