「リボーン」
「……」
「ちょっと、リボーン聞いてる!?」
「! あぁ、すまねぇ」
ピクリと肩を揺らし、力なく謝るリボーン。仕事に支障を来したら困る。そういつも言ってるのはどこの誰だったか。
ミルフィオーレに行き岸本に会ったあの日からどうも上の空なリボーン。任務はしっかりやっているようだから問題はないんだけど、いつもの“俺様リボーン”でないと調子が狂う。
「岸本、今ヴァリアーにいるんだよな」
「ああ。白蘭も最善の選択肢を選んだもんだ。オレ達に約束まで突きつけやがって」
「本当に」
はははと乾いた笑いが零れる。
あの日のことを思い出せば、基本的にこんなリアクションしか取れないのだ。
「僕らの傍から離れると思って容易に近づいたりしたら容赦しないよ。優奈チャンの幸せにきみ達は登場しないんだから」
あの白蘭が他人の幸せを最優先するなんて、考えればおかしな話だけれど、あの岸本のために言っているのだと思うと妙に納得してしまう。
10年前から思っていた。
岸本は、人を惹きつける力がある。あのスクアーロが彼女のことでとてつもない怒りを露わにしていたのは今でも鮮明に思い出せるし、牢獄から出た時の骸に関してもそうだ。
「約束なんて律儀に守るんだね、リボーン」
「普通なら破ってるぞ」
「だろうね。今までのおまえならすぐにヴァリアーに行ってるだろうけど」
「まぁな。でも、会わないことがあいつにとって幸せに繋がるってんなら、オレはもう会わねえ。それだけだ」
そう言い残し、執務室から出て行った。
らしくない言動だなと思ったが、それはオレ自身も。はあとため息をつきながら椅子に寄りかかり、白い天井を見上げる。
会えて嬉しかったのは事実だ。けど、彼女に嫌な思いをさせてまで深追いするつもりはない。これでいいんだ。きっと、そう、だって彼女は……。考えながらスッと目を閉じた数秒後だった。
バッターン!!!
「なっ‥!?」
「……」
「ひ、雲雀さん……?」
ノックもなしに激しく開かれた扉の方を見れば、物凄く恐ろしい形相の雲雀さんが立っていた。そしてそのまま何を言うでもなくこちらへ向かって来て、叩きつけるように少し分厚い資料を机に置いた。
「ちょ、長期任務、お疲れ様、でした」
「どういうこと」
「え」
「六道から聞いた。」
キッと睨みを鋭くさせる雲雀さんに怖気づいて思考が止まりかけ「なんのこと」と言いそうになったが、短い言葉の中に“岸本優奈”の存在があることに気づいて口を噤んだ。
「岸本のこと……ですよね」
「それ以外に何があるんだい。何のために会いに行ったんだきみ達は」
「オレは、最初から連れ戻すつもりはありませんでした。ただ、確認したかっただけ」
「ふうん」
「岸本はきっと、ここを嫌う。10年前、彼女に暴力を振るった人間が4人もいるんです」
「優奈のこと、全然わかってないね」
「っ、」
特に何も変わらなかったように思う。けれど、オレの目を真っ直ぐに見て言う雲雀さんに、何かしらの怖さを感じたのは紛れもない事実だった。
「それは、オレと岸本は全然関わっていなかったわけで」
「わかろうとしていないだけでしょ。というか忘れたの?10年前、きみが行方を晦ました時に必死に探したのは彼女だ」
「まあ、そうですけど」
「いいよ。しばらく僕は帰らないから」
「えっ」
「暗殺部隊のところに行く」
「いや待ってそれはダメです!!」
執務室から出るため、歩を進ませながらそう言葉を発した雲雀さんを止める。とはいえ、オレ自身びっくりするくらい声が大きかった。ピタリと足を止めた彼から冷やかな視線が送られる。
「なぜ」
「混乱、してるかと」
「何それ。彼女のことを思って言ってるの?沢田綱吉の憶測は聞きたくないよ。僕が何しようと僕の勝手。きみも、会いたいなら勝手に会えばいい」
そうすることの何が問題なの。そう最後に言い捨てて、雲雀さんは出て行った。
「そんなの、……無理だって」
正直なところ、雲雀さんが羨ましい。
味方として彼女の傍で支えていたのだ、会うことを拒否されることなんてないんだろう。
****
シャァアア‥
「うん、綺麗だ」
ホースを引っ張り、花壇に咲く色とりどりの花に水を撒けば小さな虹も架かって。あの頃も、朝起きてこれをするのが日課だったのを思い出す。生きるか死ぬかの生活を送らされる中でこれが唯一の癒しタイムだったのだ。
懐かしさに目を細めていれば、背後から足音が近づいて来るのが聞こえた。暗殺部隊とあれば足音も気配だって消せちゃうような人達であるに違いないのだけれど、それすら隠さず来るということはかなりお疲れの様子なその人。振り返れば、フラフラと歩くベルがいた。
「ベル?」
「……、疲れた」
そういえば昨晩遅くに出て行ったっけ。
服を見れば、黒地でもわかるほどの赤黒い模様が付着していて。ああ、殺しの世界なんだと改めて確認させられる。
「お疲れ様。早く休んだ方がいいよ」
「なあ」
「ん?なに―……!」
「怖くねぇの?」
頬に付着した赤を拭ってあげるかと思い、近づいてハンカチを添えた拍子だった。やんわりと包むように抱き締められ、低く掠れた声でそう疑問を吐き出す。
「怖くないと言ったら嘘だよ。だって人の命を奪ってるんだもん」
「……」
「でもあたしは、ベル達が優しい人だって知ってるし、理由もなく殺しているわけじゃないことも知ってる。だから拒絶はしない」
「ははっ、おまえらしい」
「ベルはらしくないね。どうしたの、こんなこと確認するなんて任務で嫌なことでも?」
「いーや、なんとなく」
「ほんとかなぁ」
「ほんと。つーか優奈、なに上から目線で物言ってんだし。ムカつく」
ようやく離れたと息を吐いたところで両手が伸びて来て。頬を挟まれたかと思えば抓まれ、そのままぐにーっと引っ張られる。目の前のベルの口角は三日月のごとく吊り上がっていた。
「い、いひゃいっ」
「……わり、血ィつけた」
「え、と、あぁ……別に大丈夫だよ」
パッと手を放すと、申し訳なさそうな声色で呟くベル。本当、どうしてしまったのだろうか、いつもみたいに生意気な王子様していればいいのに調子が狂ってしまう。と、自分がベルに対してお姉さん気取りしていることに気づいた。年下で……合ってるよね?
「いや、でも10年だから違う?」
「は?」
「ああごめん、ベルって今何歳かなって」
「26だけど」
「…………。」
年上だったああああ!!
思わず距離を置けば、「なに急に距離取ってんだよ」と笑われた。さ、さすがに今の距離……というか今までの距離ってまずいね。恋人同士だと思われても不思議じゃない。というか、ベルとは昔からこんな感じの接し方をしていたからなんというか、慣れていたのだ。
いや、前からこんなに抱き締めてくる人だったっけ?とは正直思ってはいたけれど。
「聞くけど、おまえは?」
「……21歳」
「は!?な、なん……前はオレより年上」
「うん」
「どーいうわけ」
「時間軸、違うみたいで。あたし、この世界に来るの4年ぶりなんだよね……あはは」
口をあんぐりと開けてぽかんとしているベルに、あたしもびっくりしてるんだよと告げる。
「しししっ」
「な、なに……?」
「いや、何でも。じゃあオレ休むから、これボスに渡して」
「は、……ちょ!?」
にんまりと口を歪ませたベルに嫌な予感を覚えながら、筒状に丸められていた紙を投げ渡されたので慌てながらもキャッチ。ひらひらと手を振りながら屋敷へ戻っていく彼を睨みつけながら、ザンザスに渡せと言われた紙を広げてみれば、それは――。
「報告書!?ちょっとベル!これは自分で持って……っ!」
あたしが渡していいものではないとすぐさま理解し、バッと顔を上げれば、視線の先には金髪ではない。黒髪の……絶対に、こんな場所になんて来ないであろうと思っていた人がいた。
「ずいぶんと楽しそうだね」
「……あ、えっと」
「なに?僕の顔、忘れたの?」
目の前の人はくすりと笑いを零しながら言う。
忘れるわけ、ない。
「……雲雀、さん」
「初めて会った時以来だね、その呼び方、咬み殺したくなるよ」
「!?ご、ごめん、拗ねないでよ。その目つきで睨まれるの、本当に怖いんだから……ね、恭弥」
以前のように言葉を紡いでみたけれど、よくもまあ普通に喋れているなと驚いた。あの頃と変わらない口調で話せるなんて。まるで10年ないし4年のブランクなんてなかったみたいだ。
それほど彼を信頼していた、ということなんだろう。
「僕は怒ってるんだから」
「消えた時のこと?」
「そう」
「だって、言ったら恭弥泣いちゃうでしょ?」
「咬み殺すよ」
「じょ、冗談です冗談!
あたしが言いたくなかっただけなんだよ。面と向かって帰りますなんて言ったら、気持ちが揺らいじゃう気がして。でもそうだね、屋上から落ちてっていう展開にしたのは謝る。心臓に悪いよね見てる方は」
本当だよ、と拗ねたような口調の恭弥。
こうしてあの頃のことを振り返ってみるけれど、全部が全部嫌な思い出じゃなかったんだよねと思ったりもして。
それでも、笑い話にするつもりはないけど。
「それより、どうしてここに」
「会いに来たんだよ」
「え」
「沢田綱吉達が会ったのに、僕だけ会っていないなんて不公平だから。ところで優奈、簡単に男に近づかない方がいいよ」
「なんで?」
「襲われるかもしれないから」
「おそっ‥」
「さっきも、無防備だから抱き締められたりするんだ」
お、お説教!?
てかいつからいたのよ恭弥さん!み、見られていたとか恥ずかしい!
「いやでも、大丈夫だって。ベルもそんな危険な……危険な」
危険かもしれない。
というか、最後に見せたあの笑顔って危ないやつだ。やだやだどうしよう!とその場で忙しなく手をばたつかせていれば、動きがうるさいと一刀両断されてしまった。キッと睨みながら、そもそも恭弥が変なこと言うからいけないんじゃん、と決して口には出さないけれど全部彼のせいにしてしまえばいい気がした。
ベルのことだ、変なこと考えてもおかしくないのは、確かなのだ。しかも26歳だと言う。大人な経験ももちろんある……と思うわけで。恋人がいるんだし、あるか……。か、考えるなあたし!
「まあ、咬み殺せば問題ないよ」
「頼もしいね!」
「ああそうだ優奈、」
「うん?」
「ボンゴレに来なよ」
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