肌寒い日が続いた。桜はとうに散ったので、春には違いないのだけれど、なぜこうも寒いのか。今日も私は(早くしまっちまいたいんだが大将……と薬研に言われる)炬燵で丸まっていた。ぬくい。
と、廊下が騒がしくなった。どうやら遠征に出していた部隊が帰還したようだ。
「出迎えてやらないのか?」
「寒いの」
「やれやれ。うちの主は寒がりだな」
いつまで出してる気だ?とケラケラ笑って私の傍に寄り、胡坐をかいたのは鶴丸さん。視界の端に白が映り込んで、なんだか寒々しい。
「鶴丸さん、寒いわ」
「は?」
「あなた白いから余計寒いのよ。遠征組を出迎えて来てちょうだい」
「きみ、不思議なことを言うな」
白=寒々しい、を彼は連想できないようだ。色々あるじゃない、ほら……雪とか。雪、雪……。どうしよう雪しか思い出せない!と心の内で謎の焦りを感じていれば、それを見抜いたのか鶴丸さんはククッと喉を鳴らした。
「白だから寒いってのは安易だな、主。こう見えても俺は温かいぜ」
「とてもそうには見えない」
まだ言うかこの小娘、とでも思っているのだろうか。口角をひくつかせながら「ああそうかいそうかい」と投げやりな言葉を漏らす。鶴丸さんは大人だけれど、内面は子供っぽい部分を多く持ち合わせている。というか子供に違いない。こんなにも驚かせたがりな人に出会うとは思いもしなかった。
さて、じゃあそろそろ遠征から帰って来た子を出迎えてあげましょうか。という気持ちになったので、炬燵から出ようと身を動かした時だった。
「っ!」
「ほら、どうだ?温かいだろ?」
「……え、ええ」
立ち上がろうとして手を畳に着けた瞬間だったと思う。ひんやりと冷える畳とは裏腹に、手の甲は温かくて。視線を落とし見れば、私の手は鶴丸さんのそれに覆われていて。
「なんだ、驚いたってのか。目、まん丸いぜ」
「だって」
「ん?どうした?」
だって鶴丸さん、あなた私に触れたこと、今まで一度もなかったのに。
そんな意が込められた視線を向けたせいだろうか。彼は鋭いから、私の顔を見るなり苦笑いを浮かべた。そして何やら言葉を選んでいるのか、口を開きかけては閉じてを繰り返す。
「鶴丸さん?」
「いや、な……」
「はい」
「きみに触れたら、なんと言うか、刀としての俺が終わる気がしたんでな」
「終わる?」
「主は、この俺の想いを、受け入れられるか?」
手の甲に合わさる鶴丸さんの手が一瞬、私の手を握るように力が入った。かと思えば、次には彼の白くて端正な顔がグッと目の前に迫って。
「っ、」
金色の綺麗な双眼が、私を捕らえる。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、動けない。
「つ、鶴丸さ、」
「……なんてな。ははは、驚いたか?」
少し刺激が強すぎたかなと言いながらスッと離れ、鶴丸さんは立ち上がって廊下へ向かい出す。触れていた手が、じんわりと、熱い。
「主、」
「! は、はい」
「俺がきみに触れそうになったら、今度はすぐに離れてくれ」
じゃないと次は歯止めが効かないだろうから。
そう言って、鶴丸さんはさっさと立ち去って行ってしまった。どういうこと、とはもう聞く必要もないくらい、私にも理解できてしまって。
その後すぐにこの部屋やって来た薬研に、病気にでもなったのか!?と驚かれるくらい私の顔は赤かったそうだ。