君ポピ | ナノ


「正一くん、正一くん!」

「なに優奈さん?」

「買い物行こうよ!」

「え」

「いいじゃん、今日は白蘭さんも仕事でいないんでしょ?このチャンスを逃すわけにはいかないし」


まさか逃げるために!?とギョッとした正一くんに、違う違うと訂正。白蘭さんでは危険だったけど、正一くんなら大丈夫だろうっていう確証を得たいのだ。彼はボスじゃないし、マフィアも白昼堂々と襲ってくるわけないだろうし。


「でも」

「お願い!てか、本当に買い物したいんだよね。白蘭さんが用意してくれる服好みじゃないんだもん」

「(バッサリ言った)じゃ、じゃあ、残りの資料を片付けちゃうから、少しだけ待っててくれると」

「はーい」


やったぁ、と満面の笑みを零せば、正一くんはなぜかパッと顔を逸らして手を動かした。とりあえず、この薄暗い部屋で待つのもあれだから、廊下で待っていよう。自動ドアを抜けて出れば、真っ白い空間が眩しい。

窓ガラスの外に映る、町の風景をぼんやりと眺める。高層ビルから見る景色はやっぱり最高だった。でも不思議だよね、外からじゃあこの建物見えないなんて。未だにそこら辺の謎はわからないままだなと思っていれば、カツンカツンと複数の足音がこちらに向かって来るのが聞こえた。顔をそちらに向けたのと同時だった。



「あなたが、優奈さんですね?」

「優奈さん、お待たせ──って、ブ、ブラックスペル!?」


部屋から出てきた正一くんとブラックスペルの方達とが対面してしまった。もちろんこの前会った、γさんという方もいる。相変わらず怖いオーラを出す人……っていうか明らか睨んできてる。ううう、あたしが何かしましたか!?


「おい岸本優奈、姫に挨拶もナシか?」

「っ姫!?」


「ご挨拶遅れました。初めまして、私はユニと申します」


にこっと可愛らしい笑みを浮かべる少女、ユニさん。彼女の名前は何度か耳にしたことがあるけど……この子がボスってこと!?あれ、それにしても、正一くん「ブラックスペルは野蛮な人間が」とか何とか言ってたけど、彼女の方が白蘭さんよりよっぽど優しそうですけど!?

それにしても、どうして急に。


「姫があんたに会いたいと言ったんだ」

「あたしに?」

「ああ。オレがあんたのことを伝えた日から、ずっとあんたに興味を示してばっかでな。白蘭がいない日を狙わせてもらった」

「もしかして、これから用事がありましたか?」


「いっいえ!ないです、優奈さん、この機会に仲良く―」

「えええっ買い物は!?」


はははと乾いた笑みを零しながら、今さっきしたばかりの約束をナシにしようとした正一くんをギッと見る。


「ゔっ……わかってよ優奈さん、僕は彼女より立場低いんだ(あとγを怒らせたくないし)」

「ふふっ、いいですよ入江さん。優奈さんの買い物に付き合ってあげてください。私は、一目彼女を見てみたかっただけなので」

「いいんですか姫」

「はい。優奈さん、もしよければ、今度一緒にお茶でもしませんか?」


「あ、もっもちろんです!」



その返答を聞いて満足したのか、ユニさんはやっぱり可愛らしい笑顔を向けてからこの場を去って行くのだった。なんて可愛らしい子だろうか。しかも、あんなに小さいのにこのミルフィオーレファミリーのナンバー2だなんて、信じられないや。

彼女達の背を見送っていると、あたしの後方でドサッと音がして。振り向いて見れば、正一くんが疲れたような顔をして座り込んでいた。


「大丈夫?」

「あ、ああ。はあ、まさかこんな場所まで来るとは思わなかった……もー、心臓がバクバク」

「ほんと正一くんってこの世界向いてなさそう」

「余計なお世話だよ」

「あははっ。よし、いつまでも休んでないで、買い物行くよー!」


「うわわっ」




****


正一くんの運転する車(高級車ではなくて普通の外車)で到着した場所は、多くのお店が軒を連ねる、雰囲気のある街道だった。


「ここなら大体の物が揃ってるんだ」

「なんかワクワクしちゃう!あ、あたしお金持ってないから、支払いは正一くんがお願いね!」

「う、うん。……って、さっそく服から逸れてるし……ほんと、女性の買い物って」

「ちゃんと付き合ってよ!?」


「わかってるよ」


疲れるんだよなぁなんて頭を掻きながらも、正一くんはあたしの後方をついて来た。入ったお店は、雑貨店。買うかはわからないけど、見ているだけでも楽しいのがショッピングの素晴らしいところだよね。

それからあたしは正一くんを振り回すようにたくさんのお店に入っては出て、気に入ったものは遠慮することなく買っていった。だって彼が言ったのだ。迷惑をかけてしまっているから、遠慮なんてしないでって……買い物途中、その言葉を言ったことに後悔していたのか彼の顔は青かったけれど。



ドカッ

「はああああっ、疲れた〜」

「大袈裟だなぁ」

「疲れたよ!まさかこんなに買うとは思わないじゃないか!所持金で足りなくなるなんて……本当に遠慮しなかったね」

「ふふっ」


椅子に置かれた紙袋を見て、あたしは満足げに笑みながら、先程頼んだチョコレートケーキをぱくりと口に含んだ。ほろ苦い味が広がる。


「でもあれだね、イタリアだから日本人用に作られてなくてあまり」

「まだ足りないって言うのかい!?」

「嘘だよ、嘘。正一くん、今日は本当にありがとうございました!」


「えっ、あ、うん。どういたしまして」



買い物もそうだけど、これで危険じゃないことも実証できた。ふん、今後何言われたって白蘭さん以外と外出するんだから。

美味しいケーキもご馳走になって、今日はラッキーだ。重たそうに荷物の大半を持つ正一くんの背中を見て微笑みながらついて行く途中、ふと視線を人混みに向けた時だった。



「…………」

「……?」


まるで、バチッと音でもしたかのように、おそらくお互いの視線がぶつかり合った。なんで“おそらく”なのか……相手の目は、綺麗な金髪で隠れているからだ。

お互いに歩いてる。なのに、なぜか時間でも止まってしまったかのようにゆっくりと流れる中、一瞬だけ、頭の中に不鮮明な映像が流れた。誰かが、口角を綺麗に釣り上げてあたしの前で笑うのだ。



「王子っ、あのお店はどうですか?」

「…………」

「王子?」

「っ、ん、ああ……あの店な」


スッと彼の腕に絡みついた女性は、恋人か何かだろうか。彼の視線があたしから外れた瞬間に、時間が元に戻った。人混みに紛れて行く彼らの背中を見てから、思ってた以上に離れてしまった正一くんに追いつくために駆けた。




「あ、優奈さん!」


本部に着いたら着いたで、ユニさんに会った。あ、今回はγさんいない、とホッとしたのも束の間だった。


「姫様ーっ!」

「あ、野猿。太猿も」

「勝手に動かないでください。γアニキに言われるのはオレ達なんです」

「ふふ、すみません」


なんか不良っぽいのが来ましたー!このことか!と思いながら正一くんの顔を見れば、うわぁ最悪だ、と言ってるような表情を浮かべていた。


「姫様、こいつが例の?」

「はい。岸本優奈さんですよ」

「……期待してたのとはちげえなー」

「太猿アニキの好みじゃねーよなー、どう見ても!でも弄り甲斐はありそうな顔してるしなー!おい入江!」


「な、なんだい」

「こいつ借りるなー!」

「うわっ」


野猿くんはあたしに近寄ると、グイッと腕を引っ張り走り出した。ままま待ってよ!正一くんの返事聞いてないよ!?と引っ張られながらも後ろを振り返れば、正一くんは手をひらひら振っていた。ねえちょっと!あたしの顔をちゃんと見なさいよ!!



「しょっ正一くんのバカアアアッ!」



****



ウイーン

「あ、正一」

「! びっくりした……スパナがここにいるの珍しいじゃないか」


「面白いもんが見れると思って」


そう言ってスッと指差す先には監視カメラが映し出す映像。いつもの変わらない映像、眉根を寄せながら見ていると、ある一画面に優奈さんが映った。……もしかして。


「ブラックスペルの連中とどんなやり取りするのか、」

「趣味悪いぞ、スパナ」

「正一こそ、本当は見てみてかったくせに。あの白蘭と対等に口を利いた優奈は、奴らにはどんな態度を示すんだろうって、思ってたくせに」

「ああそうだよ!気になってたよ!」


自棄になって言えば、スパナは肩を竦めた。
それにしても、いつもなら面倒になって途中からどこかで休み始めてしまう買い物の付き合い。今日は最後まで一緒に行動していたな僕……疲れたのは確かだけど、あまりにも楽しそうに色々と見て回る彼女を見ているのは飽きなかった。

白蘭さんが言うのは、このことなのか?
実際“マフィア”である僕を相手にしているというのに、怯えることなく接して、時々わざと僕を怒らせるような言い方をしたり。


なんでだろう。
会って日も浅いのに、昔から知っていたかのように、彼女といる時の僕はずいぶんと落ち着いてる。



椅子に座りながら見つめる画面の先には、野猿や太猿に怯えた様子を見せる優奈さんがいた。その様子を見ながら、僕は仕事を進めた。少しでも僕がやっておかないと、どんどんやることが増えるのだ。あの人はサボるから。


「ウチ思うんだけど」

「何が?」

「優奈は、ボンゴレと何かあるんじゃないかって」


「綱吉くんと?」

「ボンゴレ全体と」


スパナは飴を舐めながら言う。そうでなければ、白蘭が優奈を“勝利の女神”として連れて来たところで意味はないんじゃないか、と。

確かに、突然なんて人を連れて来たんだ、と僕は思っていた。表向きの理由であるボンゴレとの決着についても、女性ひとり連れて来たところで本当は何の意味もなさないことくらいわかっていたから。……でも白蘭さんは彼女をボンゴレの弱みになると言っていた。ってことは、優奈さんがここに来たのは偶然じゃなく、必然で、ボンゴレと何か関係があると知っていた……。


え、いやでも、そんなこと言ったら、彼女は前にもこちらに来たことがあるってことになる……?

そんな奇怪が何度も起こってたらとんでもないだろ、と頭をグシャグシャと掻き乱したところで、スパナが口を開いた。



「優奈の様子が変わった」

「えっ」


仕事をしていた手を止め、パッと視線を画面に移せば、そこに怯えた優奈さんはいなかった。野猿や太猿相手にも笑顔で会話をしてるだって!?


「その時間、わずか6分……ふうん」

「計ってたのか!?」

「行こう、正一。面白そうだ」


「ええええっ!」


グイグイと引っ張られてしまえば、案外力の強いスパナに抵抗することなんてできず。僕はあの人達苦手なんだよー、とグチグチ言っていれば、仕事から帰って来た白蘭さんと鉢合わせて。黙っていようと思っていたのに、現在の優奈さんの状況をぺらぺらと喋り出すスパナ。面倒なことになりそうだと白蘭さんの顔を伺えば、目を丸くした次には不敵な笑みを浮かべていた。

“思った通り”ってところだろうな。




****


イタリアのとある喫茶店。頭にティアラを乗せた金髪の男性が、退屈そうに椅子に座っていた。連れの女性は現在席を外している。


「…………さっきの奴」


そんな彼が思い浮かべるのは、優奈。
彼もまた、優奈と同じように目が合った瞬間、時が止まったかのような感覚に襲われていたのだった。

ほんの少し思考を巡らせた後、彼はおもむろに携帯に手を伸ばして、電話をかけた。



「あ、ボス?招待されたパーティーの件だけど、あれ、出た方がいいかもしんねーぜ。え、めんどくさい?そんなこと言わずにさ、騙されたと思って!」

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