平凡 | ナノ

きっと紳士も夏バテ [9/15]


一種の嫌がらせなのかな、これ。
目の前ではっきりくっきりとボールが行き交うのをぼんやり見つめる。

今日は久々にテニス部の写真撮りに集中することにして、学校に来ていた。先日、幸村くんにひどいことを言ったからどうせコートに入れないだろうと思い、フェンス越しの顔を撮ってやろうと考えながらレンズを拭いていれば笑顔の幸村くんがやって来て。まさかのまさかでテニスコートの中に連れて来られてしまった。


なんで入れたの。

老け顔と丸井くんと切原くんのね、無言の圧力というか嫌悪感というか、ヒシヒシと感じるわけですよ。しかも観客(女子)が多い……あ、涼しいからか。



「…………」


ミーンミーンという耳障りな鳴き声と、パコーンパコーンという気分がスカッとする音と、キャアキャアという耳障りな黄色い声にイライラ。

結局撮る気になれない。ああ、これきっと夏バテだよ。スランプじゃない。最近ご飯食べる元気もないもんね。はははと乾いた笑いを零していれば、コロコロと黄色いボールがこちらに転がって来て、足にぶつかって止まった。

それを拾ってまじまじと見つめる。こんな小さいやつに振り回されてるんだね……球技の面白さは未だによくわからない。疲れるだけじゃないか。



「すみません、ボールぶつけてしまって」

「あ、紳士」

「紳士?」

「ああいや、柳生くん。別に、足元だから大丈夫、謝んないで」


はい、と彼の手にボールを手渡す。

三強以外の他の連中だったら、ポーイとどこかに投げてしまうところだけど、柳生くんは紳士だし嫌なことされたわけじゃないし、むしろ嫌なこと言ってしまったし。そういえば気まずくないのかなと思いながら、ベンチの背凭れに身体を預けた。


「サンキュ」

「……、え、サンキュ……?」


い、いま、柳生くんが言った!?
何かの間違いか、暑さにやられて紳士度が落ちているのか……まあ、いっか。




「柿原さん!」

「? あ、あなたは幸村くんの」


「や、やだ、幸村くんのだなんてそんな」


照れちゃった。照れちゃったよあの美女。
ベンチから立ち上がり、フェンスの向こう側にいる彼女のもとに向かった。


「そういえば名前を教えていなかったですね。私は吉田真冬といいます。ちなみにクラスはC組です、幸村くんと一緒なんですよ」

「今のは自慢?」

「ふふっ」

「また照れたよ」

「ああ、それより柿原さん、まだレギュラーとの仲戻らないんですね」


「ぶっちゃけ、難しいですよこれ。この前の言葉無しね、前言撤回!ごめんね!なんて言える自信ないし……柳生くんも直接聞いていたし、切原くんなんかは、かなり傷ついただろうし」


もし仮にそんなこと言ったら、噂程度に聞いたことがある“悪魔化”をさせてしまって、私は血だらけジ・エンドになるかもしれない。


「そういえば、柿原さんはテニス部の夏合宿には?」

「え」

「思い出作りなら、夏合宿を外すわけないと思うんですけど、最後ですし。見られないんですかね、幸村くんの私服……」



合宿とか知らないし!てかこの子は結局、幸村くんの私服姿の写真が狙いなんじゃないか!!


しおりを挟む