平凡 | ナノ

偉人とファンの脳 [22/34]


“昨日見ちゃったんだけどさ”


そんな文章から始まった筆談。
後ろからサッと出てきた紙に驚きながらも、先生に見つからないようチラと後方を見れば、美佐がかなり深刻そうな顔をしていた。

な、なにか嫌なことでもあったのかな!?
心配になり、すぐさま会話文を紙に綴り後ろの席に戻した。


“何の心配だよ。違うって、昨日の放課後、中庭で絵描いてたら振られた現場見たの”


ふ、振られた現場……?
なんだ美佐のピンチじゃなかったのか。心配して損したじゃないか、はぁ。


“これがまた驚きでさ、女子が振られてるのかと思ったら、逆だった”

“ふうん、誰?”

“仁王雅治。あれが振られてたんだよ?”



この前は振っていたけど。

美佐からの報告に思わず口角が上がった。なんだ、やっぱりみんながみんな好きになるわけじゃないんだ。安心しちゃった。この会話の話題の女の子とは話が合うかもしれないな、なんて思いながら次の返事を待った。


現在の授業は数学。
意味のわからない公式に適当に当てはめ、答えを導き出す。本当、誰だろう数学なんて生み出した奴は。

偉い人なんだろうけれど、こればっかりは褒めてやらない。こっちはつらいんだよ!偉人の脳みそなんてわかって堪るか。フンッ。



「じゃあ、桑原、この問題解いてみろ」


スッと出た先生の人差し指の先にいたのはジャッカル。難しそうな問題を当てられ、頭を悩ませているのか眉間にしわが寄っている。が、数秒後には、答えがわかったのかムカつくくらいに「閃いた!」という感じの顔をした。

そうして口から出た回答は、見事正解。
先生も褒めるし、クラスメートからもすごいと感嘆の声が。……今度、教わろうかな。



ツンツン

「ん」


正解おめでとー、と心の中で褒めていると肩を突かれた。
筆談の返事がようやく来たのだ。紙に視線を落とし、新しい文章に目を通したところで、乾いた笑みが零れた。



“女子から振ったのは、別に仁王が告白したからじゃなくって、もともと付き合ってたけど浮気だかなんだかを知って振ったんだよ。たぶん、嫌いじゃないと思う”



偉人の頭の中もわからないけれど、
テニス部ファンの人達の頭の中もわからない。


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