君ポピ | ナノ


「ユニちゃんが、優奈チャンに会いたいって?」


白蘭さんの仕事を手伝わされていた時だった、部下が耳打ちすれば、驚いたように目を丸めて言葉を発する。耳打ちの意味ない。近くにいた正一くんも「ええ!?」と驚きこちらを見てきた。

今日で4日が経った。まだ彼らの傍を離れるには至っていない。それでも、部屋から出られているからまだ気持ち的には嬉しかった。


どうしようかなー、と愉快そうな声色で呟く白蘭さんを横目に、とりあえず資料まとめを続ける。“勝利の女神”とか言われた割には扱いが酷い。もしかして、上司にしたくない人ってのを根に持ってたりするのだろうか。はあ、とため息をついて作業をしていれば、自動ドアが開いた。


「正一、ちょっと話があるって言ったのに、いつになったら顔を見せてくれるんだ」

「ああスパナ、ごめん。立て込んでたんだ」

「……白蘭、あまり正一にばっかり苦労かけさせるな」

「えー?だって弄り甲斐あるしさー、フフン、でも今は優奈チャンがいるからそんなに忙しくしないようにするよ」


「!?それってあたしに仕事させるってこと?ねえ、あたし部下じゃないんだけど!」

「でも今やってもらってる仕事、僕の秘書がする仕事だったんだ。でも、ちょっと前に消えちゃってねー」

「代わりにあたしがやれって!?」

「正解っ」


むきいいいっ!
正一くん、仲良くしてほしいって言われたけど、この人とだけは仲良くなりたくない!!そんな意を込めた視線を送れば、苦笑いされてしまった。


「優奈、ごめん。ウチのせいで」

「えっいや、スパナさんは悪くないよ」


「それじゃあ、正一連れて行くから」

「え!」


スパナさんはスススッと正一くんの傍まで寄ると、仕事途中だった彼の腕を掴んでグイグイ引っ張って出て行ってしまった。なんてこった。もしや、その放棄された仕事もあたしがやる羽目になるのだろうかと、眉根を寄せながら白蘭さんを見れば、にこーっとした笑顔で。



「じゃあ優奈チャン、ちょっと出ようか」

「はい……え、出る!?」

「うん。疲れちゃったし、仕事ばっかりなんて退屈でしょ。偶然にも、今、厳しい目を光らせる人間がいない!これは抜け出すチャンスだよね」

「あんたがサボりたいだけなんでしょ!」

「そうとも言うね。あ、なんだったら優奈チャンだけ残って仕事してくれる?」

「ふざけないで」


「だろ?ってことで、さあ行こうか」





****

まさかこんなに早く、建物から出られることができるだなんて思わなかった。


「んん、やっぱりここのコーヒーは格別だ」

「……」


しかも、白蘭さんと二人っきりで喫茶店。歩道に張り出したテラスで優雅に一杯……なんだけど、この人マフィアでボスだよ危ないよねこの状況!という気持ちが支配していて全然ゆっくりできない。だってほら、この人の容姿自体が凄まじいから道行く人の視線集めまくりだ。

紅茶をひと口飲み、ソーサーの上にカップを置いてから背凭れにぐったりと身体を預ける。


家族と一緒に行く予定だったイタリアに来ていれば、きっとこんな風景を見てのんびり過ごしていたんだろうな。


「イタリアの町、どう?」

「え」

「じーっと見てるから、何か思うことがあったのかなってさ」

「うん……元の世界に返してほしいな」

「ダ・メ・だ・よ」


「チッ」

「うわー、女の子の舌打ちは可愛くないね」


頬杖をついて、舌打ちをしたあたしを呆れたような顔で見てくる白蘭さん。いいさ別に、自分が俗に言う可愛い女の子じゃないくらい知ってるし。そんな白蘭さんはとっても意地の悪い人だよと思いながら、お返しとばかりにジトッとした目で見る。

いつもならば、へらっとしたその表情を崩すことはない。だが今回は違った。


「!?」


スッと細く、鋭い視線がこちらを向いたのだ。
嘘、何か気に障ること言った?数メートルも離れていないこの距離でその鋭い視線を直視できるほど、あたしは強くはない。背筋が凍る中、その視線から逃れようとした時だった。


「優奈チャン」

「──え」


ガタッと立ち上がったと思えば、腕をグイッと引かれて彼の背後に回され。その数秒後には、聞き慣れない音が鼓膜に響いた。



バキュンッ

「!?」


途端、町中は悲鳴で溢れた。聞こえてくる言葉は全部イタリア語だから、一体何を言っているのかわからない。ただ、白蘭さんの背中から感じる殺気は尋常ではなかった。

そしてあたしの身体も。
異様な空気を感じ取ったのか、カタカタと震える。



「白蘭さん……いま、なにを」

「何って。銃で撃ったんだよ?」

「どっどうして!?」


「だから言ったでしょ、ここは危険なイタリアだって。僕みたいな人間は常に狙われる立場にあるんだよ。殺さなければ殺される、そんな世界で生きてるんだ」

「でも、」

「いいかい優奈チャン──」





僕が先手を打たなかったら、きみが血だらけ。死んでたんだよ。



ボフンッ

「…………」


あれから白蘭さんが呼んだ車でミルフィオーレ本部へと戻って来れば、あたしは真っ直ぐ自分の部屋に戻った。ベッドに寝転がり、腕で目を覆う。そうすれば蘇る、白蘭さんの“マフィアの顔”。

今まであんな顔、見たことなかった。
そして思うのだ。今日、外に連れ出したのはわざと。この世界の恐ろしさを知らしめさせるための行動だったのだと。それと同時に、白蘭という人間の恐ろしさもだ。


確かに、こんな恐怖を味わってしまえば、「外に出たい」だなんて気持ちはなくなる。



そうさせることが、目的?

くそ、本当に考えてることがわからない。



「でも待てよ?」


寝転んでいた上体を起こし、思考を巡らす。
狙われる立場にいるのは白蘭さんであって、あたしじゃないはず。なら、彼と一緒に外出しなければ危険なんて……。

そこまで考えたところで、扉が遠慮がちにノックされる。はい、と返事をすれば、顔を覗かせたのはスパナさんだった。珍しい来客に、目を丸くする。


「悪い優奈、今正一は白蘭を叱っててこちらには来れない」

「それは構わないけど……叱る?」


「全部、白蘭のシナリオだ」


どういう意味だ。首を傾げれば、スパナさんは詳しく話を聞かせてくれた。

白蘭さんは、どうやらあたしをここから出したくないようで(どうしてなのかは疑問)、ならば外はこんなにも危険なんだぞということを知らしめてやれば、外出したいだなんて言わなくなると踏んだ。そこで彼は、部下に「優奈チャンとお茶してるところに顔を出してほしいんだ」と事のあらましも教えずに伝えたのだ。もちろん部下は、なんのこっちゃと思いながら、とりあえずあの場に向かったらしい。


そうすれば、突然、バキュンだ。


「なっなにそれ!」

「確かに外は危険でいっぱいだけど、一般人がいる中で堂々と襲ってくるマフィアなんか滅多にいない。ああ、いたとしても白蘭くらいだ」

「……」

「だから優奈、あんたは白蘭のシナリオで踊らされていたってわけで──って、優奈、目が据わってる」


意地の悪い人だと思ったけど、ほんっとに最低だな!それならそうと素直に言えばいいじゃないか……言われたところで外出しないだなんてあり得ないけど。でも、部下を犠牲に……ハッ!


「その部下は!?」

「心配ない。あの銃に仕込んであった弾は、」



そこでスパナさんの口が止まった。続きを聞きたいわけだけど、お互いに騒がしくなった廊下の方が気になったのだ。二人して扉をジッと見ていれば、ちゃんと謝ってくださいよ!?という正一くんの言葉と一緒に扉が開いた。

そこには、首根っこを正一くんに掴まれて困ったような笑みを浮かべる白蘭さんが。



「あっれー、まさか」

「ウチが話した」

「うわー、やってくれたね……」

「もうバレてるんです!ほら、謝ってください!」


今回ばかりは正一くんも強気だった。目の前に出てきた白蘭さんを、あたしは見下すように見る。この顔、まったく悪い気もしてないし謝る気もないな。


「外は危険だっただろ?」

「ええ、あんたのせいでね!」

「……そんな睨まないでよ。」


「だったら!」

「っ」

「もっと、違うやり方があったよね!?」


視線を合わせるように膝を折り、白蘭さんの両頬をぐいーっと引っ張れば、こんな行動に出るとは思ってもいなかったのか彼は瞠目してこちらを見つめる。

……この人の頬、よく伸びるな。
グイグイ伸ばしてみれば、いひゃいよ、と涙目になりながら訴える白蘭さん。その声にハッとして、頬を掴んでいた手を離してあたしは言葉を続けた。


「あんな怖い手を使わなくたって、きちんとあたしに言ってくれたらよかった。だからって素直に“はいわかりました外には今後一切出ません”とは言えないけど……」

「ならこの方法で間違いないだろ?」

「ふうん。あたしに嫌われていいってわけ」


「あ、うん。」

「!?」


その反応は予想外だった。思わず半歩退いて、白蘭さんの憎たらしい笑顔をまじまじと見てしまった。


「無関心よりはずっといいしね」

「正一くん」

「えっなに!?」


「もういいこの人戻して。そっちがその気なら、こっちだってそれなりの行動に移させてもらうから。毎日毎日建物の中だなんてふざけんじゃない」


ほらスパナさんももう出て行って!と背中を押し、3人を追いやって静かになったところで、盛大なため息をつく。疲れちゃった。




*****


「正チャン」

「なんですか白蘭さん。まったく、優奈さんすっごい怒っちゃったじゃないですか、謝れば済んだのに変なことばっか言って」


プンプンしながら早歩きで戻っていく正チャンの後ろ、僕は口角を上げながらついて行く。僕の問いかけに振り向いた彼は、そりゃもうその表情に驚いたようで。


「そんな表情してる場合じゃないでしょう」

「やっぱり僕の思った通り」

「はい?」


「優奈チャンはすごい子だよ。だって見た?マフィアのボスって普通怖いもんだし、それを肌で感じさせた後だったってのに……あの子は普通だった」

「何が言いたいんですか」



怪訝な表情でこちらを見る正チャンに、にっこりと笑みを浮かべながら思う。



──優奈チャン、きみを手に入れたい。

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