優先させるのは彼の怖さ [23/26]
「だーかーら、これはこうだろぃ?」
「違うって言ってんだろ!その問題にはこの公式を当てはめるんだよ」
「せんぱーい。これなんて意味っすか」
「……おい赤也、これは単語ってか、人名だ」
「ミケ?」
「Mikeだ。ったく、これ中1の教科書から登場してるだろ」
「さすが!発音いいっすね!」
「…………」
「志眞、目怖いから」
「そんなことないよ。裕斗の方が怖いって」
「畜生。これは何の集まりだ」
もう残り少なくなったコーラをズココ、と飲み干し裕斗は低い声で唸った。
それは私も聞きたい問題である。どこで勉強会のことが漏れて、テニス部でも頭が悪いと評判の年上担当と切原くんが来るという事態になったのだ。
最初は順調に、そりゃあ和やかに進んでいたというのに突然来るわジャッカル先生奪われるわ、挙句の果てには私達の方が空気読めてないみたいになってるし。意味わからない。
「あ、柿原、ドリンクバー」
「は?」
「俺さ、今すっげぇ勉強集中してるわけ、喉乾いたわけ。取って来てくれるだろぃ?」
「ふざけっ‥わ、わかったよ」
思わず出た大声に、情けないことだけれど自分で怯んでしまった。他のお客さんの目がこちらに一斉に向いたのだから、そりゃあ怯むに決まっているよね。あああ泣ける。
空になったコップを受け取り、ドリンクバーへ向かう。そんな私の背に、美佐と裕斗の哀れむ目が向けられているのをひしひしと感じた。
ピッ‥
「はあ、これじゃあ勉強どころじゃない」
コップに段々注がれていくオレンジ色の液体を見ながらため息。どうしてあいつの言う通りにちゃんと飲み物を取って行くんだろう。混ぜてしまおうか……いや、あの不良怒ると怖いからやめよう。
オレンジジュースがたっぷり入ったコップを手に持ち、さてテーブルに戻ろうかとしたところでポケットの中で携帯が突然震え出した。見れば知らない番号。間違い電話か何かかなと思いながら通話ボタンを押して。
「もしもし」
『やあ』
「……もしもし、誰ですか」
『こんにちは柿原さん。幸村だけど』
うん、声聞いて、もしかしたらと思ってたけど信じたくなかったかな!だって電話番号はもちろんアドレスも教えていないのに。
『大変そうだね』
「え?」
『知ってるよ。ジャッカル達と勉強会してたんだよね、なのに丸井と赤也が乱入して邪魔してるんだろう?』
「な、なんで知ってるの」
『うん、だって見てるから』
瞬間、背筋に(世間ではGと呼ばれる)奴が駆けずり回っているのかってくらい、ぞわりとした。
携帯は耳に当てたまま、震えで零れそうになる飲み物に注意しながら店内を見渡せば、私と同じように携帯を耳に当てて、もう片方の手でゆっくりと手を振る恐ろしくにこやかな幸村くんがいました。なんでいるんだよぉおおおお!!しかも美人もいるし!
『実は、最初は二人ともこっちにいたんだ』
「きみ達の責任か」
『そうかもね。向こうにジャッカルと柿原さんが見えるって言ったら……ね』
「……ね、じゃないよ!?
苦労してるんだけど。主にジャッカルがだけど。でも私達だって勉強したかったのに邪魔が入ってそれどころじゃないんだけど」
『だったら、俺達のとこに来なよ』
****
「おかえり、志眞。遅かったね」
「う、うん。はい年う……、飲み物です」
「……」
やらかした。まただ。呼び方改めようと決めたのに口からぽろっと出てしまった。案の定、呼び方が気になった彼はこちらをじとりと見てくるわけで。
「あ、あははごめん気にしないで“丸井くん”」
なんだかとても言い慣れないけれど仕方ない。彼も何か言いたげな様子でこちらを見ているけれど今はここから早く抜け出さねばならない。美佐や裕斗を置き去りにしてしまうのは気が引けるし、本当は連れて行きたいのだけれど。
『来てくれるよね。あぁそうだ、他は連れて来なくていいから』
なんて言われたらもうどうしようにもできなくて。後々二人にはグチグチ言われてしまうだろうけど、優先させなければならないのは……幸村くんの怖さだろう。
「ごめん、私、用事できちゃって、帰るね!」
「えっ」
「嘘だろ志眞!やだよ志眞がいないなんて俺死んじゃう!」
「えー、帰っちゃうんすか志眞先輩」
「う、うん。じゃあ、ジャッカル、少しだけだったけど教えてくれてありがとう」
「ああ、別にいいけどよ。こっちこそ悪い、後半ほとんど手伝ってやれなくて」
なんだか非常に悪いことをした気持ちになりながらも、私はファミレスを出て、外で待っていた幸村くんと美人と一緒に図書館へと向かったのである。
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