平凡 | ナノ

後戻りはできない [34/34]


「柿原さんも懲りないよねほんと」

「いや幸村くんの方が」

「俺が?」

「なんでもないっす」


部室の中、老け顔担当は部外者など入れるんじゃない!と怒ったが、幸村くんの爽やか素敵スマイルを見てしまえば、そそくさと外へ出て行ってしまった。みんなこの魔王には勝てないってか。


「赤也から聞いたよ。柿原さん、俺達の思い出を無断で消去したそうだね」

「勝手に私の私物で思い出を撮ろうとしたあなた達が悪いと思います」

「それは謝る。でも、無断で消去はよくないと思わない?心は痛まなかったのかな」

「え、ぜんぜん」


「……赤也がご機嫌になるわけだ」


なんでそこで切原くん?
私が思い出消去した事実を知ったあの日、私が先輩ってことも忘れたようにかなり暴言吐いてきたのに。それなのにご機嫌になるだなんておかしくないか。



しばしの沈黙。

部室にいるのは、幸村くんと私の二人だけ。気まずい。

変に汗ばむ手のひらを気持ち割ると思いながら、どうしようと思考を巡らせていれば外から黄色い声が聞こえてきた。


「そろそろ行かなくちゃね」

「そうだね。邪魔者は帰りたいと思います」

「何言ってるのかな。柿原さんもコートに来るんだよ、みんな待ってるから」


……ね?

ぎゃあああ、スッと細められた目で見られたため心臓が違う意味でバックバクだ。
恋する乙女ならば倒れちゃうほど嬉しい微笑みかもしれないが、私にとっては悪魔の微笑みにしか見えなかった。背筋が凍った。


「さ、行くよ」

「あっ、ちょっと……!」


手首を掴まれ連行された。
部室の扉が開けられ、何分かぶりの太陽に目を細めた。なんだかひどく眩しい。



「きゃあああ幸村くんよ!」
「今日も素敵!」

「それにしてもあの子誰?」
「幸村くんに手を引かれてるってどういうこと!?」
「リーダーに言わなくちゃ!」


なんかすっごい言われてるよー!!

手を引かれている、なんて可愛いレベルじゃないよ。すっごい手首痛いから。ってかリーダーってなんですか!ファンクラブの会長的な、そんな役職の方ですか!別に報告するレベルでもないのでやめてくれ。


女子の視線がチクチク刺さる中、逃げることもできずにそのままテニスコートの中へと連行された。部外者なのにコートの中来るなんて恐れ多いんですけど。ほら!老け顔担当めっちゃ怖い顔してるよ!?


「レギュラーはいったん集合して!」


ベンチの近くで幸村くんがそう叫べば、ボールを打ち合っていたり筋トレをしていたりと活動に励んでいたレギュラーが集まって来た。うおお、迫力。


「先日の俺達の合宿での思い出を無断で消去した、柿原さんだ」

「何だと?」

「なにその紹介!?ああ、てか怖い、真田くんごめんなさいごめんなさい……出来心です」


ぺこぺこ頭を下げながら謝る。
真田の前じゃ素直だな、なんて声がどこからか聞こえてきたけど……だって怖いじゃないか。それに真田くんにはちょっと申し訳ないと思っていることがまだあるしね。(参照:理想は年上彼氏)



「柿原さんにとってはどうでもいい写真だったかもしれない。でも、赤也にとっては、俺達よりも大切なものになる予定だったんだ」

「……え、」

「赤也は俺たちレギュラーの中で、唯一の2年生だからな。俺達が引退すれば、赤也はひとりになる」

「……っ」

「本来ならばカメラで遊んでいる場合でもなかったが、思い出を作りたいと赤也自らが望んでな。それを消したのか貴様は」


な、な、なんてひどいことを!
いったい誰よ、切原くんの気持ちを粉々にしちゃった奴は!出てきなさい、この慈悲深い私が一発殴ってやるんだから!


バシッ

「おまえのせいだから」

「ゆ、幸村くん!(やはり噂は本当なのか)」


後頭部を思いっきり叩かれた。
睨むことは怖くてできそうになかったので、叩かれた部分を押さえながら地面を睨みつけてやった。

でもどうしよう、少し罪悪感。
切原くんのそんな気持ちなんて、まあ知るわけもなかったんだけれど、それを聞かされてしまった今……ああ、私ってばなんて最低なことを。


チラと視線を上げて切原くんを見れば、なんともやりきれないような悔しそうな表情で。
(心臓が痛みました)


「あの、ごめんね切原くん!」

「……」

「まさかそんな気持ちがあったなんて知らなくて、大切なものになるとは思わなくて……だから、その、な、なんでもする!」

「え……」

「切原くんのために、私にできることならなんでもするから!だからほら、泣かないで、ね?」


切原くんの傍へ駆け寄って必死にそう言えば、俯いていた顔を上げて私を見つめる。
こんなに近くで見たの初めてかもしれない。なんてイケメンなんだ切原くん。その若干潤んだ瞳とか心臓射抜かれちゃいそう。



「なんでもするんだ?」

「言っておくけど切原くんのためだよ」

「じゃあ俺達の専属カメラマンになってよ」


「……は?」


や、ごめん、何言ってんだあの魔王。
っと、今一瞬頭痛が……え、何がどうして専属カメラマンに繋がるの。


「よかったのう赤也」

「思い出取り戻せるぜぃ。しかも今度はブレたりもしないじゃん」


「はい!あ、志眞先輩、ありがとうございます俺のために専属カメラマン」


そう言ってぶふっと噴き出す切原くん。それに続いて年上担当、エロ担当と笑い出して最終的に魔王担当までクスクス笑い出す。
(これは、あれですね)



嵌 め ら れ ま し た 。




崩壊し始めた(完)


しおりを挟む