平凡 | ナノ

脱出方法はひとつ [10/26]


私がスランプだということを誰から聞いたのか、いや大体予想はつくけれど、お昼休みに美佐と教室でお弁当を食べていたら切原くんが泣きそうな表情を浮かべて走り込んで来た。

思わず口に運ぼうとしていたブロッコリーをぽろっと落としてしまった。


「先輩スランプって!!」

「そんなのどうでもいい、ブロッコリー落としたんだけどどうしてくれるの」

「あ、捨てときます」

「明日辺りブロッコリーに呪われるかも」


床に落ちたブロッコリーをひょいっと拾い、切原くんはナイスコントロールでごみ箱へと投げ入れた。ごめん、食べてあげられなくて。


「へえ、切原って初めてこんなに近くで見たけど、やっぱりイケメンだね」

「あ?アンタ誰」

「……うわ生意気ムカつく」


「ちょっと、何睨み合ってるのかな」


二人の間に火花が散っているように見える。
うん、もしかしなくてもこの二人相性悪いかもしれない。


「志眞先輩!で、スランプって!」

「うん。スランプから脱出するには被写体を変えればいいんじゃないかと」

「え、じゃあ先輩が好き好んで撮ってる風景とかじゃダメってことっすか」

「その言い方カチンときた。けどま、そういうこと」

「で、何に変え……あ、俺達?」


「そこは人間と言おうよ」


どいつもこいつも、なんでテニス部に無理やり繋げるかな!被写体を人間に変更することは、まあ百歩譲って許してあげよう……けど、テニス部と限定されるのは腑に落ちない。すっごく拒否したい。

でも専属カメラマン……それならこの立場を精一杯活用すべきなのか。唐揚げをぱくっと口に放り込み、咀嚼しながらニコニコと笑みを浮かべる切原くんを見やる。そうすれば当然、彼と目が合うわけで。


「俺、先輩のスランプ脱出のためなら協力しますよ!どんどん撮ってください。いやむしろ撮れ。先輩達含めて」


その言葉に、うっ、と呻くような声を(やはり拒絶反応があるようで)出してしまえば、「専属カメラマン忘れんなよ!?」と、まるでこの教室にいる生徒達にもその事実を知ってもらおうとするかのように大きい声で言い放った。一通り周囲を見渡したところで満足したのか、切原くんはひらりと手を振り教室から出ようと歩を進め出した。

そんな背中を睨みつつ思い出す。


「あ、待って切原くん」


鞄からある物を取り出しながら呼び止めれば、素直に戻って来た。瞬間、どこからか「何あれずるい」なんて声を耳にした気がするけれど聞こえなかったことにする。


「?なんすかこれ」

「年上担当の弟達をね、無断で撮って、怒られたからお詫びの写真」

「……盗撮好きなんじゃ」

「違う好きじゃない!これ、戻るついでに渡しておいて」


「丸井先輩っすね、了解ー」


写真を受け取り、それをピラピラと振りながら今度こそ教室から出て行く切原くん。これで自ら危険に近づかなくても済んだ。ふう、と一息ついたところで、美佐が私を凝視していることに気づいた。


「志眞、いつかテニス部依存症になるかもね」

「ちょっ不気味なこと言わないで!」


しおりを挟む