あいうえおっと | ナノ

 ここはとあるパーティ会場。煌びやかな衣装、豪華なシャンデリア。もうそれだけで眩しいというか、目が痛い。こうキラキラしたところは世界中の女の子の憧れだろう。勿論、私もどちらかといえば好きだ。でも私は普通の女の子じゃない。いや、二十歳って女の子って言っても許されるかな。うん、許されるよね、だって私の心はいつまでも女の子だもの。
 とりあえず早く仕事を終わらせたい。できればあと一時間以内に。今日は早く帰って寝るんだ…!心の中ではルンルンとしているけど、それを全く顔に出さない私はもしかしたら女優になれるのかもしれない。いや、なる気はないけど。真っ黒なドレスをしゃらりと鳴らして、シャンパンを片手にターゲットを探す。目元だけを隠した仮面が少し気になるけど、視界の狭さはあまり気にならない。えー、中々見つからない…とガッカリしていると、誰かに声を掛けられた。気配は感じていたので、特に驚くことなく振り向く。

「あら、ごきげんよう」
「ごきげんよう。とても綺麗だったから無意識のうちに声を掛けてしまったようだ」
「まあ、お世辞が上手いのね」
「お世辞じゃないさ」

 後ろには、目の周りをダイヤで縁取った仮面を付けた男が立っていた。金髪、声も若く、黒のタキシードに青い薔薇。ああ、この人がターゲットか。手に付けたサファイアの指輪と青い薔薇を見て確信した。情報通り、青が好きらしい。私はサファイアはピンクの方が好きなんだけどな。

「よろしければお名前を…失礼。今宵は仮面舞踏会、詮索はしない決まりだ」 
「ふふ、貴方になら教えて差し上げてもよろしくてよ」

 ここではない場所で、ね。

 私がそう言って微笑むと、彼は満足そうに微笑んだ。



 今回の依頼は、私の隣を優雅に歩く男を殺すこと。内容は難しくない、寧ろ簡単な方だと思う。でもパーティ会場だから、適当な場所で殺すわけにはいかない。殺ってる所を人に見られては元も子もないし。ということで、こいつの死に場所はベッドの上に決まりました。はい帰りたいです。はっきり言ってハニートラップが一番嫌いだ。だって知らない人に体をベタベタ触られるとか想像しただけで鳥肌が立つ。無心だ、無心になれ私…。

 でも、一番心配なのは、またアイツが現れないか、ということである。別に会ってもいいけど、色々ぐちぐち言われるのは目に見えている。ああ駄目だ、だから無心だ、無心になれ私…!




 そしてやっと部屋に辿り着き、ベッドに腰を落ち着かせた。まだ仮面は取っていない。男の方は仮面を取って、机の上に置いた。お、意外とイケメンですね。
 隣に座り、私の仮面に手を伸ばしてきた。ごめんね、貴方に恨みはないけれど、これも仕事だから。一度目を瞑ってから、男の首に手を回し、優しく抱き締める。イケメンだからおまけだ。それからバレないように右手を離し、ナイフを具現化させた。さよなら、心の中でその言葉を呟いてからナイフを振り上げた。

「がはっ…」
「…ん?」

 自分の腕の中で絶命した男に、少し違和感を感じた。ナイフはちゃんと首に刺さってる。こういう力の入りにくい体勢でも一発で殺せるように、周で威力を上げてるから殺し損ねたことはない。首を傾げながら、男をベッドの上に退けた。いくらターゲットとはいえ、ついさっきまで生きていた人間を無下にすることはできないから優しく。すると、すぐ近くで不満そうな声が降ってきた。


「なんでそんな優しくするのさ」

「わっ、い、イルミ…って、なんでまたいるの!」
「付いて来た」
「なんでまた…はあ」


 さっき感じた違和感はこれか。男の脳天に刺さる針を見て、溜息をもう一つ。私が殺す前に死んだと思ったら、気のせいじゃなかったのね。じゃあナイフ刺す必要…いや、考えるのはもうやめよう。
 立ち上がってギロリとイルミを睨む。当の本人はなんとも思っていないようだ。仕事の邪魔…ではないけど、これは私の仕事だ。手を出さないで欲しい。まあ、そう言っても聞いてくれないということはもう学習済みである。だってこれが初めてではないから。もう片手では数えきれない程、こんなことが起こっている。いや、起こされている、と言った方がいいのかもしれないけど。

 仮面を付けてるし、タキシードだからパーティにいたんだろう。ターゲットしか見てなかったから、全然気付かなかった。私は睨むのを止めて、面倒だから窓から帰ろうと歩き出した。またお説教が始まる前に「ねえ」…はい、逃げられませんでした。

「ナマエ、」
「あー、はいはい分かりました!すいませんでした相手がイケメンだったから少し優しくしちゃいましたすいませんでした!!」
「…なにそれ」
「いいじゃん別に。私帰る」
「駄目」

 窓を開け放ち、窓枠に足を掛けたところを手首を握られ引き留められた。ああもう、折角早く帰れると思ったのに。はあ、と溜息を吐いてから仕方なく振り返る。胸元に挿している赤い薔薇が綺麗だな、なんてぼんやり思った。ターゲットの薔薇を見たときは何とも思わなかったけど、イルミのだからかな。綺麗に見えた。

「オレが何でナマエが仕事する度に付いてってるか分かる?」
「…前は偶然だね、とか言ってたくせに」
「あれ嘘」
「ですよね」

 なんだこのコントみたいな流れは。というかやっぱりわざとだったのか。別に仕事の邪魔してるわけでもないし報酬を半分寄越せとか言ってくるわけじゃないからいいんだけどさ。でもやっぱりやりにくいとか、殺した所を人に見られるのは良い気分ではない。前からやめてって言ってるのにイルミは全くやめてくれない。もしかしてこれは嫌がらせなのか。イルミって私のこと嫌いだったんだね…。ボソリとそう呟けば、彼にしては珍しく感情を露わにし、「はあ?」と言った。なんでいつもは抑揚ないのにこんなときだけ…。

 イルミは右手で私の仮面を取って、そのままぽいと投げ捨てた。あれ結構気に入ってたのに。

「嫌いな奴に構う程、オレ暇じゃないんだけど」
「じゃあ仕事しろよ」
「黙って」

 ついいつもの癖で突っ込んでしまった。イルミはどが付くほどの天然だから会話をすると基本的に私は突っ込みに回る。別に私が突っ込み属性というわけではない。断じて違う。

 黙ってと言われてしまったため口を閉じる。窓枠に掛けていた足を下ろして、イルミの仮面に手を伸ばした。ひょいとそれを取って、同じようにぽいと投げ捨てた。あ、仮面は付けたままにしとけばよかった。イルミの目をちゃんと見て話をするのは、少し苦手だ。だって嘘を言っているようには見えないから、甘い言葉を冗談で掛けられてもどきりとするんだ。やってしまった、と後悔して目線を下げると頬に手を当てられ、顔の向きを固定された。意地でも目線を上げないでいると、そのままむに、と頬を抓られたので仕方なくイルミに目を向ける。

「だから、嫌いな奴に構う程暇じゃないの」
「…じゃあ好き?」
「うん」

 再度そう言ったイルミに、少し仕返しをしてやろうと思って尋ねると即答された。え、いま、うんって…?いやいや、きっとこれは冗談だ。きっとまた、ははは、と乾いた笑いを零すに違いない。どきどきと煩い心臓は無視して、ポーカーフェイスに努める。
 お互い何も言葉を発さないため、ただでさえ静かなこの部屋がさらに静かに感じる。いくらこの屋敷でパーティをしているとはいえ、少し距離が離れただけでこれだ。まるで別世界にいるような錯覚に陥ってしまう。

「返事は?」
「え?」
「だから、返事は?オレ、好きだって言ったんだけど」

 ナマエは?

 そう言って、こてんと首を傾げた。不覚にもそれが可愛いだなんて思ってしまったけれど、返事、とは。いや、この流れで分からない程私も馬鹿じゃない。けど、それは好きか嫌いかってこと?でも、それってどういう物差しで測ればいいの?恋愛?それとも友情?どっちの意味、と考えることを放棄して尋ねれば彼は呆れたようにもう一度声を上げた。今日のイルミは少し変だ。なんというか、感情が分かりやすい。

「いまので分かんなかったわけ?」
「い、いやだってイルミだし…」
「なにそれ、どういう意味?」
「イルミ、天然だし。何か、恋とか分からなそう」
「……馬鹿にしないでよ」
「してないよ!してない、けどさ、」

 だって、期待しちゃうんだもん。その一言は心の中で付け足した。もともと甘えるのは得意じゃないし、恋愛経験はそこまで豊富でもない。そして何より、私は多分イルミが好きだ。仕事で行く先々に現れるのを最初は迷惑だと思っていたけれど、だんだんと仕事をするのが楽しくなっていった。もしかしたら、今日も会えるかもしれない。お小言を頂戴するのは嫌だったけれど、それでも会えるのが嬉しかった。それに、その後一緒にバーに行ってお酒を飲んだりするのも楽しかった。だからこそ、言えなかった。言ってしまったら、この関係が壊れてしまうのではないかと思って。イルミの友人にはあのヒソカが含まれる。彼は超が付く程の変人だし、もしかしたらイルミもそれに当てられて恋と友情を履き違えているのかもしれない。

 なんとなく目が見れなくて、目線を下に落とした。頬にはまだ手が添えられていて、それがだんだん熱を持ってきたように感じる。じわじわと熱くなっていく頬の熱は、一体どちらの熱だろうか。イルミのだったらいいな、綺麗な青がきらきらと光る自身のハイヒールを見ながら思った。

「オレだって恋くらい分かるよ」
「気のせいかもしれないじゃん」
「気のせいじゃない」
「分からないよ」
「分かる」
「なんで」
「好きだから」

 どうしてそれが根拠になるの。頭の中ではそう反論しているのに、その言葉につられて、ぱっと顔を上げてしまった私の負けだ。私が顔を上げると、目を逸らす前と同じ真っ黒な瞳がこちらを見つめていた。その瞳は嘘を言っているようにも見えない。でも、イルミはいつもこれだからなあ…。どきどきしながらも何とか平静を装って見つめ返す。イルミはこてん、と首を傾げた。
 えっと、これはどういう反応ですか。寧ろ私がその反応をしたいんですけど。でもここでまた首を傾げたら多分不機嫌になる。機嫌の悪いイルミほど面倒くさいものはない。目を逸らすことも出来ず、なんとか頭を回転させる。…ああやっぱむり!距離が近い!

「何離れようとしてるの?」
「え、駄目なの?」
「馬鹿なの?」

 とりあえず距離を取ろうと一歩下がってみたけどその一歩をすぐに詰められた。しかも後は窓。これ以上下がれない。窓の外からふわりと吹いてくる風が私とイルミの髪を揺らした。イルミって髪綺麗だな。そんな場違いなことを考えていたら、それを読み取ったらしいイルミが眉を顰めた。

「ねえ、真面目に考えてる?」
「え、考えるって何を?」
「…はあ。もういい。連れて帰る」
「連れて帰る?え、どこに?」
「家」

 イルミは心底呆れた、と溜息を吐いた。その溜息の深さに、怒らなかったのが不思議だったかもしれないと思った。イルミは私を横抱きにすると、窓枠に足を掛けた。え、え?思考が全く追いつかないんですけど。目を白黒させていると、イルミはこちらをちらりと見た。月夜に照らされる彼は、いつもと違う雰囲気で、さらにどきりとした。


「絶対、落としてみせるから」






「……え、やだ落とさないで」
「やだ」

 イルミは、タンと窓枠を蹴って屋敷から飛び出した。私は落とされてたまるかと服をぎゅっと握りしめた。そんな私を見て、イルミが愉しそうに笑ったような気がしたのは、気のせいだろうか。


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