「あ、あの……!」
飛行機の中で、突然現れたあの時。
パーティー会場で再び会った時。
街で偶然見かけて、声をかけた時。
全部、全部、この子と会う度に淡い期待が募っていった。
オレの突然起こした行動に戸惑う彼女。足早に歩いていた足を止めて、振り返りながら「ごめん」と言って微笑めば、まるで石にでもなったかのようにピシッと表情が硬くなった。
「聞いてもいいかな、きみの名前」
本当は気づいてる。
リボーンの言動を見ていれば、この子はリボーンにとって大切な存在だってこと痛いくらいわかるし、白蘭との会話を聞けば嫌でも10年前の記憶と繋がる。
だから聞かなくたってわかる。
でもちゃんと彼女の口から聞きたい。だからあの場から抜け出した。これはきっと、オレの我が儘なんだろう。
「――、言わなきゃ、ダメですか」
「うん。」
「あたしのこと、見なかったことにできません?」
「いや無理だから」
簡単に口にする気はないらしい。視線をさ迷わせながらどうにか逃れようとする。それもそうだよな……オレ達に自分の存在を明らかにするのは、怖いよな。
握ったままの彼女の手首から伝わる、恐怖。
「おい、ツナ!」
「リボーン」
名前を呼ばれ彼女から視線を上げれば、怒った様子のリボーンがこちらに歩いて来る。
「優奈を勝手に連れ出すんじゃねえ」
「っ……もう名前わかりましたよね」
「リボーンから言われてもダメ。オレは直接聞きたいんだってば」
「強情」
「ははっ、わかってる、オレ結構めんどくさいよ」
「ちょっと!」
くるっと身体の向きを変えて、再び足早に歩き出す。
彼女の中でオレ達がどんな存在であるのかわかってるつもりでいる。でも、ごめん。今だけはオレの我が儘に付き合ってほしい。
****
応接間から連れ出され、廊下でリボーンに声をかけられてようやく逃げられると思ったらまた足早に歩き出す彼に連れられて。
もう絶対わかってるだろうに、どうしてあたしの口から聞きたがるのだろう。
「これ以上リボーンを怒らせたくないから、早く言って!」
「怒らせる原因はあなたが作ってるでしょ」
「そうだけど。でも、早く名前を言わないのも悪い。オレは直接聞きたいって言ってるだろ?」
あたしの手首を引き、ただ前だけを見続けて進む沢田の表情はわからない。
というか、記憶の中の沢田と違う。
強引な部分は以前にもあったとは思うけど、これほどじゃなかったはず。
あたしが折れるのが先か、沢田が諦めるのが先か。
「岸本優奈」
前者だった。
どうせ隠していても無駄な行為なわけで。
思った以上に低く出た声に自分自身驚きながら、でも確実に、沢田に届くように伝えた。瞬間、あたしの手首を掴んでいた彼の手が少し強くなったのは気のせいではない。
歩を進めていた足が止まり、ようやく、身体がこちらを向いた。
「――会えるとは、思わなかった」
「覚えてたんだ」
「もちろん」
「疑わないの?ほら、容姿違うでしょ」
「それならずっと前にリボーンに聞いた。岸本が異世界の人だってことも、実際に見たことはなかったけど、容姿が本来とは違うってことも。
だから、オレの目の前に、しかも飛行機の中で突然現れた時は、もしかしたらって思ってた」
やっぱ超直感ってすごいわ、と小さく笑いながら沢田は言った。
沢田は、あたしに会えて嬉しいの?
目の前で笑う彼の表情は、再会できたことを喜ぶそれと同等のもの。見ていて、思わず困ってしまった。複雑なのだ。だってあたしがこの世界で作った思い出はほとんど痛いものばかりで、獄寺や山本の顔を見ただけでもあの頃の苦痛が蘇るくらいだ。
何か言葉を発したいのに、言葉が喉に突っかかって出てこない。
そのまま沈黙が流れる中廊下の真ん中で向き合いながら立っていれば、視界に小さく深緑色のつなぎを着た人物が入り込んだ。
「ん、ボンゴレ……?」
「!ああ、スパナか、久しぶり」
「……優奈、白蘭の機嫌がまた悪くなる」
「え、なんで!?」
「二人きり……うん、白蘭の気持ちも考えてやれ。そのブローチの意味考えたことあるか」
「へえ、ブローチ?……白蘭の気持ち、ね」
スパナさんに助けてもらえると思いきや、なんだかよくわからない空気になった。白蘭さんの気持ちとは?それを考える前に、彼はあたしの気持ちを考えた方がいいと思うよ!?
というかなんか沢田ちょっとイライラしてる?
「言っておくがボンゴレ、優奈がミルフィオーレから抜けることはない」
「どうして言い切れる?」
「白蘭が手放すはずがない」
「…………」
「(またイライラ度数がっ)いやスパナさん、何言って」
「本当のことだろ」
「だったら、」
ふう、と一息置いてから、沢田はすっと目を細めて言葉を紡いだ。
「――強行手段に出るまで。」
「させないよ」
「びゃ、白蘭さん!?」
いつの間にやら後方にまで来ていた白蘭さんが、微笑みながら返答した。
けどその微笑みはいつも見ているようなものではなくて、背筋をゾッとさせる類の笑み。あたしの空いている方の腕をやんわりと引き、沢田に向けていた視線をこちらに寄越す。
「ていうか、行くわけないよね優奈チャン?
ボンゴレに行ったって周りで目にするのは自分に暴行をした連中ばかりでいいことなんてひとつもない。でしょ?」
そりゃあできることならば行きたくない。
だけど、ここで少しの疑問が生まれた。
そもそも白蘭さんがあたしを呼んだ理由は、勝利の女神よりももっと簡単な理由、あたしに興味があって、傍に置きたい……と。
そんな理由であたしの意思など関係なく連れて来られたのに、今更、行きたい行きたくないを問うてくるなんて。
「白蘭さん」
「ん」
「最初、あたしを呼んだのは彼らとの勝負に決着をつけたいから、だったよね」
「そうだね」
「今は、」
「もうそんなの関係ないね。こっちに優奈チャンを連れて来てからだいぶ日が経ったけど、日常にきみがいないとまるで生きてる心地がしない。いてくれないと、落ち着かない」
ああ、だからずっと会わないようにしていた時間を埋めようと昨日までベタベタしてきたのか。めんどくさかったな。……じゃなくって、この人すっごい大胆な発言した!?
「だから綱吉クン、優奈チャンはきみ達には渡さない」
「……!」
「はあ、やっぱり岸本は違うな。白蘭でさえもこんな考えにさせるなんて。でも、そんなことリボーン達が認めると思ってる?特にヴァリアーはあり得ない」
「ははっ、どうやらお姫様を攫いに襲撃してくるなんて噂もあるみたいだね」
「(や、やりそう)……?」
「……白蘭、何考えてる?」
乾いた笑みを零した後、白蘭さんはあたしの方を見て少しだけ瞳を揺るがせた。いつもと違う様子の白蘭さんにスパナさんも気づいたらしく、声をかけた。
その数秒後だった。
またいつものように飄々とした笑みを浮かべて、口を開く。
「――だから、ここが破壊される前に、優奈チャンを……ヴァリアーに送るよ」
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