あいうえおっと | ナノ

「ねえ、死んでよ」


ナマエの口から初めてその言葉を聞いたときは衝撃を受け、自身の耳を疑った。仕事柄、『死ね』という単語も『殺す』という単語も聞き慣れてしまうほど言われたことがあるが、その言葉はどうしてもナマエには似合わなかった。


「どうしたんだ、ナマエ」
「そのまんまの意味だよ」
「そのまんまって……」
「なぁに、クロロ。おかしなものを見るような顔しちゃって」


実際、おかしなものを見ているのだから、こんな顔になるのも当然だろう。だがくすくすと口元を隠して笑うナマエはいつも通りで、何も変わっちゃいない。念能力に操作されている様子もないし、実はすごい腕前の持ち主というわけでもない。そもそもナマエは念能力の存在さえ知らない非力な一般人だ。オレを殺せるはずがない。


「……オレが何かしたか?」
「なんで?」
「今、死んでくれって言っただろう」
「うん、そうだね」


噛み合わない会話に、噛み合わないナマエの言葉と表情。ナマエは恐ろしいほど優しそうな笑顔をオレに向けていた。その優しそうな笑顔は逆に裏がありそうで恐怖を感じさせ、ナマエは本気で怒ったら笑うタイプなのかもしれないと場違いにも思った。しかし『死んでよ』と言われたものの、彼女は別に凶器を隠しているわけではない。そうなると、オレを殺したいわけではないのかと捉えることができるが、悪ふざけだとしても唐突に、無邪気に、『死んでよ』と言うのはあまりにも奇妙だ。オレはナマエから怒りを買うようなことをしただろうかとここ数日のことを思い出してみるが、これといって何もなかった。


「……悪いが、オレはお前がそこまで怒るようなことをした記憶がない」
「怒る?私、別にクロロに怒ってなんかいないよ」
「…………オレを殺したいほど何か怒ってるんじゃないのか?」
「別に?」


けろりと答えたナマエは、文字通り何も怒っていないらしい。じゃあ、なぜ、あんなことを言ったんだ。次に浮かんだ疑問はこれだった。まさかと思うが、本当に悪ふざけだったのか。ナマエが悪ふざけでそんなことを言うとは1%も信じられないが、念のため、聞いてみることした。


「まさか悪ふざけで言ったのか?」
「え?まっさかー」


そんなわけないじゃん、と笑うナマエ。聞けば聞くほど、知ろうとすればするほど、オレの知っているナマエがどんどん違う人間になるような気がした。そんなわけない、というと、どういうわけなのか。意を決してその言葉の意味を聞こうとしたところで、先にナマエの口が開いた。


「実は私ね、人が死ぬ瞬間に興奮するんだ」


二度目の衝撃が走った。ナマエは言っちゃったーと可愛らしい反応をしているが、内容が内容であるためいまいち可愛いと思えない。うち(旅団)にも拷問を趣味にしている奴がいるが人が死ぬ瞬間に興奮するというのはそれ以上にマニアックな性癖だし、なかなか誰彼構わず暴露できるものではない。それほど信頼されているという点においては喜ぶべきだろうが、『死んでよ』と言われた側としては複雑な気持ちになるのは言うまでもないだろう。


「直前まで意識のある人間だったのに、死んだそのときから夢見ることも考えることもこの先ずっと目覚めることもなくなって、その瞬間から人が人として機能しなくなって、人じゃなくなるような気がして、そう考えると、死ぬってことがすごく神秘的に感じるの」
「……だからオレに死ねと?」
「そうだよ」


頬を赤らめ楽しそうに話すナマエはたしかに願いを聞いてやりたくなるほど可愛らしいが、できることなら内容は聞こえないままでこの表情を見たかった。そんなナマエにオレは「死ぬ瞬間が見たいだけなら別にオレじゃなくてもいいだろう」と率直な感想を述べれば、ナマエは人差し指をピンと立てて左右に振り「わかってないなぁ、クロロは」と言葉を続けた。


「大好きなクロロの死ぬ瞬間を見れるんだから、それ以上に興奮するものなんてないでしょう?」


わかりたくもないし、自分の死ぬ瞬間を想像したくもない。
オレは絶対にナマエの前では死にたくないなと思ったが、薄らと細められた狐のような瞳は、オレが死ぬその瞬間まで、逃がしてはくれないような気がした。


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