平凡 | ナノ

トイレの女の子 [3/4]


着いた。果てしなく、疲れた。
特に何かハプニングが起きたわけではないけど、お祭りの写真を見終わっても幸村くんは隣に居座り続けた。曰く、移動している最中に動くのは危険だろ?だそうで。動き始めた途端に移動してきたのはどこのどいつだ。

運転手さんが各々の荷物を取り出して地面に置いていく姿を、少し離れた場所から眺めていた。
そうして他のどれよりも小さめのバッグが出てきたのを見て、さて取りに行くかと足を動かした瞬間だった。


「う……!」


今の今までまったく予兆がなかったのに急に襲ってきたぞ尿意!
幸村くんこのやろうお茶なんて利尿作用のある飲み物を差し入れてきたばっかりに!自然現象なので責めるのもおかしな話だけれど、じゃなくて、やばい。我慢しているだけで精一杯のこの状況、非常にまずい。

自分の顔が青ざめていくのを感じながら、視線を建物へ。向けたタイミングを見計らったかのように、建物から誰かが出てきた。トイレの所在地を聞くチャンス!!


漏れそうなのを我慢するようにすり足気味でその人に近づいていく。
「志眞?」と、別に呼んでいるわけではなく、単純に私が動き出したことに対してごく自然に発せられたようなものが聞こえた。あの声はジャッカルだなぁと思いながら歩を進める。いいか志眞、ここで立ち止まったら終わりだと思え。


「あのっ、」

「アーン?誰だテメェ」

「あんたこそ誰って感じだけど、トイレどこ!?」


「は?」


幾分背の高い目の前にいる男は、じろりと私を見る。まるで見下されているかのようでムカつく。
というか、こんなことに数秒だって時間を無駄にしたくないんだけどなんなの!?私のどこをそんなに見る必要があるんですかね、品定め中ですか!?


「もうなんでもいいからっ、トイレの場所教えてよぉおおお」











「はぁああ、すっきりした」


生き返った気分。それと同時に自己嫌悪。手を洗いながら、鏡に映る自分の顔をぼんやり見つめる。

悲鳴にも似た懇願に、さっきの人はひどく引いていた。ドン引きだった。穴があったら入りたい。

備え付けのハンドドライヤーで手を乾かす。
……全然古ぼけてないよね、合宿の建物。トイレだって、どうせ座ったらひやっ!とするんだろうと思ってたのに、ぬくかった。


「外に戻りたくないなあ」


でも荷物は外に置いたままだし、誰か優しい人、保護しておいてくれないかな。盗まれて困るものはないけど、放置されてたら悲しい。
というか、どんな顔してあの人と対面すればいいわけ?第一印象は絶対に“トイレの女”になったに違いない。覆したいけど、変に絡むと空回りしてもっとひどいことになりそうだから、むしろ何事もなかったようにすべきか。それに、女の子のこういったことは普通言わないよね紳士は!

出ようとするも、なかなかその一歩が踏み出せないでいると、廊下からバタバタと駆ける音が耳に届いて。
それから数秒後、バァン!と、トイレの扉がぶっ壊れるのではないかと思うほどの勢いで開いた。


「ひっ!?」


心臓バクバクの私の目の前では、走り疲れたのか肩で息をしているツインテールの女の子。


「ほ、ほんとにいたー!」

「いや、誰!?」


「跡部さん怒ってるので早く来てください!」


いや待ってだから誰!?跡部さんってのも誰!?そんな私の疑問も華麗にスルーし、息を整えた女の子は手を伸ばして、否応なしに私の腕を引っ掴んで。
そしてそのまま走り出すのだった。


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