君ポピ | ナノ


優奈チャンを危険な目に遭わせたくもないし、ここを破壊されたくもない

かと言って綱吉クン達に渡す気なんて更々ない



だから、ヴァリアーに送ることに決めたよ




****


「ねえ、何考えてるんだろうね?」

「そんなの僕にもわからないよ。白蘭さんの頭の中見てみたいくらいだ」

「そうだね」


車の中。少し雲に覆われた空を見上げながら、白蘭さんの言葉を思い出す。

ヴァリアーに送ると告げられた後、何か声をかければよかったのだろうか。でも何も言えなかったのは事実で。突然のことに混乱したのだ、あの人はまたこっちの気持ちも考えも聞かずに色々と決めてくるんだから。


当然、前のあたしであればあの基地から抜け出せることに嬉々としていたかもしれないけれど、特別そんな気持ちも湧き上がらなかった。一言で言うなら、複雑。これに限る。


「白蘭さん、沈んでたね」

「相当後悔してると思うよ。はぁ、帰ったら何言われるか……うっ」

「後悔するならどうして」


痛むお腹を押さえる正一くんを見やれば、あははと眉尻を下げながら、「それがきみの幸せだと思ったんだよ」と言い、更に言葉を続けた。



「あのまま僕らの傍に置いておけば、いずれヴァリアーが襲撃してくる。優奈さんがこっちに来るのを望んでいなかったってことくらい、きっとわかってると思うからね。だから誰も傷つかずに済む形が、これだったんだよ」

「それはまあ、傷つかないと思うけど……でもこの選択が幸せに繋がるなんてわからないよ」

「そこから先は優奈さんが決めればいいと思う。
ヴァリアーで過ごすか、もしかしたら色々展開あってボンゴレに行くかもしれない。……まぁこれは白蘭さんが一番望んでないやつだけど。あとは、ミルフィオーレに戻って来るかもしれない。自由に決めて幸せを掴めばいいと思うんだ」


キキッ

ブレーキを踏み、外の景色を見ながら「着いたよ」とシートベルトを外す正一くんの顔をまじまじと見つめてしまった。



「えっ、と、な、何かな……」

「うん。元の世界に帰るって選択肢はくれないんだね?」

「あっ‥それは」

「そんなに気にしてなかったけどね!白蘭さんにしかできないことだし」


元の世界に、ということを全く考えていなかったのか、指摘してみれば正一くんはすぐさま言葉を探そうと目を泳がせていたけれど、そのことに関してはどう足掻いても白蘭さん次第。

彼の気が変わりでもしなければ、帰れるという選択肢は現れない。


シートベルトを外し車外へ出れば、森に囲まれているせいか空気が澄んでいた。すう、とひとつ呼吸をしたところで正一くんが車のトランクから荷物を持って来てくれた。



それから少し歩いて行けば、見えて来た、ヴァリアーの古城。大きな門はあの頃と何も変わらず少し汚れている感じが、懐かしい。



「じゃあ、僕はここで」

「怖い?」

「(うっ)ち、違うよ。彼ら、敵は敷地内に入れないから」

「そういうことにしておくね。……正一くん」


「ん?」

「たまには会いに行ってあげてもいい。だから、仕事はきちんとこなすことと、正一くんに負担かけないこと、あとマシュマロばかり食べないの……って白蘭さんに言っておいて」

「なんだか優奈さん、過保護」


くす、と笑う正一くんに思わず同意だ。なぜこんな気に掛けてるんだろう。散々恨んではきたけれど、最終的には心配になってしまう。勝利の女神ってのは置いておくとしても、あたしを必要としていたことに変わりはなくて。たぶん、単純にそれが嬉しかったんだろう。

伝言、きちんと伝えておくよ。と言い、この場を離れる正一くんの背中に手を振る。胃薬、常備しておくんだよ!



「――さて、と」


背にしていた門に、再び向き直る。
彼らと会うのはあのパーティーの日以来だと思うと緊張する。この世界のことを認識する前だったとはいえ、あんな会話をしてしまったのだ。怒っているに違いない。

地面に置いていた荷物を持ち、殺されませんように、なんて普段では滅多に願わないようなことを心中で呟きながら門に手を伸ばす。




「ストーップ」

「!」


首筋に、ひんやりとするものが宛がわれた。
それがナイフだとわかるのに時間はかからなかったけれど、久しぶりにこういうことをやられると心臓に悪い。少しでも動けばぐっさり刺さるくらいにはいつも容赦ないんだ、この人は。


「質問、おまえは誰?」

「……ベル、」

「オレの名前を言ってどうすんだし」

「怒ってる?」

「当たり前」


「ごめん」

「……だから、名前言えっての」


ぺちり、ぺちり

焦らすなということだろう。宛がわれたナイフで首筋に刺激を与えて来たのをきっかけに、あたしは口を開いて、自身が岸本優奈だということを告げた。

恐ろしいくらいにすんなりと出る自分の名前。
つい数時間前まで沢田相手に言うか言わないかでごたごたやっていたというのに。


「ベル?」


名前を告げれば、ぺちぺちと動いていたナイフは止まり。しかし何も反応を示さないあたしの背後にいる彼に声をかければ、そこからは行動が早すぎて何が何やらだった。

太陽に反射して銀色に光るナイフが地面に落ちた、と認識してから首が締まるまで数秒。


「!?く、くるし‥!」

「絞めてるからな」

「うぐっ」

「王子に歯向かった罰だし。なーにが勝利の女神だっつの、ふざけんな優奈」


「だ、だから、ごめん」

「許す……」


首に回されたベルの腕をバシバシ叩きながら苦しい中謝れば、思いの外早い段階で力が弱まって。ああよかった、この人も成長したんだ。「本当?」そう言いながら後ろに振り返ろうとした瞬間。



「わけねーじゃん?」



グググググ

「ぎっ、ギブ、ッギブゥウ」


ダメだ成長していなかった!というか、相当お怒りの様子で、さっきにも増して力を強めて首を絞めてくる。手加減なしのその腕を解こうと必死に抵抗している様は、もしかしたら楽しくじゃれ合っているようにも見えるかもしれない。しかしながら、これは生きるか死ぬかのじゃれ合いであって、楽しさの欠片もない。



「ゔお゙ぉい、やめとけぇ。死ぬぞ」

「……んだよスクアーロ、止めんなし。」


「―スク、アーロ……」

「よぉ」


ふっと腕の力が緩んだ。その隙にとベルの傍から離れ、くるりと身体の向きを変えれば、あたしの目に映る――不機嫌そうに口を尖らせる、あの頃と変わらずティアラを乗っけるベルと。そんな彼の腕を掴み上げる、銀髪が太陽に照らされて綺麗に光るスクアーロの姿。


「早く入れぇ。ボスの機嫌取りは優奈に任せるからな」

「え!?」

「ししし、ボスめーっちゃ機嫌悪いぜ。んで、いつもの如くその鬱憤晴らしにスクアーロ」

「……」


指差しながら笑うベルを睨むスクアーロ。おまえが押し付けるんだろ、とでも言っているかのような視線だった。しかしそんな視線もひとつ舌打ちをしながら外し、こちらに目を向けてあたしの名を呼んだ。彼に応えるようにあたしも彼に視線を向ける。背が高いから見上げる形になるのは当然なのだけれど、彼の背後を照らす太陽の光が眩しくて、目を細めてしまう。


「、か……―り、」

「え?ごめん、今なに―」

「だから!!おかえりっつってんじゃねえかぁああ!!」


「!?」


聞き取れなかったから聞き返しただけだと言うのにこの怒鳴られよう。あまりの声量に鼓膜がビリビリと刺激されて思わず耳を塞ぎたくなったけれど、待って、今の言葉……。


「なに抜け駆けしてんだし」

「はぁ!?」


「優奈、」


いきなり近づいて来て何をするのかと身構えたけれど、その行動に笑いながらそっと耳に寄せて「おかえり」と囁く。

ああ、また。


あたしの中で何かが消えた。


振り返れば、ベルは手をひらりと振りながら屋敷へ進んで行く。



「ほら、行くぞぉ」


ぼんやりと突っ立ったままのあたしの背中から声をかけ、地面に置いてある荷物を持ち、ベル同様に歩を進めるスクアーロ。



「…………」



不思議、とっても不思議だ。

どうしてだろう。さっきまでは自分の世界に帰りたいという気持ちだって捨て切れていなかったというのに、捨てたわけでもないけれど、それでも今は、ここに来れてよかったと思う。


二人にとって、「おかえり」なんて滅多に言わないだろうし、慣れない言葉だろう。

そんな言葉をかけられて、あたしの中から消えたのは、「嫌な気持ち」。不安とか恐怖とか、とにかく自分を負のスパイラルに追いやる感情が吹き飛んだ気がした。


何年経ったのか、わからない。

身長も容姿も変化してる。
でも、それでも変わらないものはちゃんとあるようで。




「うん……っただいま!」

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