これは休まらない [9/26]
「無理そうだったらメールして。荷物持って来てあげるから」
そう言って、美佐は保健室を後にした。
ぼろぼろ涙を流しながらやって来た私を見て、先生はかなり驚いた様子でこちらに視線を向けたけれど、さすが大人の余裕というやつで水で濡らしたタオルをすぐに持って来てくれた。
「どうする?ベッドで横になる?」
「いえ、お腹痛いとかじゃないので大丈夫です」
「それにしても柿原さんが涙流しながら来るなんて、驚いちゃったわ」
「あはは」
それもそうだ。怪我をした時くらいしか保健室を訪れない私が、こうして涙付きで登場すれば驚きもするだろう。
先生が色々と準備をしている姿を目にしながら、校庭から聞こえる体育の授業中なのであろう生徒の声を耳にする。なんだか不思議な感覚だ。サボっているわけじゃないけど、身体の不調じゃないからこう……罪悪感というかなんというか。
ふう、と小さく息を吐き、そういえばと思い出す。
ポケットから携帯を取り出せば、メールが来ていることを知らせるライトが点滅していた。
From:青りんご
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はよ。
暑いよな、部活とかへばる。
スランプー?
おまえそれ初めてじゃね?
つか謝り過ぎ、俺まで暗くなるだろ
あと命令すんなアホ
とりあえず、視点変えれば?
なんかほら新たな発見とかできっかも
わりぃ
あんま良いアドバイスできなくて
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うううん、やっぱり青りんごも美人担当と同じ考えってことか。そうだよね、自然から離れてみるのも良い経験になるかもしれない。=人間ってことなんだけど……。
ありがとう、と返信して携帯をしまう。
授業中だろうからしばらく返事は来ないと思うけど、ほんと、真面目だよなあ青りんご。私と違って数時間経っても忘れずに返してくるんだから。あ、私が特殊なだけか。
さて、目を腫れさせないように冷やしておこう。
携帯を弄るために取っていた濡れタオルを折り畳み、背凭れに頭を預けて天井を仰ぎ、そうしてタオルを目元に置く。視界は真っ暗。ちょっと女の子でしょ柿原さん!なんて声を聞いたけれど、問題ないよこんな朝早くから保健室に来る人なんていない。
ガラッ
なんて、思っていた自分を殴りたい。
扉の横に位置しているソファーに座っていたから余計その音は大きく聞こえて。びっくりして頭を起こせば、自然と濡れタオルは膝上に落下して。保健室に入って来た人物を見て、ぎょっとした。
「仁王くん……またサボり?」
「ダメなんかのう」
そう、朝っぱらから保健室を訪れたのは名前の通り仁王雅治。
私の方をチラと一瞥するも、何も反応しないのを見てホッと胸を撫で下ろすがちょっと待て先生それでいいのか。また、ということは彼は何度もサボっている証拠だ。しかも保健室で。さすがイケメンに弱いと噂されるだけある。
「ダメじゃないけど……」
いやダメだろ。
待ってよほんと、なんで生徒相手に強気になれないの!頑張ってよ!追い返すのが先生の役目だよ、サボりなんていけませんって!お願いだから追い返してください勘弁してくださいエロ担当と保健室にいなきゃいけないなんて罰ゲームすぎる。
最終的には自分を守りたいがために追い返せ追い返せと念じていたわけだが、そう簡単に願いを叶えてくれるはずもなく。
「仕方ないわね。ベッドで寝てて良いから大人しくしてるのよ。私、今から保健室少し空けるから」
「えっ」
「そういうことだから、柿原さんも、ゆっくり休んで気持ち落ち着けてね」
「いやまっ―」
ピシャン、と扉は閉じられた。
そうして訪れる静寂。ゆっくり休んで気持ち落ち着けてね?無理に決まってるじゃないですか……どう頑張れば落ち着けられるのか。ゴクリと唾を飲み込みつつ視線を移動させれば、エロ担当がこちらをジトっとした目で見ていた。なんでいるんじゃ、みたいな目。
「サボり?」
「あんたと一緒にしないでよ」
「ふーん」
まあどうでもええけど。
そう言って、エロ担当は先生の言葉通りベッドに横になるらしく行動を起こした。開放的なそこにカーテンでしっかりと仕切りを作り、そして、ベッドが軋む音がした。寝転がったんだろう。
「……きつい」
なんだろうこの空間。
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