君ポピ | ナノ


ブロロロロ

終始ニコニコ顔の白蘭さんに、未だお腹が痛むのか腹部を押さえている正チャンさん。そしてこの高級車……果たしてあたしはついて来てよかったのか。シーンと静まる車内に気まずさを覚え始めた時、白蘭さんが口を開いた。


「何か話してよ、優奈チャン」

「(えっ、無茶ぶり!?)……えっと、白蘭さんってイタリアの方ですよね。日本語お上手なんですね、びっくりしました」

「ああ、色々な国で対応できるように勉強させられたからね。いっぱい話せるよ」

「そうなんですか、頭良いんですねっ」


「あ、マシマロ食べる?」

「へ」


今度は何ヶ国語も話せるぜ!という発言にイラッとして、口角を引き攣らせながらの笑顔を浮かべて視線を窓の外に向けると、その視線を戻させるかのように、白蘭さんはすぐに何かを取り出してきた。


「……マシュマロ、の間違いじゃ」

「いやマシマロだよー」

「優奈さん、気にしないで。」


「そうですか。じゃあ、いただきます」


袋の中から何粒か取り出し、割と大きめにできてる一粒を口の中へ入れる。マシュマロ独特の触感と、噛んだ瞬間に広がる甘さを感じて頬が緩んだ。

その様子に満足したのか、白蘭さんもにこりと微笑んでからマシュマロをいっぱい袋から取り出し、一気に口の中に放り込む。一瞬、悪魔でも見ているのかと錯覚させられるくらいには恐ろしい光景だった。




「ところでさ、優奈チャンはどうしてイタリアに来たのかな?」

「え……家族旅行ですよ」

「かっ家族旅行!?ちょっと白蘭さん!何勝手に連れて来ちゃってるんですか!今頃警察に届けを出してたりして」


サアアッと顔を青くし、慌て出す正チャンさん。その横では、慌てる様子もなくマシュマロを食べながら彼を宥める白蘭さん。

不思議とあたしも冷静だった。というよりも、なんだか他人事のように聞こえた。最初はかなり焦ったし、携帯が圏外だったことにもショックを受けていたはずなのに、今は異様なほど気持ちは穏やかで。


「1時間もひとりでいたんだよ。家族なんてさ、いなかったんじゃない?」

「いや、家族はいました。絶対」

「じゃあどうしてずーっとひとりでいたの?携帯繋がらなくても会える可能性はあったんじゃないかな、アナウンスを使って呼び出すこともできたはずだろ?」


「確かに、その通りです。普通ならアナウンスなり使って呼びますよね……家族、いなかったのかな」

「何言ってるの優奈さん!?」


ははっと苦笑い。もしかしたらこれは夢かな、本当はまだ飛行機の中にいて……長くてリアルな夢を見ているだけなのかな。ぼんやりと窓の外を見ながら現実逃避をしていると、白蘭さんが車窓を開けるので、ぶわっと風が入り込んできて思わず目を瞑った。


「うっ」

「きっと、途中でバラバラになったんだね」


「──え?」

「ね、知ってるかな。世界はね、色々な世界と繋がってるんだってこと」

「繋がってる……」

「そう。だから、途中で時空が歪んだりして、知らない間に自分の知らない世界に飛ばされたりとかごく稀にあるみたいだよ。知らない世界と言っても、見た感じはとてもそっくりだから、最初のうちは全然気づかない」


ごく稀にそんな奇怪が起こって平気なのだろうか。へらっと笑いながら言う白蘭さんを、ジッと見つめる。



「優奈チャンが行きたかったイタリアは、“ここ”じゃないんじゃない?」


「──あたしが、飛ばされたと?」

「うん、そういうこと」


理解してくれて助かるよ、と目を細める白蘭さんの隣では、正チャンさんが混乱している表情を浮かべている。対照的な二人だ……本当なら、あたしも混乱していなきゃおかしいんだろうけど。変だな、妙に冷静だ。


「でも、いつそんなタイミング……あ、」

「思い当たる節でもあった?」



そうだ、あたしの隣に座っていた人。
疑問には思ったけど、口外することはなかったし、すぐに別の考えを巡らせていたからすっかり忘れていた。でも、あの人は、離陸前に座っていた人とまったくの別人。

寝ていた時に飛ばされた……?と顎に手を添えて考えていると、視界の隅っこで、白蘭さんの口元が歪んだのを見た、気がした。


「今頃ご両親驚いてるかもねー。あ、でも、もしかしたら気づいてないかも」

「気づいてない?」

「優奈チャンが飛ばされたなら、その席に座っていたこちらの人間だって飛ばされたはずだろ?“その人を娘”だとご両親の脳が書き換えられていれば、何も不思議じゃない。旅行を楽しんでいる最中かもしれない。イジワルな神様ならそれくらいパッとしちゃうよねー」



「イジワルな、神様……ね」



それは本当に本当に意地悪だ。まず、時空を歪ませるなという話だし、仮にミスして歪んでしまったとしよう……何百人も乗っていた飛行機の中、どうしてあたしに狙いを定めた?


「じゃあ、あたしの家族はどこにもいなくて、日本に帰ったとしても家もない……」

「そ。だから一緒に来ないかって誘ったんだよ」


「白蘭さん」

「ん?なにかな?」


ふう、と深呼吸をする。スッと見据えた先には、憎たらしいくらいの笑顔を浮かべた白蘭さん。




「あなたの仕業ですか」

「!」

「えええ、白蘭さんが!?なっ、何のために!?ああもう意味わからない!白蘭さんの仕業ならきちんと優奈さんを返してあげて──むぐうっ」

「ちょっと正チャンうるさいよ。」


耳元でギャアギャア騒ぐ正チャンさんを煩わしく思ったのか、ガサガサと袋の中に手を突っ込むと何十個ものマシュマロを彼の口に押し込んだ。もごもごと苦しそうにする彼を見て、満足げに笑った後、こちらに視線を向け「せいかーい」と愉快そうに言った。


「よくわかったね」

「普通、あたしが違う世界から来た人間だなんてわからないと思って。それに、イジワルな神様……白蘭さんにピッタリかと。どうしてあたしを?」


「弱みを握ろうかと思って」

「……弱み?」

「最近僕達と張り合うくらいまでに強くなっちゃってさー、と言っても口喧嘩程度でいがみ合ってるだけなんだけど。それでもやっぱり決めたいじゃない、どっちが強いのか。それで、その勝利を握るために必要なのがきみってわけ」

「これは、笑っていい話ですか?その勝利のためにあたしが必要なんて、意味がわかりません」

「真面目な話だよ」


そう言われても、あたしは何もできない。そんな意を込めた視線を向ければ、それを理解したのか、白蘭さんは「自分と一緒にいてくれればいい」と言う。けど、やっぱり納得がいかない……あたしの気持ちも無視して、突然何かに巻き込まれただなんて。

眉をひそめてため息を吐きながら、いつの間にか身を乗り出していた身体をふかふかな椅子に沈めた。




それから数十分後だった。目的地に着いたのか、車が停車した。


「着いたね」

「じゃあ白蘭さん、僕は先に戻ります……うえっ」

「ん。お腹冷やさないようにね、あと吐かないでね」

「冷やしませんし、吐きません!ただこれはあなたのせいだってことを理解してくださいね!?」


大量のマシュマロを食べさせられたせいで吐き気に襲われているようだ。正チャンさんは逃げるように車から降りて、足早に去って行った。



「じゃ、僕達も行こうか」

「あ、はい……ってなんですかここっ!?」


車から降り、視線をフッと上げれば目の前には大きな白い建物。町は全体的に茶色で統一されているのに、これだけ真っ白だからか、かなり浮いて見える。まるで空港で見た時の白蘭さんのようだ。


「ここが本拠地だよ」

「……へえ(目立ち過ぎじゃないの?)」

「あ、今目立ちそうとか思ったでしょ」

「まあ、思いましたけど」


「ちょっとそこまで下がってみなよ」


スッと指差す白蘭さん。小首を傾げながら言われた通りに数歩下がってみる。すると、あたしの視界に広がったのは──。


「普通の町並みが見えるでしょ」

「え、な、なんで!?だって、ここに立つ前までは白くて目立つ建物が」


「丁度そこを境に、違う空間ができてるのさ」


肉眼じゃ見えないけどね、と言いながらあたしの足先を指差す。なんて言うか、すごい技術ですね。この世界のイタリアはかなり発展しているようで……って!いやいや、どう考えても無理でしょ!
いくら技術が発展してようが、こんな大規模な目に見えない空間を作れるだなんて無理に決まってる。そうだよ、漫画の世界じゃあるまいし。


「ちなみに、ここから入らない限り、ただの町並みが続くだけだから」

「なにそれ……」

「だから勝手に抜け出したらダメだよ?と言っても、僕ナシじゃ外出できないように伝えておくんだけどさ!外は危険だからね」


「それ、自由が」

「うん、ないね。問題ある?」


問題あるに決まってるじゃないか!なんで意味もわからず飛ばされて、ここまで連れて来られて、挙句の果てには拘束!?

ふざけるんじゃないと思ったが、不意に空港での会話が思い出される。殺されるとか殺されないとかの発言だ。それを訊ねようと口を開いたと同時、話は中に入ってからにしようよと言われ手を握られる。


クイッと引っ張られれば、再び目の前に映るのは大きな白い建物。



不安じゃないと言えば嘘になる。
ただ、この人について行かなければ、この世界を知る手がかりも、進む道すらも開けないだろう。

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