君ポピ | ナノ


まるでおとぎ話に登場するような女の子がいた。
ふんわりと巻かれた髪の毛、頭にはキラキラと光る銀色のティアラ。すらりと足元まで流れる淡いピンク色のロングドレスを身に纏うその姿は、本当にお姫様のよう。これから大きな舞踏会にでも招待されるのかしら。


「うわあああああ」

「どうしたの優奈チャン。とっても可愛いよ、似合ってる。そうそう、お姫様みたいにね」

「恥ずかし過ぎるこれ無理ー!やっぱ胸元すごい開いてるし、脱ぎたい」


「おい優奈、選んだオレ達に失礼だとは思わねーのか?ああ?」


ひいい、こんな時も怖いよγさん。
ごめんなさいと言いながら、γさんをチラと見る。今日は待ちに待ったパーティー当日。なのに彼はたいして変わらないんですよ、普段からスーツだからタキシード着たところでそんなに。白蘭さんに至ってはまだスーツだ……それで出てもおかしくはないけど。どうして女子ばっかり大変なのだろうと心の中で舌打ちをしていると、着替え終わったユニちゃんが姿を現した。

今日ばかりはミルフィオーレ主催とあってか、ホワイトもブラックも関係なく協力し合っている様子。現に、白蘭さんとγさんが同じ部屋にいるなんて……びっくりなのだ。


「脱ぎたい?なら、脱がせてあげようか」

「は」

「白蘭!てめぇはボスとして仕事したらどうだ」


ギンッと睨みながら言うγさんに、白蘭さんはやれやれと言った様子で笑みを浮かべると、あたしの腕をクイッと引っ張り耳元に唇を寄せた。


「それじゃあ優奈チャン、また後で──」


こんな風に耳元で囁かれるのは何度目だったかと思いながら、何かされたら堪らないと思い白蘭さんを遠ざけようと行動に移す前だった。頬に柔らかい感触。


「っ!?」

「あははっ、ほっぺにチューくらいで真っ赤になっちゃって!ほんと、可愛いねぇ優奈チャン」


「早く去れ!バカッ!!」


自分でもわかる。笑っちゃうくらいに顔が真っ赤なことくらい。キスをされた頬を押さえながら怒鳴れば、白蘭さんは笑いながら部屋から出て行った。扉を睨むように見てから数秒後、ハッとして視線を移せば、嫌な笑みを浮かべるγさんと、微笑むユニちゃんがいた。


「白蘭も、優奈さんといると楽しそうですね」

「弄られやすい優奈が悪いってことだろうな……さて、姫、オレ達もそろそろ」

「あ、そうですね。」


「えっ行っちゃうの?」

「おまえは、白蘭がエスコートすることになってる」

「さっき出て行きましたけど」

「残りの仕事が片付けば戻ってくるさ」


それじゃあな、と言いユニちゃんと一緒に出て行くγさん。バタン、と戸が閉まればこの部屋にいるのはあたしだけとなった。

もう一度、鏡の中の自分を見る。
ああもう本当にこの人は誰だ……きっとこの口を開かなければ“お淑やかな可愛らしい女性”という印象を植え付けるだろう。チェルベッロさんの魔法(メイク技術)はすごいや。



ガチャ、

「!」

「フフン、酔いしれてた?」

「チェ、チェルベッロさんの技術にね!」

「そう?」


仕事を終えたのか、再び戻ってきた白蘭さんは、スーツから着替えたらしく、ピシッとタキシードを着こなしていた。顔も体型もモデルみたいだから、似合ってて当然なんだけど、それが憎たらしい。あたしはこんなにもドレスに着られてるって感じなのに!


「心の準備はできてるかい?」


近寄って来て、スッと腕を出す白蘭さん。エスコートをする姿は様になっている、ただ、その意味ありげな笑みは要らなかった。眉間にしわを寄せながら、あたしはその腕に手を伸ばした。

緊張はもちろんしている。あと少しで始まるパーティーで、すべてがわかるのだから。



「白蘭さん、」

「ん?」

「もし、この世界が……あたしにとって酷いものだったら、あたしはあなたを恨む」


「構わないよ」

「……もしかして」

「恨みの念でも、優奈チャンの心の中から僕は消えない」

「くっ」


こいつ本当に、なんだろうね!!
どんな感情であれ思われていればいいみたいな、あたしには理解し難い考えだ。そんな意を込めた視線を向ければ、そんな目ができるなら大丈夫だね、さあ行こうか。と白蘭さんは扉を開けて歩き出した。




****


「優奈チャン、ほら早く」

「うわっ、もっとゆっくり歩いてよ!こっちは慣れないハイヒールなの!!」

「はいはい」


会場内に入り込めば、そこにはもう何十人、いや何百人という人が集まっていて賑やかな上に華やかだった。しかし、これが全員マフィアなんだと思うと、自然と背筋が寒くなった。


「とりあえず、今日は僕の傍から離れないように」

「言われなくても離れない。こんな危険なパーティーで勝手に動き回れる一般人がいたら褒めてあげるわ」

「ははっ……と、正チャン怖い顔してる」

「遅いじゃないですか!!」

「うわああ、待って正一くん!あたしがいけないの、上手に歩けなかったから」


すぐにでもお腹を痛めてしまいそうな予感がしたので、あたしは精一杯自分のせいだと主張した。そうすれば彼はこちらを向いて、目を大きく見開くと「綺麗……」なんて言うもんだから、あたしの顔は真っ赤に。


「しょっ正一くんんん!?やめてよ!もう!」

「いっ痛っ!叩くことないだろ!?」


「……二人して顔真っ赤にして、バカみたいだよ」


冗談でしょ!?とバシバシ彼の背中を叩く。正一くんも、自分の口から素直に出てくるとは思っていなかったらしく、口元を押さえながら背中の痛みを訴えていた。



「そ、それにしてもすごいね……」

「そうかい?」

「だってこんな盛大なパーティーだよ!貴族にでもなったみたいだなぁ、マフィアじゃなければなぁ」


ミルフィオーレ主催ということで、あたし達は現在、舞台上にいる。

そこから見渡す光景は、まさに煌びやか。
男性は思っていた通りほとんど黒いタキシードだけど、女性なんかはあたしみたいに胸元が開いたドレスに高価そうなアクセサリーを身に付けて……一般人には知り得ない世界って感じだ。



「!…………?」

「どうかした、優奈さん?」

「いや」


「なになに、イイ男でも見つけたのかなぁ」

「違う!」


スッと顔を寄せておちょくるように言う白蘭さんを一刀両断。確かに集まっている男性は、遠目から見ていても端整な顔立ちの人が多いけれど……でも、今はそんなんじゃなくって。もう一度視線を向けたけど、いなくなってしまっていた。

そろそろ始まるから席に着いてという声に従って、ホールを一瞥してから舞台上に用意された席に正一くんと向かい、着席する。しばらくしてユニちゃんとγさんも同じテーブルに着席した。


それからフッと落ちる照明。
スポットライトは舞台の真中に立つ、白蘭さんに当てられた。




「今日は我がミルフィオーレファミリー主催のパーティーへの出席感謝するよ」


テーブル上に置いてあったオレンジジュースを口に含みながら、感心していた。やっぱりボスなんだな、と。ふう、と息を吐きながら何気なくパッと前を見たらγさんが睨んでた……え、なんで?あっ、まだ飲む時間じゃねーぞってこと?ははは、いいじゃないか暗いんだし気づかないでしょ。

ごめん、飲まないと、喉が渇いて仕方ないんだ。


その視線から逃げるように、大勢の前で淡々とスピーチをしている白蘭さんを見る。



「それじゃあ、今夜は楽しんでね」



スピーチが終わると、一度落ちた照明が点灯され、それからまたガヤガヤと賑やかになる会場。
そんな中、肩に手をやりながら壇上から降りてこちらに歩いてくる白蘭さんに、あたしはお疲れ様との言葉をかけた。


「堅苦しいのは本当に肩凝るよ。じゃあ優奈チャン、これから僕と一緒に挨拶回りしようか」

「え!?」

「今日は僕の傍から離れないようにって言ったんだから、ついて来なきゃ、ね?」


「はあああ!?」


そういう意味じゃなかったような気がするんだけど。驚いて目を開いていると、白蘭さんはクスッと笑って、部屋を出た時と同じようにあたしの前に腕をスッと出した。これは素直に手を出せるわけがなかった。どうしようと戸惑っていると、ユニちゃんが口を開いた。


「白蘭、」

「なんだいユニちゃん」

「……優奈さんを困らせないでください」


「別に困らせてるつもりはないよ。それに、挨拶回りすることが一番手っ取り早い方法なんだよ?僕のやることに口を挟まないでくれるかな」

「おい白蘭……!」

「待ってγさん!ユニちゃんも、心配してくれてありがとう。ほら、行くよ白蘭さん。せっかくのパーティーなのに不穏な空気出さないで」


差し出されていたままの腕を引っ張り、あたしはツカツカと舞台上を下りる。




「積極的だねぇ」

「あんたのせいだよ」

「フフッ。ここからは、僕が先を歩くよ。きみはその容姿に似合うような態度で歩いていて」


白蘭さんがグッと脇を締めると、あたしは彼にピッタリと寄り添うような形になった。傍から見れば綺麗なエスコートだろうが、これ、脇が締められ過ぎててあたしの手が挟まってるんですけど。

まさか、逃げないように!?とギョッとしながら白蘭さんの顔を見上げるように見れば、ウエイターから飲み物を受け取って、あたしに差し出してきた。それは濃い紫色をしたワイン。苦手だし飲まないだろうけどと思いながら受け取れば、すぐに彼はこちらから視線を外して、誰かを見つけた。



「これはこれは、キャバッローネのボスさん」

「ああ白蘭、今夜は呼んでくれてありがとな」


「こちらこそ、来てくれて感謝するよ」


周囲に向けていた視線を彼の話相手に向ければ、そこには背の高い金髪の男性。こういう人のことを言うんだろうな……白馬に乗った王子様。でもマフィアか、できることならば一般人でこういうのいないかな。


「……白蘭、その女の子は?珍しく、ユニとは一緒じゃねえんだな」

「ああ、ユニちゃんとは別行動なんだ。フフン、この子は僕の愛人」


「はっ!?何言ってんのその口は!」

「あそっか、違ったね。僕らの勝利の女神だった」

「(見た目に反してずいぶんと強気な子だな、驚いた)ははっ、勝利の女神ィ?」


何言ってんだよ、まさかあの口喧嘩のか?と笑うどこかのファミリーのボス。笑ったお顔も綺麗だ、思わず見惚れてしまう……てか、白蘭さんもこんな風に笑えればいいのに。


「この子は重要な役割を果たすよ」

「口喧嘩の勝敗を決めるだけでひとりの女の子ってなぁ、いつものおまえには考えられない行動だな」

「ですよね!この人、あたしが重要だ重要だってうるさいんですよー」

「ははっ、どうやら巻き込まれたみたいだな、可哀相に。ついでに言うけど、あのツナ達がひとりの女の子巻き込んだくらいじゃ負けねえぜ?だから白蘭、解放してやれよ」



──今、なんて?

彼の口から出た言葉のどこかに、あたしの心臓を鷲掴みにするほどの単語があった。ドクンドクンと忙しなく動く心臓に頭がクラクラする。会場内の賑やかさも、まるで水の中にいる時のようにぼんやりとした音にしか聞こえない。


白蘭さんの腕を掴んでいる手が、無意識に強まった。




「フフ、それはどうかな。……ねえ、覚えてる?彼の顔、じっくり見てみなよ……どこかで、見たことない?」

「は?」


「…………っ」


いつの間にか白蘭さんは自分の持っていたグラスをテーブルの上に置いていたようで。その空いた手で、俯いていたあたしの顔をクイッと上げる。そうすれば、あたしの目には金髪の男性しか映り込まない。


一瞬フリーズしてしまった頭は、左手に持っていたグラスを落としてしまい、パリィーンとした音が耳に入ってきたことで動き出す。


いや……っいやだ、やだやだやだ!!


「放してっ!」

「おっと、」


「あ、おい、どうした!?」



コノ世界ハナニ?

知りたいと思っていたはずなのに。
でも今は、何も知らないままでいい……!



あたしは挟まれていた手を無理やり引っ張り出し、白蘭さんの身体を精一杯の力で押して引き離して、慣れないハイヒールで走った。

人混みに紛れるように走って、チラを後方を見たけれど、どうやら彼が追って来る様子はなかった。恐怖、焦り、不安、怒り、色々な感情がぶつかって涙が出そう。俯きながら歩いていれば、ドスッと誰かにぶつかってしまった。


「あ、ご、ごめんなさい」

「あ?おまえ、白蘭とこにいた女……っ待て、おまえ、何者だ?」


「!?」


前を向いて歩かないとダメだなと思い、謝りながら顔を上げれば、目の前にはボルサリーノを目深く被った長身の男性。目が合った瞬間だろうか、謝れば済むと思っていたのに、彼は突然胸元から拳銃を取り出し突きつけて来たのだった。

咄嗟の出来事に、あたしは思わず両手を上げて、降伏のポーズを取る。わけがわからない、マフィアだから確かに何が起きるかわかったもんじゃないけど……でも、パーティーでこんな、銃を突きつけられるなんて。震える身体、滲む視界、もう嫌だ帰りたいと思った瞬間だった。




「一方的に弱音吐かれて迷惑に思う奴なんて、おまえの周りにはいねーからな。オレは──がいるから行動には移せねーが、ちゃんと──の味方だから心配すんな」




ザザッと脳内に流れ込む言葉。不鮮明な映像。
前にもあった……そうだ、正一くんと買い物をしたあの日、誰かと目が合った瞬間と同じだ。

これは一体、なんなの?
どこかで観た映画?ドラマ?それとも──。頭を押さえて考えている間も、男性は拳銃を突きつけたまま。マフィアの集まりだからか、これで騒ぐ人なんて誰もいなかった。


「おい、何とか言ったらどうだ!」

「っうるさい!今混乱してんのよ、黙っててよリ……っ!?」


「…………」


この時ばかりは、近くにいた人達からの反応は大きかった。周囲がどよめく中、あたしは自分の口元を手で押さえていた。

今、何を言おうとした、この口は。


サアッと顔が青ざめていくのを感じながら、またしても逃げるように人混みへと紛れ込んだ。後方から呼び止めの声がかかるが、止まってはダメだと脳は命令する。



どこか、誰も来ない場所に逃げよう。

prev back next
しおりを挟む