刀剣 | ナノ


「いらっしゃ……あれま、土方さん!ちょっとお待ちくださいね、すぐお茶菓子持ってきますんで」


――土方さん。

母上がそう呼ぶあの人は、新選組副隊長の土方歳三さん。最近店番を任されるようになったため、どうして新選組が!?とひどく驚いたものだったけれど、どうやらうちをご贔屓にしてくださっているらしい。

お客様が去った後の座卓を拭いていれば、土方さんと目が合い、小さくお辞儀をした。

そういえば、彼がいつも連れている男の人はどこだろう。
言葉は交わしたことないけれど、よく一緒にお店に入ってくる、髪の長い彼。新選組の羽織を着ているから仲間だろうとは思うが、どうしてか彼にはお茶ひとつも出さない。というか土方さんと話したりする様子もないのだ。


仲が良くない?

いやいや、それなら一緒に来なければいいだけの話ではないか。どんな関係なんだろう、なんて思いながら床几でお団子を食べていたお客様も帰られた頃だろうと様子を見に行けば、ハッと息を呑むような光景が視界に入った。


床几には、ついさっきまで考えていた人物が座っていた。
お団子が刺さっていた串が残るお皿の横で、人通りをぼんやりと眺めるその人。緋毛氈の赤色と野点傘の赤色が、その人の容姿を際立てていた。


「あ、あの……」


おずおずと声をかけてみる。


「……」

「(あれ……聞こえなかった、のかな)」


反応はなし。聞こえなかった?それとも、無視を決め込まれている?
あの〜もしも〜し、ともう一度声をかけてみるが、こちらを見ようともしない。もしかしたら耳が聞こえないのかもしれないという結論に結び付けてみたが、それだと新選組でやっていけないだろう。不自由過ぎる。

横からの声に応じないというなら、真正面に行けばどうだろう。我ながら大胆なことをしようとしているが、彼の視界に入ってしまえば無視などできるはずがない。



「あの!」

「……っ、」

「(あ、目が大きくなった)」


「?」


私を視界に入れたであろう彼は、一瞬目を大きく開いたかと思えば、次には眉間にしわを寄せて自分の周囲をキョロキョロと見回した。そしてもう一度こちらを見て。


「オレが、見えるのか」


その言葉の意味が汲み取れず、どういう意味ですか、と返すより先に、目の前の彼は手を伸ばしてきた。ある形を作りながら。そうまるで、でこピンを食らわすような。
思わず目を瞑ったけれど、額にパシン!という痛みもなければ、触られる気配もない。


「ほんとに見えてんのか……」

「え?あの、だからどういう……ひっ!?」

「触るとかはやっぱ無理か」


恐る恐る目を開ければ、ふうん、と納得したような表情を浮かべる彼。だけれど、それよりもまず、私の額を突き抜けている指の説明をしていただきたい!




****


「付喪神、なんですか」

「ああ。見えてんなら知ってるだろうが、土方といつも一緒にいるだろ、オレ。あいつの刀なんだよ、和泉守兼定っていうな」

「い、いずみの……」

「兼定でいい」

「兼定さん」

「おう。つか、おまえみたいなやつっているんだな。さすがに驚いたぜ」


あんた、霊力強いのか?と問われたけれど、よくわからない。今までそういった類のものを見た覚えはなかったから。
そう素直に返答すれば「そうか」と短く呟き、兼定さんはまたぼんやりと人通りを眺めた。が、それも束の間、突然ピクリと肩を揺らして立ち上がった。


「邪魔したな。土方が帰るらしい」

「あ、」

「どうせまた来るだろ。ここは、あいつが贔屓にしてる店だからな」


「待ってますね……!」

「くっ‥ははは!オレを待ったって一銭も払えやしないぜ、待つならこいつを待ちな」


豪快に笑った兼定さんは、ちょうど店内から出てきた土方さんを指差しながら、言った。バチリと音を立てたように土方さんと視線が合ってしまい、またお待ちしておりますと震える声で言葉を投げかけた。

特に反応はなかったけれど、彼の背について行く兼定さんが、手をひらりと返してくれた。