君ポピ | ナノ


ミルフィオーレ主催のパーティーが開かれてから3日目。あの時のことは今でも思い出せる、オレの顔を見た途端に、会ってみたかった女性は悲鳴を上げて気を失ってしまうし、パーティーも慌ただしくお開きとなったのだから。

仕事中も上の空。しかし、それはオレだけじゃなかった。あのリボーンまでもが、どこか浮かない表情をしているのだ。何があったのか聞いても言葉を濁すだけ。あのいつだって冷静なヒットマンが心を揺らがす理由は、どこにある?思考を巡らせてフッと現れたのは、あの女性だった……いやまさかそんなはずはないだろうと首を振る。


「はあっ、ダメだな。」


このモヤモヤする気持ちを抱えたまま書類を見ていたって、まったく頭には入って来ない。ガシガシと頭を掻きながら、机に広げていた資料を適当に山積みにしてそのまま突っ伏した。あー、どうしようもなくやる気出ねー。



コンコンッ、ガチャ

「入るよ沢田綱吉」

「(もう入ってるって)仕事終わったんですか」

「当たり前だよ。それより、そのだらしのない態度は何、喧嘩売ってるのかい?あれ以来怠け過ぎだよきみ」

「ん、自覚はしてます」


上体を起こし、雲雀さんから資料を受け取る。きちんと仕事をしたいのは山々なんだけど、どうしても気持ちが向かないのだ。そんなオレを見てため息を吐く雲雀さんは、出て行くために扉へと向かいながら言葉を紡いだ。


「それでもボスなんだろう。わからないことがあったら、自分で模索するくらい簡単でしょ。そして早く気持ちを切り替えてくれないと、困るのは部下だよ」


まあ、僕は部下になったつもりはないけど。と付け足してから扉をパタンと閉めた。

……その通りだ。なんでオレは、行動もせずにうじうじと悩んでいるのだろう。調べるくらいの能力はあるのに。そんな考えにも至らないほど、バカということか?ははっと自嘲しながら、パソコンの電源を落とし、出歩く時にいつも被っている帽子を被ってから執務室を出た。





****


あれから3日経ったらしい。あたしは、あれ以来部屋を一歩たりとも出ていないし、白蘭さんとも顔を合わせていない。いや、合わせたくないのだ。


「酷い顔してるなぁ」


鏡に映る顔を見てから、冷たい水でピシャッと洗う。タオルで拭きながら移動し、ソファーに腰を下ろしてだらしなく横に倒れた。

頭の中を真っ白にして、何も考えたくないのに、まるで呪われてでもいるかのように出てくるのは白蘭さんの憎たらしい顔だった。怒りのせいで涙が出そうになり、クッションに顔を埋める。ああ、消え去ってしまいたい。


コンコンッ

「……優奈さん、」

「……」

「入っても、いいかい?」


返事を返すことはなかった。けれど、それが入ってもいいという合図でもあったことは、正一くんにはわかっていたらしい。白蘭さんが来た時には怒鳴って入室を拒否したあたしなのだ、その時に近くにいたら知っていて当然だった。

遠慮がちに開かれた扉。顔を埋めたままでソファーに横になっているから、彼がどう行動するかはわからない。シン、と静かな部屋に足音だけが響いて、少しすればソファーの一部がゆっくりと沈んだ。座ったのだろう。


「白蘭さんも心配してるよ」

「……知らない」

「うん、僕もその態度でいいと思う。あの人は、ちょっとやり過ぎだ……ごめん、事情を聞いたよ」

「そう」


事情を聞いたからこそ、なぜ白蘭さんが優奈さんを別世界から呼んだのかという理由がわかって、納得もしたけど怒りの方が大きいよ。と苦笑交じりに正一くんは呟いた。

勝利の女神と言っていたのも、相手があの“ボンゴレ”なら、なんとなくわかる。彼らがあたしのことを覚えているかは置いておくとしても、過去に彼らとの関わりがある存在を手にしておけば、後々役に立つ時が来ると思ってのことだろう。



「っ、」

「優奈さん……?」

「忘れていたのに!綺麗さっぱり忘れて、あたしらしい生活を過ごせてたのに……っなのにこれだよ!?人生めちゃくちゃだっ、どうしてくれるの、もう、関わり合いたく、なかったのに……」

「……」


「うっ、……っ」


ギュッとクッションを掴み、顔に押し付ける。けれど、それでもやっぱり溢れ出す涙は止まらなくて。クッションに染み込んでいくのを感じながら、声を殺して泣いた。その間も、正一くんはただ「ごめん」と小さく何度も呟いて、あたしの背中を撫でる。その手は、震えていた。

しばらくそうして時間を過ごしていたけど、仕事があるとのことで正一くんは部屋を出て行った。



「これからどうしよ……」


むくりと身体を起こし、ソファーの上で体育座りをして両膝に顎を乗っけて考えを巡らせる。今のあたしにはイタリア語なんて話せもしないし聞けもしないから、ここから無事逃げ出せたとしてもお先真っ暗だろう。それでも、逃げた方が……いや、しかし元の世界に戻すことができるのは、あいつしかいないのか。

結局白蘭さん頼みか、とテンションがどんどん下がっていく中、コンコンと扉がノックされた。誰だろう、白蘭さんはいつもノックはせずに声をかけてくる人だから、おそらく扉の向こうにいる人は、彼でもなく、正一くんでもない。



「……はい、どうぞ」


それならば、誰だろう。

開けてどうぞと応答すれば、ノブはゆっくりと回されて、少しずつ扉が開く。



「失礼します」

「どちら様?」

「私、先日入隊致しました、ローランドと申します。白蘭様からあなたのことをお聞きして、ご挨拶に」


「……はあ、そうですか」


新しい白蘭さんの部下、らしい。あたしに挨拶とか、別に偉い立場でもないのにする必要ないだろと思いながら曖昧に返答する。

……それにしても。


「あの、何か用ですか」

「いえ」


ローランドと名乗ったこの男、挨拶なら済んだのに一向に部屋を出る気配がない。それになんだろう、この余裕そうな態度、新人とは思えない。睨むように見れば、困ったような笑顔を零して肩を竦ませた。


「少し、お訊ねしてもよろしいですか?」

「何を。」

「あなたのことです。白蘭様からは、あなたは特別だ、としか聞きませんでした……こうしてお会いしても、その意味がわからないのです。どう見ても、この裏社会で活躍するとは言い難く、一般人だとしか」


「あたしは一般人だよ」

「ではなぜ、特別などと……愛人、ですか」

「違う。白蘭さんは、あたしを利用しようとしているだけ。あたしがいれば、自分にとって有利になることがある、だから特別だって言う」


それだけの存在だよと言えば、ローランドさんは「そうですか」と呟く。それから彼は、今後もあたしの様子を見にこの部屋に来るそうだ。白蘭さんの命令だそうで……「心配なんだけど会わせてくれないから代わりに様子を」らしいが、どうせそれは表面上の理由で、実際のところは、ただの監視だろうな。

ローランドさんが部屋を出るのを見送ってから、おもむろにソファーから立ち上がり、窓際に置いていた椅子に腰を下ろしてイタリアの町を眺めた。





****


「……で、おまえら何の用だ。」


スッと鋭い視線がこちらを向く。オレはこの3日間、仕事をしながらも片隅では“あの少女”のことを考えていた。
そう、白蘭と一緒にいた女の子だ。お淑やかそうな外見とは裏腹に、強気な発言をしていたためとても印象に残っているし、オレを見て酷く怯えた様子も気がかりになっていた。

そして今日、仕事がひと段落したため、オレはボンゴレの独立暗殺部隊であるヴァリアーの古城を訪れていた。そこのボスであるザンザスの執務室を尋ねれば、オレのかつての“家庭教師”がすでにいて。驚きはしたが、なんとなく、同じ用件で来ているのだろうと思った。



「3日前のパーティーのことだ」

「それがどうした?」

「白蘭の近くに、見慣れない女がいただろ」


「ああ、」


オレの訊ねたかった内容と、やはり同じだった。
“見慣れない女”と口にした瞬間、聞いていたザンザスの口角がほんの少し持ち上がった。何か知っている風なその態度に、心臓がドクンドクンと早くなる。

しかし、彼の口から何かが発せられることはなく。代わりに、隣にいたベルフェゴールが口を開いた。



「おまえもその用件?」

「え、ああ。本当なら、たいして気にもしない出来事だったんだが……どうも、引っかかる部分があってな」

「それ本気かよー、やっぱ長い時間一緒にいたオレらと違ってすぐわかんねーんだな」


ししっと白い歯を見せて笑うベルフェゴール。首を傾げたくなる気持ちよりも、その言葉には、オレの心臓をギュッと掴むだけの何かが隠されていて、冷や汗がじわりと滲んだ。それは、隣に立つリボーンも一緒のようで。


「つっても、跳ね馬と違って、おまえは“信じたくない”んだろうな」

「あいつは異世界の奴だぞ。そう簡単に信じられるもんじゃ」

「えっ……え!?」


「覚えてねえのかぁ、あいつの顔」

「あの顔については、自前だって言葉もちゃーんともらったし、何よりあの態度を見てればわかるっての。なあボス?」

「ククッ、そうだな」


おいおい、待て。オレを置いて話を進めんじゃねえよ!と、焦りながらも、頭の中では冷静に整理をつけ始めていた。

“異世界の奴”とオレらの“共通の知り合い”で当て嵌まるのは、ひとりしかいない。しかし、そんな……再びこの世界に来るだなんてことあり得ないだろう。オレ達のことを忘れるからという手紙だってもらっていたのだ、あの子に来る理由なんてもんはない。じゃあどうして、と考えを巡らせていれば、白蘭の言葉を思い出した。



「“勝利の女神”」

「……あ?」

「白蘭が言ってたんだ。ボンゴレとの口喧嘩の勝敗を決めるためには、この子が重要だって」

「そうそう、勝利の女神だーっつってオレらに名前教えてくんなかったんだよね、生意気にもさ」


そうだ、彼女は望んでいなかった、この世界に来ることを。なのに、連れて来られたのだろう、白蘭に。だからこその、あの怯えようだったんだ……あのパーティーが開かれるまで気づかなかったに違いない。でも、それならそれで、こちらとしてはショックなのだが。


「こんなこと、あっちゃならねえ」

「……リボーン」


「わかるだろ、あいつは望んじゃいなかった。早く戻してやった方がいい」


口調だけではどう感じているのかわからないが、隣にいればひしひしと伝わってくる、彼の怒り。


「そうは言うけどよぉ、結局のところ、あいつを連れて来たのは白蘭だろぉ。まず、こちらの要望をそう簡単に呑むとは思えねえなぁ」

「ああ、そうだろうな」

「会わせてくれるかもわかんねえって感じだしな。この前のパーティーはこういうのを見越してセッティングしたんだろ、どうせ。ほんとヤな奴っ」



それから数分間話し合って、オレとリボーンはヴァリアー邸を後にした。敷地内から出て気づいたが、あの面子で何も起こらずに話し合いができたなんて、まさに奇跡に近いな。途中、ベルフェゴールとスクアーロが喧嘩をし始めた時にはどうしようかと思ったが、やはり彼女の名前を出すとピタッと止まるのだ。

それだけ、あいつらにとって彼女は大切な存在だったんだろう。10年も経った今では話題に出すことも少なくなっていたけど、今日改めてまた気づかされた。彼女の話になると、本当に、暗殺部隊かと疑いたくなるくらいには穏やかになるんだよな。


「彼女は“優奈”だっていう体で話進めてたけどよ、本当にそう思うか?」

「……ああ、おそらくな。」

「にしても、今後どうやって会うんだよ、白蘭が素直にはいどうぞってするわけないだろうしよ」

「だろうな。だが、あいつの存在に疑問を持った奴が、すでに動いてる」


近いうちに優奈をミルフィオーレ本部から出してくれるだろう。とリボーンは口角を上げながら言った。

出したところで何かが動き出すのだろうかとオレは思った。あの子はこの世界にいていい人間じゃないのだ。リボーンの言っていた通り、すぐにでも戻してあげなきゃいけないと思う。



でも、オレ達の存在に怯えたわけだ。
会ってもより一層怯えさせてしまうだけで、何の解決にもならないんじゃないだろうか。



すべては、白蘭の気まぐれな気持ち次第になりそうだな。

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