君ポピ | ナノ


近いうちにパーティーがあるという話はやっぱり嘘ではなかったようで。週末に控えたそれに向けて、ミルフィオーレ全体が忙しなくなっていた。パーティー自体はよくやるらしいのだが、今回のものはいつにも増して大きい催しなのだと言う。


「暇だなぁ」


お陰で、あたしは暇というわけだ。ただ、手だけは動かしている。なぜかって、秘書がやらなきゃいけなかった仕事(書類まとめ)を代わりにやっているからだ。なんでも、あたしと入れ替わりになるように消えたらしい……白蘭さんの扱いが酷いから逃げたんじゃないのって言えば、嫌に気持ち悪い笑顔を向けられた。

こうも単純作業を繰り返してると、本当に嫌になる。ふう、と息を吐きながら何気なく白蘭さんのデスクに目を落とせば、仕事の資料に挟まった手紙を発見した。


「お……おお?まさかラブレター!?」


性格あんなんだけど、容姿はいいし権力もあるし、この裏社会っていう世界ではそれなりにおモテになるに違いない。実際、“お見合い”なんて言葉を耳にしたこともあった。

イタリア語だし読めないだろうと思いつつ、周囲に誰もいないことを確認してからササッと手紙を引っ張り出す。……あ、これラブレターじゃないや。読めない文章に目を通してすぐにわかった。筆跡からしてこれは男だろうし。なんだ残念、と肩を竦めながら手紙を封筒に戻そうとした時だった、ある語句が目に飛び込んできた。



「……vongle」


手紙を持つ手からじわりと汗が滲んだ。なんだ、この焦燥感は。



ウイーン

「あ、優奈チャン、書類まとめお疲れ様」

「!?」

「ん?なになに、厭らしいことでもしてた?」


外から帰って来たばかりなのか、サングラスをかけたままの白蘭さんが顔を覗かせた。別になんでもないよと言いながら手紙を封筒に入れ、元の場所に戻す。その間にも、彼はこちらに歩を進めて来るから、バレてしまわないか必死だ。いや、バレたところで内容は読めてないのでどうにもならないだろうけど。

カツ、と横で止まった白蘭さんはデスクの上を一瞥すると、クッと口角を上げてあたしに視線を向けた。


「ああ、手紙を見たのかな?」

「……内容はわからなかったから」

「うん。まあ別にいいんだけどね、パーティーに招待した人達からの返事だったから。フフン、彼ら最初は出ないって言ってたけど、どういう風の吹き回しだろうね、突然出席するって言い出したんだよ。まったく、準備するこっちの身にもなってほしいよねー」

「そう。でもそれ、いつも仕事を押しつける人間が言うセリフじゃないよ」


「そうかもね。ねえ優奈チャン、」


横で不敵な笑みを浮かべる白蘭さんは、スッとあたしの頬に手を伸ばしてきた。色白で冷たい指先は、ツツツと頬を伝って顎に向かうと、そのまま顎をクイッと上に向けられて。あたしの焦りに揺れる瞳を鋭い視線で捉えるとより一層口元に笑みを湛えた。


「焦ることはないよ。もうちょっとで、きみの知りたいこと、すべてがわかるから」

「っ、」


「あっいた!白蘭さ──って何してるんですか!!えええ!?うわっ痛っ!」

「あーもう、僕らがイチャイチャしてるところで邪魔するなんて酷いなぁ……正チャン、実は狙ってた?」

「そんなわけないでしょう!?」


自動ドアが開いたかと思えば、顔を見せたのは正一くん。どうやら彼は白蘭さんを捜していたみたいなんだけど……そちらからはどんな光景に見えたんだろう。こちらを見た途端の彼の動揺っぷりは半端じゃなく、足を引っ掛けてしまったのか、近くにあった棚を巻き込んで倒れてしまっていた。

痛い思いをしてるところ悪いけど、正直あたしはホッとしていた。デスクにほんの少し寄りかかりながら、額に手を当てて深いため息を吐く。



「(……なに、焦ってんだろう)」




****


そんな日の遅い時間帯だった。昼までは一般人はもちろん、裏社会で活躍する人間も出歩いているのでボスであるユニちゃんは危険だと言うことで、ある高級ブティック店を貸し切りにして、そこでとある買い物をするために現在訪問中である。

とある買い物とは……。


「これなんかどうですか?優奈さんに似合うと思います」

「いやいやいや」

「これはどうだ?あんたはお子ちゃまだからこれくらいで充分だろう」

「待て待てそれはどう見ても子供服」

「なーなー、これなんかどうだ!?」

「野猿くん、なんかそれ違うから」

「おい、こういうのはどうだ」

「それはあんたの趣味だろ太猿さん!!」


この中で選べって言われたらそりゃユニちゃんのが一番まともですよ!まともですけども、あたしがどうしてドレスなんかを着なくちゃいけない!?

そう、ドレス選びに来ていたのだ。
パーティーは正装で出ることが一般的。そんなのは理解しているけど、何もこんなに高級なドレスを着ることはないのではないかと思う。それこそ、あたしはしがない一般人なので、高級ドレス一着を買う金があるなら普段着れる服を大量に買いたいレベルだ。


頬を膨らませながら、ドレスを一着一着じっくりと見て行く。どう考えても、似合わない図しか想像できない。



「優奈ー!ちょっとしゃがめ!」

「え?」


ダダダッと駆けて来た野猿くん。嬉々とした様子からあまり良い予感はしないんだけど、とりあえず屈んでみる。と、頭の上に何かが乗っけられて。


「ぎゃははっ!やっぱ似合わねー!」

「ムッ。何乗っけ……あ、ティアラ……似合わなくて当然でしょうがバーカ」

「んなっ、なんでオイラがバカって言われなきゃなんねーんだよアホー!」

「アホ!?」

「おい優奈、ガキの挑発に乗るな」


「γさん、でもこいつ」

「ああ?」

「すっすみません!」


ギロッと睨まれてしまえば何も言えなくなってしまうわけで。やーい怒られてやんの、と笑う野猿くんも一発殴られていた。
似合わないけど、でもティアラ……やっぱり女の子は憧れてしまう。これを身に付けているだけでもお姫様にでもなったみたい。鏡をぼんやりと見ていると、不敵な笑みを浮かべて近づいて来たγさんが鏡に映り込んで。それに気づいた時には、あたしの頭からティアラをサッと奪い取り店員さんに手渡していた。



「えっ!?」

「あれ、買いな。」

「待って!似合ってないから!」

「そんなの知らねえな。さ、あとはドレスだぜ」


「γ、先程のティアラがあるんでしたら、このドレスはどうでしょう。大人な雰囲気にまとめるよりも、可愛らしさのあるこちらの方が優奈さんには似合うと思います」

「ほう、さすが姫。」

「待ってそんな」

「え……嫌ですか?」

「姫、こいつ否定しかしねーから、もう何も聞かない方が手っ取り早い」


まさかの本人の意思は無視!?そんなぁ!と顔を真っ青にさせるあたしを余所に、ユニちゃん、γさん、野猿、太猿は、その他装飾品も、あたしと見比べながら次々と選んでいった。そんなこんなで、最終的にそれらを身に付ける本人は除け者にされたまま、必要な物はすべて買い揃えられた。

帰りの車の中、ズーンとした気持ちで車窓を見ていた。運転するのはγさん、助手席にユニちゃん、後部座席には野猿と太猿、そしてあたしだ。とりあえず騒がしい。


「にしてもよー、どうして優奈がパーティーになんか出るんだ?必要なくね?」

「白蘭がよっぽどこいつを離したくないとかか?」

「そんなわけないですよ。ただ、パーティーに出れば、何かがわかるの。あたしが知りたかったことが、ようやくわかるの」



わかるんだけど、怖い。知ってしまうことに、恐怖を感じている部分もあるのだ。あの単語を見てからもう数時間経ってるけど、それでもまだ変な感じが残る。
両膝に乗っかる手のひらを、ギュッと握り締めた時、助手席から顔を覗かせたユニちゃんがあたしを呼んだ。


「もしパーティーで不安なことがあったら、呼んでください。私がお傍にいます」

「え、でも」

「姫の気持ちを無碍にすんじゃねーぞ」

「ゔ(γさん本当ユニちゃんのこととなると怖い)……うん、ありがとうユニちゃん」


結局、困ったような笑みしか浮かばなかったけど、ユニちゃんはにっこりと笑ってから顔を前に戻した。




****


「それじゃあ、今日はありがとう!」


優奈さんを部屋まで送り届け、私はγと執務室へと向かった。夜の廊下は、ほとんど誰もいないために私達の足音しか響いていなかった。


「姫」

「なんですか?」

「あいつの未来で、何か不安になるようなもんでも見えたのか」


「……鮮明ではありません。しかし、」


自然と眉間にしわが寄るのがわかった。進めていた足を止め、窓の外に見えるキラキラとした町並みを映しながら、私は言葉を続ける。


「パーティーに出た翌日から、彼女の身の周りでは様々なことが起こります。それも、彼女の気持ちを置いてけぼりにしてしまうくらいの」

「そりゃ、招待したファミリーと何らかのことが起きるってことか」

「はい。白蘭はそうなることを知っていて、そしてそれを利用しようとしています。だからこそ、私は優奈さんの心に寄り添っていたい」



だから優奈さん、どうかひとりで抱え込んでしまわないで。

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