君ポピ | ナノ


「それじゃあ優奈、着いたら空港の一番目立つ場所で待ち合わせね!」

「悪いな、席3人分並んで取れなくて」

「別にいいよ。気にしてないし、寝ちゃうから」


それじゃあ何時間か後に、と言ってお母さんとお父さんは指定席に戻るためにあたしに背を向けて機内を歩いて行った。二人の背を見送り、席に身を預ける。

通路側であるから知らない人に挟まれるという気まずさもないし、音楽や映画、それに飽きたら寝てしまえばいいのだから何の問題もない。それよりも、飛行機降りた後の方が問題だと思われる。一番目立つ場所で待ち合わせって一体……深く追求しなかった自分も自分だけど。


はあ、と息をついてヘッドホンを取り出して耳に装着し、適当な番組を流す。




さて、どうしてあたしが飛行機に乗っているかと言うと。遡ること1ヶ月前。

言い出したのはお父さんだった。
あたしが最近、無事に就職活動を終えたはいいけど、それからは卒業論文のために学校に遅くまで残ることも増え、また友達とファミレスで夕飯を食べたり居酒屋でお酒を飲んだりして帰るから、夕食自体家で一緒にならない。それで寂しくなったのだろう。

突然、家族水入らずで家族旅行だ!なんて言い出して。あたしは当然、やることもあったし渋ったのだが、お母さんはかなりノリノリでその話に乗った。お留守番でも構わなかったけど、とりあえずどこに行くつもりなのかを聞いた。温泉旅行ならリフレッシュにもなるし行ってあげようかなって気になったから。


そうすれば、イタリアとかどうだ!?と目を輝かせる始末。ああ、これは確実にお留守番だと思った。

なぜそんな遠くまで、わざわざ家族旅行で行かなくてはならないのだ。行くなら、友達とか、彼氏とか……そういう相手と行きたかったのに!結局、お父さんの寂しそうな背中を見て、行くことにしたんだけれど。



「夏休みだからさ、仕方なくだよ!うん!」


なんて、独り言。

岸本優奈(21)は、家族で旅行。悲しいことに、彼氏なんてもんはいません。好きな人なら、いる。でも実は認めたくはない。なぜかと言うと……はっきり言おう、奴はあたしのタイプではないからだ!

スポーツできて勉強できて優しい人がタイプ(ありがち)のはずだったのに、好意を抱く相手は基本ダメっぽいのにやる時はやる何気にしっかり人。まさか好みが変わった?いやいやそんなはずは……と頭をポカポカ殴っていると、アナウンスが流れた。


そろそろ離陸するらしい。

しっかりとシートベルトを締め、あたしはバッグの中から飴を取り出して口に放り込む。それと同時、隣に座っていた男の人とバチリと目が合った。すぐに目を逸らされてしまったけど……ああ、きっと、あたしの意味不明な行動に眉をひそめていたに違いない。




ゴゴゴゴゴゴ

「(ちゃんと離陸できますように)」


目を閉じ、神様にお祈り。
飛行機自体は嫌いじゃない、外の景色を見るのは好きだし。でも、この離陸する瞬間と着陸する瞬間が一番機体が揺れて、とても不安になる。

しばらく目を閉じた状態でいると、流れる音楽が心地良かったせいか、離陸後数分で夢の世界へと誘われていた。




****


「お客様」

「むぅ……んん、はい」


肩をポンポンと叩かれ、眠たい目を擦りながら開ければ、目の前にはカートを運んできた美人なキャビンアテンダントさんがいた。何時間寝ていたかわからないけど、カートを見れば、どうやらもうお昼ご飯らしい。


「お魚料理かお肉料理、どちらに致しましょう」

「……魚料理で」

「お飲み物は」

「オレンジジュース」


寝起きのせいで決していいとは言えない態度。それなのに、笑顔で対応してくれるお姉さん。本当、接客業はすごいなぁ。料理と飲み物を受け取ると、次にお姉さんはあたしの隣に座る男の人に声をかけた。コップに口をつけ、オレンジジュースをひと口飲みながら、先程と同じようで、でもどこか雰囲気が異なる会話を繰り広げられているのを耳にしていた。

お姉さんの笑顔が、さっきよりもすごく輝いている。更に言えば、緊張しているような声色で対応していた。


あたしの気のせいだろうか。隣の男の人にも料理と飲み物を手渡すと、お姉さんは次の列へとカートを進めて行った。……まあいいか。パキン、と割り箸を割り、どれから手をつけようか迷っていれば、隣からクスッという笑い声。



「?」

「ああごめん、笑って。料理を見てすごく目を輝かせていたから、つい」


「……」


隣に座る男の人を目に映した瞬間、離陸前からこんな人だっただろうか、という疑問が不意に湧き上がった。しかしそれと同時、キャビンアテンダントの美しいお姉さんがああいう対応だったのに納得がいく。


「(これだけかっこよければ、態度も変わるか)」


「ひとりで旅行?」

「い、いえ、家族とです。3つ分並んで取れなかったので、あたしだけひとりで座ってて」

「あー、そうなんだ」

「あなたは?」

「オレは、帰るんだ」

「へえ!イタリアに住んでる方なんですね」


それじゃあ2ヶ国語話せるんですね、すごいなぁと野菜を口に運びながら褒めれば、英語を入れて3ヶ国語話せるよ、なんて笑顔で言われてしまった。

嫌味?嫌味かな?どうせ英語習っててもろくに会話もできないバカですよ、と聞こえないようにブツブツ呟きながら魚を突っつく。クツクツ笑ってるお兄さんは無視だ無視!隣に置いてある肉料理が美味しそうだなんて、思ってないんだからね!



それ以降会話をすることもなく、ご飯を食べ終えたあたしは、適当に映画を見ながら時間を潰すことにした。

チラと横を見れば、お兄さんは寝ていて。もしかしたら、女のあたしより綺麗な寝顔なんじゃないかと思いながら、前の小さな画面へ視線を戻した。


イタリアへの飛行時間はかなり長くて、映画を2本観終わっても着かないし、寝て起きても着いてないし、で飛行機の中はとても退屈だった。しかしその時間ともそろそろおさらばできそうだ。
シートベルトをきちんと締めるように、というランプが点灯すれば、お手洗いに入っていた人が少し慌てるように出て来て、指定席へと座っていた。



「(無事着陸できますように)」


2度目の神様へお祈り。

その祈りが通じたのか、行きの着陸・離陸は何事も起きることはなく、あたしはホッと胸を撫で下ろした。シートベルトを外し、足元に置いていたバッグを手に取り飛行機から降りる人の波に乗る。


「イタリア旅行、楽しんでね」

「え、」


人波が動き始めたと同時、隣に座っていたお兄さんが笑顔でそんな言葉を投げかけてきた。何か言った方がいいのか、と思っている間にも波は進んでしまうので、結局何も言えなかった。とりあえず軽くお辞儀だけはしておいた。




イタリアの空港は、人で賑わっていた。日本からの客人も多いのか、時々慣れ親しんだ日本語も聞こえる。


「んーっ!」


ぐぐっと伸びをし、凝り固まった肩をほぐしたり、ずっと座っていたせいで痛くなった腰をドスドスと拳で叩く。うん、なんだかおばさんみたいな行動してる。

一応、空港の中で一番目立つであろう場所に辿り着き、お父さんとお母さんがここに来るのを願って待つ。最初のうちは、旅行客を眺めたり風景を見ていたりとワクワクした気持ちが強かったが、それもすぐに不安へと変わっていく。


「来ない……」


飛行機から降りて、もう30分以上は経っていた。

これ、目立ってるよね!?
バッと後ろを振り返り、(なんかよくわからないけど)西部劇がモチーフなのか、拳銃を持った人の銅像を今一度確認。こんなに目立つ物、これ以外にないでしょ!




しかし、無情にも時間は過ぎて行く。

空港に着いてすでに1時間経過。その時あたしは、荷物だけでも取りに行こうとベルトコンベヤーのある場所まで来ていたが、キャリーバッグが流れ出て来ない。



「おかしいよこれ……あたし、両親と飛行機乗ったよね?うん、乗ってた。だって、離陸する前に、席並んで取れなくてごめんよーってお父さん言ってた。え、じゃあどうして出て来ないの?バッグも流れて来ないし……あ、そうだ携帯!」


きっと待ち合せ場所がアバウトすぎて会えてないんだよ!絶対にそうだ!
そう思ってバッグの中から携帯を出し、電源を入れてお父さんの携帯に電話をしようと思っていたあたしの目に、驚くべき表示が飛び込んできた。



「……け、圏外?」


どう見ても、圏外。この携帯、世界で対応できるやつだったはず……なのにはっきりと、赤い文字で圏外と表示されている。

不可解な現象に眉をひそめていると、突然背中にドスッと衝撃が走った。


「ったぁ……」

「うわ、すいません!すいません!!」


「……いえ」


よろめきながら後ろに振り返れば、ぶつかってしまったことに顔を青くした男の人が何度も何度も頭を下げて謝ってきた。さすがに怒る気にもなれず、曖昧に返答。というよりも、今の現状に戸惑いを隠せていないせいか、なんだか色々なことがどうでもよくなってくる。



「うぅうう、お腹痛い」

「だ、大丈夫ですか?痛み止め、飲みます?」



「もー、何やってんの正チャン」



お腹が痛むのか、両手で押さえながら情けない声で痛い痛い、と呟く男の人。なんだかとっても重症な気がしたから、薬を飲むか、と問いかける。すると、彼が何か言う前に、後方から彼に対する呼びかけが聞こえた。

ビクッと肩を揺らしたのがその証拠だ。
連れが来たのなら薬は平気かなと、問いかけるために少しだけ折った膝を伸ばした時だった。



「白蘭さんのせいですよ!?」

「僕のせいなの?正チャンは心配し過ぎなんだよ、そんな簡単にこの僕が殺されるはずないだろ?」

「だからって、あまり勝手にうろちょろされても困るんですってば」

「そんなの僕の自由じゃん」


「ああもう、痛い」



待って待って。話の内容がまったく読めない……そもそも、殺される?

イタリアって日常的に殺人が起きちゃうような、とんでもない国だったっけ!?いや、まさかそんなはずは……確かに治安はそこまでよくはない気がするけど、旅行会社にパンフレットがあるくらいだから、そんな、ねえ?


座り込んでお腹をさすっている彼をケラケラ笑いながら見下すように立っている男の人は、なんだかこの空間ではとても浮いている感じがした。

髪の毛は白いし、左目の下に模様があるし。


とりあえず目を奪われる感じ。不思議な人だなと思って見ていると、フッと視線を上げてこちらを見てきた。その視線は、鋭い。



「正チャン、この人知り合い?」

「違いますよ。知り合いだったら、あんなにペコペコ頭下げてません」

「ハハッ、そーだよねぇ」


「さっき、ぶつかられてしまって」

「うん見てた」

「あ、そうですか……」


にこっと笑う表情。微笑みには変わりないのかもしれない、けど怖い。思わず目を逸らしてしまった。ドッドッドッと大きくなる鼓動は、この時すでに、あたしに何らかのサインを出していたのだろう。


「ずっと、見てた」

「!?」

「きみ、ひとり?ずいぶん空港にいるけど」

「白蘭さん?」

「あの、えっと……」


「だったら僕と一緒に来ない?」

「え」


カツカツと音を鳴らし近づくと、あたしの顔を覗き込むように見て微笑む笑顔はそのままに、男の人──白蘭さん──と呼ばれる人は、あたしの手をそっと取った。

これはなに?新手のナンパ?
初対面なのに、いきなり一緒に来ないかって、そりゃ自分に自信がなかったら絶対に言えない。


頭では何か言わなくちゃと考えるのに、言葉が出ない。行きません、なんて言葉くらいすぐ出せるはずなのに。



「よし、じゃあ行こうか」


「え!?」

「白蘭さん一体何を考えて!!」


お腹を痛めていた彼も、この人の行動には至極驚いているようで。もっとも、彼にこの人を止める術はなさそうだし、あたし自身、戸惑うくらいにこの人を拒否する気持ちがなかった。



「僕は白蘭。きみは?」

「……優奈。岸本優奈」



「──よろしく、優奈チャン」



あたしの手を引いて歩き出すこの人が、今どんな表情をしているのかなんてわからない。

ただ、不思議な雰囲気を見に纏った白蘭さんという人、両親が見つからなくて困惑していたその気持ちすら忘れさせてしまうほどで、今この時点で、少なからずあたしは安心していた。

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