嘘でもよかった。
その言葉一つ一つが偽りでも、それでも、それでもよかった。
忍足くんと時間を共有できただけで、私は幸せだったから。
だから、



『もういいよ』

「え?」

『もう、無理して付き合わなくたって、いいんだよ』

「・・・百音?」



忍足くん、私、ちゃんと笑えてたかなぁ?




















始まりは、忍足くんからの告白だった。
ずっと好きだった彼からの、思いもかけない告白に私は何も言えずに立ち尽くした。
そんな私を心配そうに、不安そうに覗き込む忍足くんにハッとして、そして目の当たりにした現実に顔に熱が集まるのが分かった。



「一瀬さん、真っ赤やけど」

『え、あ・・・・』

「その反応、俺、めっちゃ期待するけどええ?」

『き、たい、って』

「一瀬さんも俺のこと、好きやって思って、ええ?」



カッと全身の血が、まるで沸騰したように熱い。
心臓が煩いくらいに鳴っていて、もしかしたら忍足くんに聞こえてしまうんじゃないかって、それくらいバクバクしてた。
何も言えない私に忍足くんは再度"好きやで"って、優しく微笑んでくれたから、パンクしそうな頭をただ必死に上下に動かした。
それが、始まりだった。



片思いの相手だった忍足くんからのまさかの告白。
ずっと好きだった人が、私を好きだったなんて。
家に帰ってから何度も何度も嘘なんじゃないかって思ったけれど、携帯に表示される忍足くんの携帯番号とアドレスに、あぁ嘘じゃないんだって実感する。
男子テニス部には多くのファンが居て、もちろん忍足くんにだってファンは居る。
そんな忍足くんと付き合っているとバレたら、と私の身を心配し付き合いはしばらく内緒にしようと言われ、私は何も考えずに頷いた。
学校で表立って話すことも、一緒に下校することもなく、連絡は主にメールだった。
その時の私は、忍足くんが私の心配をしてくれたってことでいっぱいで、どうしてとかなぜとか、深く考えずのうのうと過ごしてた。




















初めてのデートは水族館だった。



『デ、ト?』

「そうや。百音と付き合ってんのは内緒やけど、遠出すればバレへんし」



突然かかってきた電話と誘いに驚きつつも返事をすれば、待ち合わせの時刻と場所を言われて電話を終える。
それから我に返って再度驚いて大変。
どの服にしよう、どんな髪型にしよう、忍足くんはどんなのが好みかなぁと一人鏡に向かってうんうん悩む。
その日はなかなか寝付けなくて、早く朝にならないかなって思った。



お気に入りのワンピースとヒールが高めのブーツを足元に。
なれないお化粧は薄いピンクのリップがポイント。
楽しみすぎて、早く会いたくて待ち合わせの10分前に待ち合わせ場所にやって来れば、そこには既に忍足くんの姿。
制服とは違う、見慣れぬ私服姿の忍足くんにドキドキしながら声をかける。



「百音、早ない?」

『忍足くんこそ、早い、よ?』

「・・・百音、すごい顔してんで」

『あんま、見ないでくれると嬉しい、です』

「ひょっとして、楽しみすぎて寝れんかった?」

『違っ!』

「違うん?」

『・・・わない』



恥ずかしさに俯く私に、忍足くんの手が伸びる。
ビクビクしながらもその手を取れば、ギュッと握られる。
初めて繋いだその手のひらから、私のドキドキが伝わらないか心配しながら、私と忍足くんは水族館へ向かった。
いつのまにか買ってあったチケットで入館して、キラキラと光水槽を手を繋いだまま見て歩く。
ペンギンに頭上に架かるアーチ上の水槽、イルカショーでは一緒になってはしゃいだ。
肩がつくくらいの距離に忍足くんが居るという事実に、その後で一緒に食べた大好物のパスタの味は曖昧だった。



「百音、楽しかった?」

『うん、楽しかったよ。忍足くんも、楽しかった?』

「最初は水族館なんておもろない、なんて思っとったんやけど」

『けど?』

「めっちゃおもろくて時間が経つんはあっという間やった。百音と一緒だったからやな、きっと」



目と目が合って、近づく距離。
そっと目を閉じれば、ふわりと掠める温もり。
時間にしたらたった数秒だけれど、じんわりと残る熱に私の心臓は爆発寸前。
今日がずっと続けばいい、この幸せが長く続きますように。
忍足くんへの好きが増えれば増えるほど、私の想いは我侭になる。
だけどこの幸せは、長くは続かない。




















「なぁ侑士ー、まだ一瀬と付き合ってんのか?」

「一瀬さんって3組の?」

「なんか百音ちゃん可哀相だCー!」

「罰ゲームで一瀬と付き合ってるなんて、侑士もすること鬼だよなー」



移動教室で偶然通った教室前。
忍足くんの名前が聞こえて、テニス部の人たちが集まってるんだってわかった。
聞こえる話の内容に、ひょっとして私と忍足くんが付き合ってることをテニス部の人に言ってるんじゃないかって、嬉しさ半分不安半分にそっと聞き耳を立てる。
だけど、次いで聞こえてくる言葉に、私の足は一度止まった。



" 罰 ゲ ー ム "



確かに聞こえたその言葉。
頭からつま先まで、サーっと体中の血液が冷える。
その場に居るはずの忍足くんの答えを聞くのが怖くて、固まった体に鞭打って走り出す。
忍足くんの言葉を、真実を、聞きたくなくて、逃げた。
だけど、ほんとは思ってた。
あぁやっぱり、って、ずっと不安だった気持ちが音を立てて崩れた。



「百音」

『っ』

「よかった。まだ帰ってへんかったんやね」



放課後、名前を呼ばれて体が跳ねる。
忍足くんの顔を見れぬままに、小さく何と返事をすれば、いつもと変わらない笑顔。
私の頭はさっきのテニス部の人たちの言葉で埋め尽くされていて、うまく笑える自信がない。



「今日一緒に帰らへん?」



いつか終わりが来ると思ってた。
今じゃないと、そう思ってた。
忍足くんの誘いに一度だけ頷いて、今から終わりを迎えるのだとギッと奥歯をかみ締める。



「寒ない?」

『・・・うん』

「もうすっかり外冷えて、登下校が辛いと思わん?」



会話は忍足くんが一方的で、私はただ聞いているだけ。
グルグルグルグル、いろんなことが浮かびすぎて、忍足くんと一緒に帰れる喜びなんてない。
いつ終わりを告げられるのか、そればかりが不安で怖くて苦しくて、息が詰まりそうになる。



「百音」

『・・・・な、に?』

「内緒の関係、そろそろ止めにしようと思うんやけど」



突然、そう言い出す忍足くん。
私は一瞬なんのことかわからなくて、少し間をおいて気づく。




「テニス部の奴らにもきちんと紹介するし、百音ともっと一緒に過ごしたいっちゅーか」



ごめんね、忍足くん。
私が罰ゲームだって気づかずに、嘘の告白を受けてしまったから、こんなにも忍足くんに迷惑をかけている。
ごめん、ごめんね、忍足くん。



『もういいよ』

「え?」



ごめんね、逃げて。
どうしても、忍足くんから終わりを告げられるのが、怖かったんだ。




















『忍足くん、驚いてたなぁ』



誰も居ない静かな公園のブランコに座り、曇った空を仰ぐ。
今にも雨が降りそうな灰色の空は、まるで今の私みたいで、なんだか酷く滑稽だった。
付き合えたことに喜んで、初デートにはしゃいで、初めてのキスでドキドキした。
触れていたことが嘘だったんじゃないかって思えるくらいあっという間に過ぎた日々は、私の中に思い出として残ってしまった。
消し去りたいのに、それを拒む自分も居て、不安と悲しみに押し潰されそうになる。



『馬鹿みたい』



じんわり浮かぶ涙が零れないように、灰色の空を眺め続ける。



『あんなに浮かれて、きっと、忍足くんは馬鹿な女って、私のこと笑ってたんだろうな・・・』

「馬鹿なんは俺や」

『っ!』



公園の入り口から聞こえる声に、息が詰まる。
目尻から零れた涙が、ぽつりと地面を黒く染めた。
どうして、どうして、どうして?
罰ゲームはもう、終わったのに、どうして?



「ごめん。百音、ほんまにごめん」



"ごめん"、その言葉が何を示しているかなんて、わかりきったこと。
今更誤ってもらう必要などない。
もう終わった、全部なかったことにしたんだから、これ以上苦しみたくない。



『いい、の。もう、終わったの。忍足くんは、もう、気にしなくていいの』

「良くない!」

『いいのっ!』

「百音っ!」

『いいの、お願い。これ以上はいいの。もう、苦しくなりたくない・・・』



ポツ、ポツ、ポツ。
淀んだ空から落ちる雨粒が頬に当たり、じんじんと痛みを広げていく。
ブランコから立ち上がって、俯いたまま公園を出ようとすれば、右手に触れる熱いもの。
それが忍足くんの手だと気づいて、勢いよく振り解こうとするも、しっかりと握られたソレは離れることがない。



「頼むから、俺の話聞いてや」

『たかが罰ゲームだよ?弁解はいいよ、さっき、聞いたもん』

「百音、頼むから」

『忍足くん離して、雨降ってきたよ。濡れちゃう前に帰らないと、忍足くんも風邪引くよ』



熱い手が、一層熱くなった手が。
私の腕が強く引かれ、なすがままに忍足くんに抱きしめられる。
どくんどくんと音を立てる心臓が痛くて、それが嫌でもがくけれど、強く抱かれた腕の中から逃げ出すことは出来ない。



「ほんまは、最初は、罰ゲームやった。ちょっとしたお遊びで、すぐに終わらせるつもりやった」

『・・・・・・・・・』

「せやけど、毎日するメールで百音のことを知って、知ってしまえば最初とは違う気持ちが出てきて、そんで気づいた。
水族館行って、楽しそうに笑う百音を見て、わけわからん感情がグルグル頭ン中あって、止まらなくなって思わずキスしてもうた」

『・・・っ、』

「俺、百音のこと好きなんや」

『っ、嘘だよ』

「ほんまや!このまま罰ゲームのことは忘れて、百音と付き合って行こう。そう決めたから今日やって、内緒にする必要はないて、そう思って誘ったんや!」



信じたい、でも信じれない。
もしもこれも嘘だったら、私、きっと立ち直れない。



『これも、罰ゲーム?』



だから、忍足くんの目を見て、はっきり言った。
その瞬間、忍足くんの瞳が開かれて、そのまま顔を寄せられる。



『イヤっ!忍足、くん!っ!』



ぶつかる様にされた二度目のキスは荒々しくて、切れた唇からは血の味がした。
まるで余裕のない、忍足くんの胸を強く押して少し距離を取り、彼を見て驚いた。
だって、泣いている、ように見える。
降り続ける雨でそれが涙かは分からないけれど、忍足くんの瞳がゆらり、揺れていた。



『ど、して?どうして、忍足くんがそんな顔、するの?』

「・・・百音」

『ずるいよ、忍足くん』

「百音」

『ずるい、ずるいよ。なんで、忍足くんっ!』



今度は、とても優しかった。
私を包む忍足くんの胸に顔を埋めて、ずるいと最後にもう一度呟く。
暖かくて、だけど切なくて、とくんとくんと聞こえる忍足くんの心音で、雨音が消えた。



始まるのは、きっと。









20091031
世界は君を笑わない
"Happy Birthday 09'1015"

 
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