机の右端に小さくハートマーク。
誰にも気付かれないようにって小さく小さく、君の名前も書いてみた。
英語の先生の流暢な英文はBGM。
ハートマークの中に潜む君の名前に、それだけで胸が高鳴った。



「百音、授業聞いてなかったやろ」

『!』



休み時間、散らばった教科書を引き出しにしまって、ほっと一息ついた。
急にかかった声に体を揺すれば、柔らかく笑んだ侑士と目が合う。



「驚かしてもーた?堪忍な」

『う、うん、だいじょーぶ』

「そ?で、授業。聞いてなかったやろー?」

『聞いてたよ』

「ほんまに?百音、ずっと机の右端とにらめっこしてたやん」



侑士の言葉にドキッ。
まさか見られていたなんて、と無意識に右手で机を隠す。
そんな私を侑士が見逃すはずもなく、隠すと気になるやん、とかなんとか。
だめだめだめ、だってここには!



「隠すくらいなら消せばよかったやん」

『だってまさか侑士に偶然見られてるとは思わなくて!』

「んー偶然ではないねんけどな」

『え?』

「なんもない」



ええから見せやー、って私の脇腹をくすぐる侑士。
近くで見てた男子が忍足それセクハラだぞー、なんて茶化す声が聞こえる。
そんな茶化し声に笑う余裕もなく、指先で必死に文字を擦る。



「百音消そうとしてるやろ!やめい!」

『無理無理無理!』

「こら、消すな!見せい!」

『あっ』



ついに隠していた右手は宙に浮き、脇腹をくすぐる侑士の手も止まった。
なんとかハートの中に書き込んだ名前だけは消すことができて、ほっと一安心。



「ハートマーク?」



だけど侑士はそれが気に食わないのかなんなのか、眉間に皺を寄せている。
一気に不機嫌になったのは一目瞭然で、訳の分からない私はぽかんと侑士を見つめる。



「何書いてあったん」

『いや、ほら、ハートじゃん』

「こん中、擦って滲んだ跡残ってる。なぁ、何書いてたん?」



目ざとく書いてあった跡を見つける侑士。
そんな侑士に脳内は軽いパニック状態で、どうしてそんなに必死なのかと思う。



「百音、授業中いつも右端になんか書いてるやん」

『え!』

「決まって右端。シャーペンの動き、毎回一緒やし、何書いてるん?」

『え、え、え!?』



決まって右端とか、シャーペンの動きが一緒とか、なんでそんなこと。



「今日やって偶然やないで。いつも気になってて、今日発覚したのがハートマークで、しかも中に擦った跡・・・」

『偶然じゃないって、なんで、』

「好きな奴の名前でも書いてたんやろ!」



侑士の思った以上の大声に教室中の視線が私に向く。
どうしていいかわからないし、侑士がなんでこんなに必死なのかとか、何で右端のラクガキを知ってるのかとか。
好きな奴の名前、なんて言う侑士に全身の血が顔に集まる。



「やっぱりや。なぁ、誰の名前やったん!」

『な、な、!』



まさか、侑士の名前です、なんて言えるわけもなく。
壊れたロボットみたいにただ口をパクパクと開け閉めしてるだけ。
その間にも侑士は私に詰め寄ってきて、周りの茶化す声が大きくなって、それで。



「ハートマークの中に書いた奴なんかより、俺のが絶対に百音を好きや!」



瞬間、教室中がわっと沸いて、私は座っていた椅子から落ちた。
恥ずかしさと、驚きと、嬉しさが混じって、どこかに穴があったら入りたい。
床に落ちたまま侑士を見上げれば、騒がしい教室もはやし立てる男子も女子も、もうどうでもいいような気がした。









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(だけどなんだか悔しいから、書いた名前の正体はまだ内緒)




20090110

 
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