あいうえおっと | ナノ

目の前にあるのは、虚ろな目をしたヒト。もう心臓はきっと動いていないんだろう。
どうしてかって、それは私が殺したから。苦しまないように殺してあげた。
あれ?どうして苦しまないように、なんてしようとしたんだっけ。忘れちゃった。
人を殺すのなんて、日常茶飯事でいつもならすぐにターゲット殺害完了のメッセージを送るのに、今日に限ってそんな気にならないんだ。
なんだかずっと胸の奥がモヤモヤしてスッキリしない。どうしてだろうか。
縫い付けられたように足が動かない。ターゲットの念か?とも思ったけど、このターゲットは確実に死んでいるしそんな念をかけるなんて無理だろう。じゃあなぜ私は死んでいる彼の前から動けないんだろうか。
情でも湧いた?いや、今日初めて会った、しかも仕事のターゲットに情なんか湧くものか。
きっと、このターゲットが今までのターゲットと違って不思議な人物だったからだ。
彼は死ぬ間際までずっと私の名を呼んでいた。
どうして名前を知られて居るのか不思議に思ったがその時は気に留めなかった。
だが、ターゲットが最後に言った言葉が頭から離れない。私が右腕で左胸を刺したと同時に彼ははっきりとした声で

「愛してる」

確かにそう言った。彼は私の名前を呼びながら、愛してると言って死んでいった。
なぜ彼は殺される人物に対して愛してるなどと言ったのだろう。
考えても考えても分からないが、普通自分が殺されそうな時に、自分を殺そうとしているやつに向かって愛を囁くのか?否、そんなことしないだろう。

なぜ?ばっかりが頭から消えずに悶々とする。ちらりとターゲットの彼を見れば、仕事以前に見たことがあるような気がした。
どこで見たのだろうか。思い出せない。思い出せないと言うよりも、覚えている記憶に、もやがかかってわからない。そんな感じだ。

「ねえ、あなた、誰なの?」

思ったよりも震えた声が出た。当然返事なんてない。でもこの空間に無言で居ることが耐えられなくって、夢中で言葉を発する。

「黙ってないで答えてよ」
「誰なの?」
「どうして愛してるなんて言ったの?」
「なぜ私の名前を知ってたの?」
「ねえ、」
「どうして足が動かないの」
「あなたのせいなの?」
「あなたはいつもそう……いつも…?」

ハッとした。何にって初めて会ったはずの相手にいつも、だなんて口から出たことに。

いつもそう、愛してるって言えばいいと思ってるんでしょ?

ああ、あああ、思い出した。どうして、ねえ、なんで、なんで…

「…くろろ、」

そう、名前を口にした途端、記憶にかかっていたもやが晴れた。
ああ、なんで忘れてしまっていたんだろう。
ずっと動かなかった足が動いた。膝から崩れ落ちるようにして彼の隣に行く。
なにも考えられない。震える手で彼の頬を撫でればまだほんのりと熱が残っていた。でもきっと、すぐに冷たくなってしまうだろう。
どうして、そんなの分かってる。

私が殺したから

ああ、カミサマ、どうかあなたがいるなら、これはうそだといって。悪い夢だったんだよと言って。
ごめんなさいクロロ、私もすぐ、あなたの所に…


トップ戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -