学校生活には要らない [26/26]
「部活やりてー。部活やりたいっす志眞先輩」
「赤点取ったらやばいって聞いたけど」
「う……まあ、そうなんすけど」
図書室で勉強していれば、普段だったら絶対に来ないであろう切原くんが来た。私を見つけた瞬間の彼は、まさに犬と言っていい。
「ま、痛い目に遭いたくなければ、今は部活我慢して勉強に集中しなよ。あとここ、図書室なんだから声大きくしないで」
「わかってますよ。だからここ来たんだし」
「……」
「今、あり得ない、とか思ってるっしょ」
「うん」
「俺だって真面目に勉強しますから」
見た目だけで判断されちゃ困るっつの、と言いながら鞄から勉強道具を取り出す彼を横目に、異様な光景だ……と思った。正直なところ、“彼の中身”を見てあげたとしても、真面目に勉強とは程遠い。
ふう、と一息ついてから私も再度シャーペンを走らせた。
静かな図書室には、特にこの時期はみんなテスト勉強に励んでいるため、そこら中から文字を書くカリカリカリカリという音が響く。
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「おや、珍しい組み合わせですね」
「え」
「あ、柳生先輩」
数十分くらい経った頃だろうか、真剣に勉強を進めていれば突然声をかけられて。顔を上げれば、微笑みを絶やすことのない紳士が立っていた。
「勉強しに来たんすか?」
「いえ、これから帰るところですよ。お二人に似ている声がするなと思ったら……仲が宜しいんですね」
「っ、勝手に近づいて来るだけ!ほんとは来ないでほし―」
「柿原さん、」
思わず、カッとなってしまった。仲が宜しいだなんてことをこの場で発言するせいだ。
ただ、言い過ぎただろうか。顔を俯かせてしまった切原くんが今どんな表情をしているかわからないけれど、静かな図書室に私の声が響くくらいの声量であったことを紳士から指摘されて彼を見やれば眉間に少ししわが寄っているのが見えた。
二人も気づいてないわけじゃないだろう、私に向かう視線。
写真部のみんなは大丈夫だと、ファンクラブのリーダーは同情してくれてるから悪いようにはしないと言っていたけれど。そんなの全員が全員思ってるわけない。私が彼らの写真を撮り始めるようになってからは、やっぱり嫌な視線を向けてくる子は少なからず増えた。
「あのね、一言言わせてもらうけど」
もうここでは勉強できない。
これから言葉にするのは彼らにとって残酷なものになるであろうことは承知で、私はあえて伝える。教科書や筆記用具を鞄に入れながら。
「二人だけに限ったことじゃないけど、もう少し自分の立場を理解してほしい。ファンクラブの存在だって知ってる、その仕組みだって知ってるよね。私はファンクラブに入ってないからまだ緩いのかもしれない。だけど、これからは近づかないで。
“専属カメラマン”以上の関係は、築きたくない。はっきり言ってね、私の学校生活にテニス部は要らないの。迷惑。」
それじゃあ。
立ち去る時、彼らの顔は見れなかった。傷つけてる自覚はある。けれど、本当に、今までの楽な学校生活を壊されたくないんだ。
胸を締め付けるような感覚は、無視した。
絡みが増える(完)
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